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大雨で洪水時、徒歩避難は安全か危険か 歩くなら深さの限界はどこか? #災害に備える

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
冠水時歩行の正しい方法はあるのか?(写真:ロイター/アフロ)

「いつの間にか道路が冠水している。」道路冠水が始まればカバー写真の通り、そこには流れがあるし、水深はみるみる増していきます。徒歩避難は危険です。だから洪水には身体を浸けないのが原則です。自宅などにいる場合は2階以上の高い位置に垂直に上がって避難します。 

 そもそも屋外にいて、道路を横切らないと高さのある建物に避難できない場合ならどうでしょうか。その時には緊急的により高いところを目指して洪水の中、移動(冠水時歩行)しなければなりません。どのように移動したら良いでしょうか。洪水の深さはどれくらいまでなら移動できるのでしょうか。

 筆者ら水難学会は、京都府にある明治国際医療大学保健医療学部救急救命学科2年生の学生を対象に、冠水時歩行を想定した河川歩行の実践的実習を教授しています。先日行われた実習の様子を見ながら、大雨の冠水時歩行について考えてみましょう。

緊急的な冠水時歩行の方法

◆1人で避難する方法

 図1をご覧ください。学生の一人に冠水時歩行の時の姿勢を示してもらいました。まず、背丈以上の長さのある、丈夫な杖を肩口から地面に向けてしっかり持ちます。頭にはヘルメットをかぶり、上半身には救命胴衣を装着し、両手にグローブをはめて、長袖長ズボンの作業着を着て、足元にはしっかりとした運動靴を履いています。杖1本と自分の脚2本の合計3本によって水底にしっかりと立ち、水底の3点にて身体を支持します。前傾姿勢となり、杖にも体重を分散します。

図1 杖を使った冠水時歩行の姿勢(筆者撮影)
図1 杖を使った冠水時歩行の姿勢(筆者撮影)

 避難時の水の流れは秒速1 mほどが限界です。「イチ、ニ」と数える間にゴミがおよそ1 mほど流される速さです。それ以上になると人が流される危険度が高くなります。そして、歩行に有効な水の深さは膝下までの水位です。図1にて膝が水面の上に出ていることが見て取れます。

 さて、歩き方については動画1をご覧ください。冠水時歩行では、冠水箇所の対岸の安全な場所に緊急避難することを想定しますので、動画もそれに倣っています。まず身体を向ける方向ですが、流れに顔を向けるようにします。そして1歩を踏み出します。杖ともう一方の脚はしっかりと川底に固定します。次に「イチ」と声を出し杖を1歩分ずらします。「ニ」の声でもう一方の脚を踏み出します。これを続けることで横に移動し、対岸の浅瀬に向かいます。

動画1 杖を使った冠水時歩行の実技(筆者撮影、23秒)

 今いる位置より上流に安全な場所があったなら、膝下の水深であれば流れに向かうこともできます。流れに向かって一歩ずつ「イチ、ニ」と声を出しながら進みます。逆に下流に顔を向けて進むと、流れがある場合は足元が簡単にすくわれて危険です。

◆複数人で避難する方法

 図2をご覧ください。杖を使える場合には、体力のある人が上流に位置するようにします。2番目、3番目の人は下流に位置します。最も上流の人が前傾姿勢で杖を支えに使い、2番目、3番目の人は一つ前の人の救命胴衣の肩口をつかみ体重をかけるように前傾姿勢を取ります。

図2 3人で避難する方法(筆者撮影)
図2 3人で避難する方法(筆者撮影)

 上流の人の掛け声「イチ、ニ」とともに横方向に一歩進みます。そして後ろに続く2人も続いて横に一歩を踏み出します。水深が深くなり、流れが強くなってきたら、お互いの距離が離れないように前傾姿勢を強めます。かといってあまり強く前の人を押すと上流の人が前のめりに倒れてしまいます。常に掛け声を使いつつ、安全を確認しながら対岸へと進みます。

 杖がない場合はどうしたらよいでしょうか。動画2をご覧ください。現場にいる人が3人であれば、隣同士がそれぞれの救命胴衣の肩口をつかむようにしてスクラム状の体勢を組みます。体力のある人が上流に位置するようにします。2番目、3番目の人は下流に位置します。お互いの頭をできるだけ近づけます。動画2の中で示すように上流の人の掛け声とともに横に進みます。

動画2 3人で杖のない状況下における冠水時歩行の方法(筆者撮影、14秒)

膝上の水深は危険

 動画3をご覧ください。水深が膝の高さを越えると、太腿の動きが流れの影響を受けることになります。太腿が自由に動かなくなると、歩くのが難しくなるばかりでなく、立っている時のバランスも悪くなります。

 そして膝上程度の水深のはずなのに、そこに強い流れが加わるといっきに水面が上昇します。動画をよく見ていただくと、膝の高さを越えた水深が水圧によってあっという間に腰の高さの水深に変わっていきます。これが流れの物理です。

動画3 水深が膝上を超えると流されることに(筆者撮影、30秒)

 腰の高さにまで変わってしまった水深。その水底では何が起こっているのでしょうか。動画4をご覧ください。学生は足を水底にしっかりとつけて踏ん張っているのですが、川底の砂利が流されて足の踏ん張りがきかなくなっています。そしてそのまま下流に滑るように流されていきます。こうなると、流れの中では人の体力とか鍛え方とかの問題では解決できないことがあると理解できるかと思います。どんなに屋台骨の頑丈な家でも、地面の支えがなくなったら崩壊するものです。

動画4 水深が膝上を超えた時、水中で起こっていること(筆者撮影、21秒)

 3人でスクラムを組めば流れに対してより強くなりそうですが、物理で考えると人数が増えても意味はありません。流されるきっかけは、総重量で決まるのでなく、モノに作用する浮力で決まるからです。例えば重量が2トンの自家用車でも洪水の流れの中では流されてしまいます。3人がスクラムを組んでも結局1人あたりにかかる浮力はそれぞれ同じなので、3人でも1人でも同じ流れの条件で流されてしまうのです。

実際の避難での格好は

 ヘルメットは一般的な製品、バイク用、自転車用など、手元にあれば利用します。転倒時に頭をできる限り保護したいので、ヘルメットが準備できなければ帽子などを代用します。

 救命胴衣がなければリュックサックを代用します。リュックサックの中には乾いた着替えをポリ袋に詰めておきます。リュックサックがパンパンに膨らむ必要はありません。10 cm位の厚さが確保できれば、背浮きに十分な浮力が得られます。

 杖は物干し竿など細長い棒を使います。持つ手は怪我をしやすいので、冬用の手袋あるいは軍手を両手にはめてください。

 靴は脱げにくい運動靴で靴底は厚めである必要があります。服装は薄目の生地で良いのですが、長袖長ズボンが良いです。

さいごに

 洪水による避難について緊急的な冠水時歩行の方法について解説しました。でも繰り返しますが、やはり冠水時には水の中に入って歩くのではなく、垂直避難が基本です。

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【この記事は、Yahoo!ニュース エキスパート オーサー編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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