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台風9号、高潮に警戒 冠水が始まったら迷うことなく「垂直避難」を(9月2日アップデート版)

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
リュックサックに衣類などを詰めて作る緊急浮き具(筆者撮影)

 台風9号の接近に伴い、2日午後には九州北部に最接近します。今回の台風では、九州各地、五島列島など東シナ海の島嶼部にて高潮が警戒されます。気圧が低くなり引き起こされる海面上昇、強い風で吹き溜まる海水、さらに満潮時間が重なると、海水が堤防を越えた瞬間に住宅街に突然水が襲ってきます。基本は高い所への避難です。暴風雨で外に出ることがそもそも危険であれば、自宅2階以上に垂直避難です。ただ、垂直避難はあくまでも時間稼ぎにすぎません。自宅2階も浸水する可能性があることに留意します。天候が悪くなる前のさらなる早めの避難に心がけましょう。(以上、9月2日7:00アップデート)

過去の高潮

 過去の高潮被害の歴史をひも解くと、昭和34年の伊勢湾台風で、最高潮位3.9 m、溺水などを中心に5,098人が犠牲になりました。近年は平成11年台風18号による八代湾での最大潮位4.5 mの高潮により13人が犠牲になっています。

 高潮が発生するほどの勢力の台風が接近している時には、外に出ることそのものが危険な場合があります。2013年11月8日4時頃、フィリピン中部のサマール島付近に、猛烈な台風30号(国際名ハイエン)が上陸しました。この時の状況がフィリピンで行われた水難に関する国際会議で発表され、聴講しました。「暴風に雨だか潮だかわからない、風と水の混合物がものすごい勢いで襲ってきた」そうです。

 昭和34年の伊勢湾台風の被害を教訓に防災体制が進化し、わが国では高潮による人的被害は最小限に食い止められているとはいえ、高潮で溺れないようにするための行動を確認してみたいと思います。

図1 上はまだ海水が防波堤でとどまっている時、中は防波堤を超えて道路冠水が始まった時、下は自宅の2階ですら浸水した時。それぞれ、命を守る行動が変わる(筆者作成)
図1 上はまだ海水が防波堤でとどまっている時、中は防波堤を超えて道路冠水が始まった時、下は自宅の2階ですら浸水した時。それぞれ、命を守る行動が変わる(筆者作成)

 図1をご覧ください。上の状態は、まだ台風が遠くて暴風雨となっていない状況です。そして高潮による道路冠水が始まっていない状態です。この時間軸で高台の避難所に避難します。ただ、避難路には、登るだけのルートを選び、一度下ったり、河川を渡ったり、海沿いを通るルートは避けなければなりません。

 避難途中に高潮が防波堤を越え、道路冠水が始まるかもしれません。歩いて避難する場合には、何が起こるかわからないので、緊急浮き具を身に着けて、緊急連絡ができるように携帯電話(スマートフォン)を携行し、杖を持つようにします。

 すでに高潮が防波堤を越え、逃げるタイミングを失ったら、図1中のイラストの状態の時です。このような時、冠水道路にはすでに流れができています。そのような中を外出することは大変危険です。従って、命を守るためには2階以上に垂直避難です。

 垂直避難の成功例は2000年頃から新聞紙上に報告されるようになり、その後、2004年の平成16年7月新潟・福島豪雨にて、冠水道路を無理して避難所に向かい深みにはまったり、流されたりして命を落とす人が多く報告されて、「無理して外の避難所に行くべきではない」という考え方を表明する団体が出てきました。そして2010年頃には、「2階避難」、あるいは「垂直避難」の重要性が認識されるようになり、メディア等を通じて急速に広まりました。そのようにして、避難途中の犠牲者を減らしてきたのです。

 2019年の台風19号あるいは21号の大雨では、多くの方が車で冠水道路を走行中に流されたり、水没したりして、命を落としました。垂直避難の考え方がなかった昔、徒歩で避難中の多くの方が犠牲になった頃に戻ってしまったようにも感じました。徒歩であっても、車であっても、外に出てはいけない時があるのです。周辺道路の冠水が始まったら、迷うことなく2階以上に垂直避難です。

自宅や避難所が浸水を始めたら

 図1下の図がこの状況に当たります。命を守る行動が、「呼吸の確保」に移ります。ここまで行ってきた避難所や2階への避難は、あくまでも浸水からの時間稼ぎです。高台の避難所が最も時間を稼げるというだけで、絶対に大丈夫だということはあり得ないことを東日本大震災の大津波が突きつけました。

 逃げ道は、水面上にあります。カバー写真のようにリュックサックを使った緊急浮き具で呼吸を確保しつつ、洪水の中、救助されるまで浮遊することになります。呼吸が確保できれば当然時間を稼ぐことができます。緊急浮き具は強力な浮力を持ちますが、どうしても心配であれば、ライフジャケットを予め準備しておくことも必要です。

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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