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東京から2時間 新潟・南魚沼市のうまい水でコメを炊いたらどうなるか

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
新潟・南魚沼市の今は新米と美味しい水の季節だ(筆者撮影・合成写真)

 東京から関越自動車道を車で走ること2時間の新潟県南魚沼市。ここのうまい水で、この秋に収穫されたばかりの南魚沼米を炊いたらどうなるのでしょうか。週末のプチ旅行ネタには最適なクイズです。

はじめにおことわり

 筆者がYahoo!ニュースから与えられている専門は、水難に関する様々な話題です。その筆者の特技は水の味がわかることです。

 小さい頃から競泳を始め、その後の水難救助、ういてまてといったアクティビティでは必ずその土地の水を飲むことになります。もちろん、プールの水ですが。特に水難救助法では、下手なバディーに当たってしまうと、訓練中に水中にて呼吸に失敗し、大量の水をごっくんと飲むこともありました。

 思い返せばそうやって、全国47都道府県にとどまらず世界各国のプールの水を多く試飲?し、そのたびに「ここの水は甘い!」とか「この苦さはなんだ?」とか味わってきました。周囲の人に「ここの水はうまい」とプールの中で言っても変人扱いされておしまいですが、本当に水の味は千差万別です。

 筆者が居住する新潟県南魚沼市。筆者の集合住宅は受水槽に南魚沼市の水道を一度溜めて、それを各戸に配水しているごく普通の住宅です。にもかかわらず、その水道水がたいへん美味しく頂けます。

飲み水の指標になっている硬度って何?

 詳細についての解説は、他の水の専門家にお任せするとして、筆者の舌の感覚で美味しいと感じる水の硬度は低いと思っています(注1)。ここで硬度とは水に溶けているカルシウムとマグネシウムの量を表した数値です(注2)。専門的には総硬度と呼びます。軟水はカルシウムとマグネシウムが比較的少ない水で、硬水は逆にそれらを多く含む水です。

 世界保健機関(WHO)の定義では、水に溶け込む炭酸カルシウムの含有量が60 mg/L未満の水を軟水、60以上120 mg/L未満の水を中硬水、120以上~180 mg/L未満の水を硬水、180 mg/L以上の水を超硬水としています(参考文献1)。

 南魚沼市内のいくつかの場所で水を採取し、硬度とpHを測定しました。硬度の測定はキレート滴定法(注3)でpHの測定はpHメータで行いました。なお、炭酸カルシウムやキレートなどを扱う無機化学は本職における筆者の専門ですが、ここで示す硬度などの数値は公式な値ではありませんので、ここでは参考程度とご理解ください。

南魚沼市の水道水の硬度

 筆者のいる集合住宅の水道水は、南魚沼市内を流れる三国川(さぐりがわ)からはるばる運ばれてきます。三国川の頭首工(一般的には取水口と言った方がわかりやすい)で採水されて、近くの浄水場に用水路を通じて流れてきます。

 図1は浄水場近くの用水路の様子です。クルマの走る道路の右横にあります。用水路にはコンクリートのフタがかぶせられて完全に暗渠化されています。だから水の流れはここからでは見えません。用水路に転落する水難事故を防ぐ目的もありますが、市の水道課に聞きましたところ、豪雪対策の意味が大きいそうです。確かにこの辺りでは冬の積雪は2 mを超えます。フェンスの安全対策では、積雪の圧力で曲がってひとシーズンで使い物にならなくなってしまいます。

図1 南魚沼市内の三国川の頭首工から浄水場に向かう用水路(筆者撮影)
図1 南魚沼市内の三国川の頭首工から浄水場に向かう用水路(筆者撮影)

