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ママ・パパ世代を揺さぶった2022年の子供の水難事故 年齢によって注意すべきことは #日本のモヤモヤ

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
親戚の家に遊びにきていた3歳児が単独行動で落ち流された用水路(水難学会撮影)

 2022年8月に富山県にて2歳男児が、9月に千葉県の小1女児が行方不明となり、いずれも後日遺体で発見されました。目撃者に乏しく、子供の単独行動が悲しい結末となり、特にママ・パパ世代を揺さぶりました。事故を未然に防ぐため、注意すべきことはあるのでしょうか。

今年の小さなお子さんの単独行動の水難

水難A 4月12日午後0時20分ごろ、行橋市草野の小波瀬川で、同市に住む女児(6)が水中に沈んでいるのが見つかった。行橋署によると、その場で死亡が確認され、死因は溺死だった。(中略)署によると、11日夜に母親から「6歳の娘が自宅からいつの間にかいなくなった」と110番通報があり、捜索していた。母親は、同日午前に女児が在宅しているのを確認した後に外出。約9時間後に帰宅した際に、いないことに気づいたという。(筆者一部改編 朝日新聞 2022年4月12日

水難B 4月16日午後2時40分ごろ、広島市西区小河内町2丁目の太田川放水路の川岸で同区の男児(5)が横たわった状態で見つかった。広島西署によると、男児は意識がなく、搬送先の病院で死亡が確認された。目立った外傷はなかった。署が事件と事故の両面で調べている。午後0時半ごろ、男児が通う市内の保育園の関係者から「姿が見えなくなった」と110番があった。園関係者らが発見した際、男児は衣服と靴を身に着けていた。署は男児が誤って川に転落、溺れるなどした可能性もあるとみている。(共同通信 2022年4月16日

水難C 富山県警高岡署は5日、氷見市の沖合で4日に見つかった遺体の身元を、8月20日から行方が分からなくなっている同県高岡市立野の保育園児(2)と確認したと発表した。司法解剖の結果、死後1カ月以内とみられ、死因は不明。署は、自宅周辺で用水路や川に転落し、海へ流された可能性があるとみて調べている。(筆者一部改編 共同通信 2022年9月5日

水難D 千葉県市川市の旧江戸川で見つかった女児の遺体が県警のDNA型鑑定で、9月23日から行方不明になっている同県松戸市の小学1年女児(7)と確認されたことが6日、捜査関係者への取材で分かった。(中略)女児は9月23日午前11時半ごろ、母親と自宅近くの公園に行こうとして1人で先に家を出た。約5分後に母親が追いかけたが、公園にはおらず、行方不明になった。(筆者一部改編 共同通信 2022年10月6日

水難E 福山東署によると、11月2日午後2時45分ごろ、同公園で遊んでいた未就学児が見当たらないと家族から110番があった。その後、公園の南東沿いを流れる水路で男児を意識不明の状態で発見。市内の病院に搬送したが、死亡が確認された。同署は目撃者の証言や周囲の状況から事故と判断。現場に柵などがなかったことから、男児が誤って水路に転落したとみている。(筆者一部改編 中国新聞 2022年12月17日

 このうち、広島県、富山県、千葉県の行方不明事案については、テレビや新聞などが総力を挙げて大々的に報道したため、記憶にある方が多いかと思います。

 いずれも子供の単独行動がきっかけとなり、目撃者に乏しくて途中経過がわからず、最終的に悲しい結末となり報道が終わるのですが、その間、事故か事件かよくわからず、特にママ・パパ世代を中心に動揺が走り、そして様々な憶測が流れました。

 一昔前の日本だと、このような水難は神隠しとかカッパの仕業とかにされて大騒ぎしたところですが、最近はこれら妖怪の仕業から一応切り離されました。しかしながら現代では、子供の行動によるもの(事故)か他人の介入によるものか(事件)、妖怪の仕業にできない分だけさらにモヤモヤが増幅し、社会が揺さぶられるわけです。

小学1年が単独行動の境界か?

 中学生以下の子供の水難に特化すれば、単独行動だったか、複数行動だったかの境界線は、小学1年にあるようです。

 まず、わが国の中学生以下の子供の水難について、警察庁が公開している水難の概況から図1のようにデータを抽出してみましょう。

図1 中学生以下の子供の死者・行方不明者数の推移(警察庁水難の概況を参考に筆者作成)
図1 中学生以下の子供の死者・行方不明者数の推移(警察庁水難の概況を参考に筆者作成)

 この6年は毎年30人前後の犠牲者数で推移しています。でも、10年前に比べたら水難による子供の犠牲者数はほぼ半減していることがわかります。一昔前は数がもっと多かったのですが、家族で海水浴に出かけて子供が行方不明になる事故がだいぶ減り、その結果として近年の子供の水死が目立って減りました。

 その一方で、用水路、ため池、川など、自宅周辺での水難については、近年でもコンスタントに発生しています。なぜかというと、家族に連れて行かれなくても水難は人の生活圏内で発生するものだからです。

 例えば、2歳児は自宅の池や周辺の用水路で溺れますし、小学校入学前後で川やため池での事故が多くなります。特に子供同士となれば年上の子供に連れられることで、いっきに行動範囲が広がります。こうなると、自宅からだいぶ離れた隠れ家的な、大人の目が行き届きにくい場所での水難が発生することになります。

 図2をご覧下さい。2012年から2022年にかけて発生した用水路での水難事故者の年齢分布です。新聞に公表された分だけを集計していますので、すべての事故を網羅しているわけではありません。それでも2歳児、3歳児の単独行動による事故がなんと多いことか。

