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夏の河川の事故、やっぱり多かった 背景にはいったい何が?

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
透明で冷たそうな川に飛び込むと、思わぬ深さで溺れる(筆者撮影)

 警察庁から水難の概況(令和2年夏期)が発表されました。水難(注)による死者・行方不明者数は、河川の水難で昨年より大きく増加しました。心配された中学生以下の子供の死者・行方不明者数は、やはり昨年より増えました。

 水難事故は、水辺に出かける人の数で決まりますから、新型コロナウイルス感染症対策により人の行動が昨年とは異なり、それがこの夏の結果として現れたと考えられます。

水難の概況から見える特徴

 警察庁の水難の概況は、毎年6月中旬にその前の年(1月~12月)の水難と、毎年9月中旬にその年の夏期(7月と8月)の水難のうち、それぞれ警察が扱った事案が統計としてまとめられ、発表されます。

 令和2年夏期の速報が9月10日に発表になりました。それによりますと、全国の発生状況では発生件数、水難者数、死者・行方不明者数、すべての数字が昨年夏期を大きく上回っていました。そしてこの夏の特徴として、死者・行方不明者数として河川での水難が目立ったこと、子供の水難もわずかですが多かったことが挙げられます。

 これらについては、筆者ニュース「今夏の水難事故のまとめ 特徴を示すキーワードは川、高校生、救助死」で指摘した通りで、筆者が数えた報道の数と警察庁の正確な速報値とがほぼリンクしていたことがわかりました。以下に、水難の概況(令和2年夏期)の読み方を特徴毎に解説していきます。

河川の水難が目立った

 全体では、このところ減少傾向にあった死者・行方不明者数ですが、今季は昨年から23人増加して、262人でした。

 図1をご覧ください。総数262人から海と河川での死者・行方不明者数を抜き出して、平成28年からグラフ化しています。この中で、海での死者・行方不明者数はこの5年間で明らかに減少しているのに対し、河川での死者・行方不明者数は、今年に関しては大きく増加し、さらに両方を足した数をこの5年間の中で押し上げています。

図1 過去5年間の海と河川での水難による死者・行方不明者数の推移(水難の概況を元に筆者作成)
図1 過去5年間の海と河川での水難による死者・行方不明者数の推移(水難の概況を元に筆者作成)

 筆者が集めた報道を俯瞰すると、河川の事故で目立った背景は、家族あるいは友人で集まって、河川敷でバーベキューをしていて、その間に何人かが川に泳ぎに入って溺れたというものです。ゆったりした川の流れに勘違いして、プールの気持ちで水に入ったら、当たり前に存在する急な深みに入って、背がたたずに溺れます。いろいろと原因を空想したくなりますが、背がたたなくて呼吸に失敗し溺れるのが多くの水難事故の直接原因です。

 事故に遭った人は現場と同じ県内に住んでいたか、あるいは隣県から遊びに来ていた人が多く、近場の活動の場として、河川を選んだかと考えられます。「近場でのレジャー」、これは今年を象徴する人々の行動でした。

海の水難は減少

 水難の概況のデータは、海上保安庁が発表した7月、8月の海のレジャー事故の統計でも裏付けられています。それによりますと、死傷者・行方不明者232人のうち、遊泳中が88人で昨年より21人減少しています。

 昨年は、お盆の時期に入る頃に日本のはるか彼方に停滞する台風からのうねりによって、例えば8月11日には関東地方を中心に水難事故が多発しました。それに対して、今年はお盆の期間中にうねりがむしろ日本海側で見られ、日本海側の事故が少し目立ちました。

 このような事情があるにしても、やはり河川での死者・行方不明者が増えたことを考えれば、海水浴場を中心にして、来場する遊泳者が減ったのだろうと推測できます。この辺りは、全国の海水浴客の統計の公表を待たなければなりませんが、少なくとも、熱海市にある3つの海水浴場の夏の入場者数は、去年の同じ時期と比べておよそ2割少ない115,000人だった(8月30日NHKニュース)ことから、推測は正しいだろうと思われます。

 関東地方を中心に広がった海水浴場の閉鎖の動きは、水の涼を求める人々の行き先に影響を与えたことでしょう。

子供の水難

 中学生以下の子供についても、このところ減少傾向にあった死者・行方不明者数ですが、今季は昨年から2人増加して16人でした。

 図2をご覧ください。総数16人から海と河川での死者・行方不明者数を抜き出して、平成28年からグラフ化しています。この中で、海での死者・行方不明者数はこの数年は一定だったのに対し、河川での死者・行方不明者数は、今年になり大きく増加し、さらに両方を足した数をこの5年間の中で押し上げています。

図2 過去5年間の海と河川での水難による子供の死者・行方不明者数の推移(水難の概況を元に筆者作成)
図2 過去5年間の海と河川での水難による子供の死者・行方不明者数の推移(水難の概況を元に筆者作成)

 筆者ニュース「子供の水難事故のシーズンは過ぎたの? いやいや、これからが本番です」で述べた通り、今年は5月から河川での子供の水難事故が多くて、5月、6月は、例年ではありえない平日の川の事故が大変目立ちました。これは、新型コロナウイルス感染防止対策のために学校が休校したり、分散登校したりして、子供の自由時間が増えたことに起因すると言っても過言ではありません。

 ただ、8月のお盆過ぎにまた同じようにして子供の水難事故が増えたかというと、それはうまく抑えられました。子供をお持ちの家庭や学校や地域がよりいっそうの注意喚起に努めたおかげではないかと考えられます。

 全ての子供の水難事故に心を痛めています。その中でも8月6日に宮城県で女子中学生が集団で川に遊びに来て、そのうちの2人が白石川に流されて亡くなるという水難事故が心に残りました。白石川と言えば、今から98年前、当時の宮城県刈田郡宮尋常高等小学校(現・蔵王町立宮小学校)で教鞭をとっていた小野さつき訓導が、川に流された児童を救おうとして児童とともに溺れて殉職した川です。

 筆者は、子供の時にこの地で育った祖母からその話を聞いて、「どうしたら2人とも助かっただろうか」とずっと考えていました。それが水難全般を考える原点だったかもしれません。

さいごに

 今年の夏も悲しい水難事故が続きました。そして新型コロナウイルスによる影響は間接的にあったと判断できます。

 「海岸や河川敷を立ち入り禁止にすればよい」という意見もよく聞きます。でも、ちょっと考えてください。海にしても、河川にしても、われわれが生きていくうえで必要な恵みを授けてくれます。そういった海や河川を愛していくためには、日頃から触れ合い、様々な角度から関心を持つことが重要です。やはり基本は、海や河川で遊び、いろいろなことを学ぶことにあります。あとは、どうやって安全に遊ぶか。ここが人類史600万年のテーマでもあります。

注 警察では、水難事故とは言いません。事故かもしれない、事件かもしれないから水難と呼びます。実際に水難事故を装った事件は昔からあります。本稿では、水難の概況からひも解いた説明には水難と呼称します。

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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