 水道課によると、南魚沼市内の各戸へ水道水は市の浄水場からその約90%を配水しているとのことです。筆者の集合住宅にも浄水場からの水がきているとのことでした。 

 さて、その蛇口から出てくる水道水のデータです。硬度26 mg/L、水温23.5度、pH7.8でした。軟水でもかなりやわらかい水ということになります。pHの数値からほぼ中性だということがわかります。後味をひかず、きわめてほんのりとした甘みがあり、雑味はありません。時々、ほんのちょっとだけ薬のにおいが混じることはあります。

新米の季節

 新潟県のコメの収穫はほとんど終わって、今、店頭には様々な銘柄の新米が並んでいます。南魚沼市内では、「南魚沼産コシヒカリ」とか「塩沢米」とかの表示がつけられて販売されています。

 この新米を購入して、南魚沼市の水道水で炊くとたいへん美味しくできあがります。新米は、時々炊く前の水の量に失敗して炊きあがりが水っぽくなることがあります。この時に雑味のある水道水を使うと、炊きあがったご飯の味にも後味をひくような雑味を感じます。あくまでも筆者の個人的感想です。でも、南魚沼市の水道の水なら下手な炊き方の失敗をカバーしてくれます。これも筆者の個人的感想です。

 美味しい地元のコメを地元の水で炊くという、贅沢を味わうことができます。

この週末のプチ旅行にぜひ!

 この週末から11月初旬までは、雪の心配をせずに新潟の秋の味覚を楽しむことができます。

 関越道をおりて国道17号線を走れば、新米の販売所を多数見つけることができます。スーパーマーケットでも地元のコメを入手することができます。目印はカバー写真に示した「新米あり」ののぼり旗です。

 そして、ぜひ現地でご飯を炊くための水も調達してみてください。次に示す各所ではペットボトル程度の量の水をいただくことができます。そして、湧きたての水を現地でも試飲をしてみて、その味を直接お楽しみください。

雷電様の水

 関越道六日町ICから車で15分ほどの所にあります。水は神社の境内に湧いています。その場所は、一言で「神聖」という言葉が当てはまります。図2に示す藤原神社は、うっそうとして立派な杉林のなかにあります。そのわきの静寂で澄んだ空気の中に、こんこんと湧き出る湧水があります。

図2 雷電様の水の湧き出る神社(筆者撮影)
図2 雷電様の水の湧き出る神社(筆者撮影)

 その湧き水のデータです。硬度35 mg/L、水温12.0度、pH8.1でした。十分軟水です。pHの数値からアルカリ側のほぼ中性だということがわかります。後味をひかず、ほんのりとした甘みがあり、雑味はありません。口の中を突き抜ける冷たさがとても印象的です。そうこうしているうちに地元の方々がポリタンクを片手に次々と訪れて水をいただいていました。聞けば、皆さん間違いなく「お米を炊くのに使う」とおっしゃっていました。

大崎滝谷の清水

 清酒で有名な八海山。その八海山の山麓に位置する荘厳な大前神社の参道の傍らに湧いている水です。関越道小出ICから車で20分ほどの所にあります。図3に示すようにその水量は多く、あふれ出る水が奏でる音は、付近の景色の中にたいへんマッチしています。

図3 大崎滝谷の湧き水の吐出口(筆者撮影)
図3 大崎滝谷の湧き水の吐出口(筆者撮影)

 その湧き水のデータです。硬度28 mg/L、水温15.5度、pH8.4でした。りっぱな軟水です。pHの数値から弱アルカリだということがわかります。当然後味をひきませんが、最大の特徴は甘みがあることです。無味無臭の水が好きな人には合わないかもしれません。筆者の個人的な好みではもっとも美味しい水になります。水温は適切で、口の中を切り込んでくるような冷感はあまり感じません。

 お米を炊くときに、この甘みが邪魔だという方はいるかもしれません。飲むのと、コメを炊くのと、利用方法はそれぞれの好みとなることでしょう。

金剛霊泉

 八海山の麓にある八海山尊神社の境内に湧きます。大崎滝谷の清水の近くにあり、やはり関越道小出ICから車で20分ほどの所となります。図4に示すこの水をくむためには、マイひしゃくが必要になります。