「うちは高齢者ばかりだから、心配ない」とおっしゃるご家庭も、2歳、3歳のお孫さんが年末年始、お盆休みに遊びに来たら要注意です。この統計の中には、長期の休み中に祖父母の家に遊びに連れてこられたお孫さんが、その家の目の前の用水路に落ちて亡くなった例を筆頭に、悲しい事故がいくつか入っています。

図2 2012年から2022年にかけて発生した用水路での水難事故者の年齢分布。新聞に公表された分だけを集計している(筆者作成)
図2 2012年から2022年にかけて発生した用水路での水難事故者の年齢分布。新聞に公表された分だけを集計している(筆者作成)

 では、自宅から少し離れることの多いため池の場合はどうでしょうか。図3をご覧ください。図2と同様に新聞等で公表された分だけの集計です。

 こちらは複数行動をしている時の事故が圧倒的に多い。特に5歳、6歳、7歳は要注意の年齢です。お兄ちゃんやお姉ちゃんなど上級生に連れられて事故に遭うことが多い年齢です。小学校に入学し、交友関係が上の学年に向かって広がり、それとともに自分が今まで知らなかった世界に入り込んでしまう、ここに大きな課題があります。

図3 2012年から2022年にかけて発生したため池での水難事故者の年齢分布。新聞に公表された分だけを集計している(筆者作成)
図3 2012年から2022年にかけて発生したため池での水難事故者の年齢分布。新聞に公表された分だけを集計している(筆者作成)

子供の年齢によって注意すべきこと

 ここまでの解析で、2歳、3歳は自宅付近の用水路での水難事故、5歳から7歳はため池での水難事故が多いことが理解できました。まさに子供の行動範囲、そしてきょうだいや友人関係が大きくかかわってきます。

 2歳、3歳のお子さんの単独行動には保護者が最大限の注意を払うことを前提として、お子さんが万が一危ない行動をした時に溺れずに済む方法はあるのでしょうか。

1.”のぞき穴”をなくす

 上述した事例のうち、水難B~Eが該当します。報道によれば、Bは保育園の園庭には植え込みに隙間があった(注)とされ、Eについても同様のことが指摘されています。Cでは自宅付近を流れる農業用水路があり、水路は近所の庭から一段低くなっており、水路に近づくことにより水路の中が見えるようになっていきます。Dでは河川敷の運動公園と川の間には草木が生えていて容易に川に近づくことができない中、所々でそれが途切れていて、一段低い川に近づくことができる箇所がありました。

 水難事故、なんでもそうなのですが、人が水に落ちる所には必ず”のぞき穴”があります。のぞき穴がない完璧な壁になっていれば水に近づく理由がないのですが、やはり”のぞき穴”があれば、穴の向こうの世界をのぞくために、人はそこから危ない世界に近づくものです。

2.開口部にネットを張る

 上述した事例のうち、水難CとEが該当します。フェンスには限界があります。人の立ち入りを完璧に防ぐためにはメンテナンスに相当な努力が必要になります。例えば経年劣化などでフェンスの途切れた箇所から子供が水辺に入り込んで溺れた例はこれまで枚挙にいとまがありません。「子供が入りやすくなっていた」として、溺水事故が民事訴訟に発展している例もあります。

 それであれば特に小さなお子さんのいる家の付近では水路の開口部にネットを張る手があります。最近の樹脂ネットとして、丈夫で経年劣化に強いものが開発・販売されています。ネットを張ることで開口部をつぶし、どうやったって人が落ちないようにすれば、フェンスに比べて子供の事故防止には現実性があります。簡単な工事で費用もそれほどかかりません。

3.危険性を具体的に知らせる

 上述した事例のうち、水難AとDが該当します。小学校入学前後では、特に小学生に対して「子供同士で水辺に遊びに行かない」を徹底します。でもそれは筆者も子供のころに散々聞きました。本当に心に響いたかというとそんなことはありませんでした。

 例えば、次の記事にある動画を繰り返して子供たちに見せて、具体的になにが危ないのかをしっかり伝えると効果的です。

ため池事故防止看板に、自由に使える動画

 こういう動画を使うことによって、世の中には「どうしても助からないことがある」ということをしっかり伝えてください。事故を起こせば、お兄ちゃんでも、お姉ちゃんでも、そしてお父さん、お母さんでも助けることができないことがあると。

昔はカッパの仕業にされた

 今年発生した富山県や千葉県の水難では、事件性を念頭に置いたインターネット上でのつぶやきが散見されました。警察庁の水難の統計がなぜ「水難事故の統計」ではないかというと、やはり水難には時々事件が付きまとうからです。

 一昔前までは川の水難事故は妖怪、特にカッパの仕業にされていました。例えば”「河童が相撲を取りたがる」という伝承に関する研究”を参考に読んでみるとなかなか面白いです。”川辺で人を見つけると、やたらと相撲を取りたがり、そしてそのまま川に引きずり込もうとするというのである。” に至っては、水難学で読み解くと「こんな川、簡単に渡れるから、向こう岸にいくぞ!」という言い出しっぺがいて、川を渡る年長集団の後ろを幼い子供がついていく、という構図が目に浮かびます。

 今も昔も「子供たちが自ら危険な川に向かう訳がない」と思い込み、現代なら「犯罪に巻き込まれたか」と騒ぐところですが、昔は犯罪者の代わりに「カッパ」を立てました。人の心理の根本は今も昔も同じです。

 いろいろとモヤモヤのある水難ではありますが、今後の事故を減らすためにも現状をきちんと見据えて(犯罪の可能性は考えつつ)子供の行動に合わせた安全対策を年齢ごとに考えていく必要があります。

 水難事故をなくすために、年齢ごとの行動(傾向)をしっかり把握すれば、できる対策が必ずあります。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

(注)この植え込みの隙間から園児が園庭の外に出たかどうかは、明らかになっていません。

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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