図4 金剛霊泉の水(筆者撮影)
図4 金剛霊泉の水(筆者撮影)

 その湧き水のデータです。硬度17 mg/L、水温15.5度、pH7.6でした。素晴らしいの一言。南魚沼市内の湧き水はpH8以上を示すことが多いのですが、ここは7.6。硬度17になると、口の中で感じられる味がなくなっていきます。甘みはごくほんのりと感じる程度です。何にとっても足さないし、引かない、といった特徴をもつ水です。無味無臭の水が好きな人にはたまらないかもしれません。

地蔵清水

 図5に示すように水量は抜群で、地元の愛好家がたいへん多い湧き水です。JR浦佐駅からすぐのところに位置しています。水汲み場の近くにお地蔵さんが並んでいて、たいへんありがたい湧き水に感じます。時間帯によっては混み合いますので、ポリタンクに汲むときには時間をかけ過ぎないようにしたいところです。

図5 地蔵清水の水を検水している様子。職業柄、ビーカーは常に必携(筆者撮影)
図5 地蔵清水の水を検水している様子。職業柄、ビーカーは常に必携(筆者撮影)

 その湧き水のデータです。硬度36 mg/L、水温16.6度、pH8.4でした。水の飲み口は日本酒で言うところの端麗辛口という表現が合うように思います。南魚沼市内でも山の中に入っていくほど硬度が低くなる傾向にありますので、どちらかというと越後平野に近づいているこの浦佐の地に湧きでる水の硬度が36でも驚くことはありません。これでも十分軟水です。水の味のわかる方なら、大崎滝谷の清水との味の違いに驚くかもしれません。

 ここでも検水作業中に多くの地元のファンが水を汲みに来ていました。やはり「お米を炊くときに使う」という声を多く頂きました。硬度35の雷電様の水にもひっきりなしに地元の人が水を汲みに来ていたことを思うと、もしかしたら硬度30台の中盤はコメを炊くのに良い味がでる水なのかもしれません。

収穫されたばかりの南魚沼米を炊いたらどうなるか?

 ここはぜひ皆さまの舌でお確かめください。コメのブランド(価格)を指標としても良し、水の硬度を指標にしても良し、そして甘口か辛口か、これを指標にしても良し、味の感覚にも千差万別があるよう、個人個人でこの答えは違ってくると思います。

 この週末、ぜひ東京から2時間の南魚沼市にお越しいただき、秋の味覚をご堪能してみてください。因みに筆者と南魚沼市との間には、なんら利害関係はございません。

参考文献

1) WHO: (World Health Organization). Guidelines for Drinking-water Quality. Fourth edition. 2011

1) 水の硬度が低いからよいと一方的に考えてよいというものではないと、一般的には理解されています。

2)硬度を求めるには、水中のカルシウムイオン及びマグネシウムイオンの量を、これに対応する炭酸カルシウム量(mg/L)に換算します。

3) キレート滴定法とは次の通りです。キレートには、エチレンジアミン 四酢酸(EDTA)を用います。EDTAは水中でカルシウムやマグネシウムのイオンと1対1で反応し金属キレートを形成します。そのためキレート形成に必要なEDTAの量が予め分かれば、水の中に溶けているカルシウムイオンやマグネシウムイオンの量も分かることになります。検水である試料水を約pH10に調整した後、エリオクロムブラックT試薬(BT試薬)を加えます。そこにEDTA溶液を少しずつ加えていきます。BT試薬はpH10付近で青色を示しますが、検水にカルシウムやマグネシウムのイオンが存在するとキレートを作り赤紫色になります。この検水にEDTA水溶液を滴下すると、 カルシウムイオンなどはBTから離れ、EDTAとキレートを形成します。そのため、赤紫色の試験液が青色に変化した時に投入されたEDTAの量がわかるので、結果的にカルシウムイオンやマグネシウムイオンの量も分かります。

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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