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言い伝え「お盆は溺れるから泳ぐな」は迷信かな? (16日アップデート版)

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
言い伝えは、先祖がわれわれに残してくれた大事な経験と知恵の集大成(写真:アフロ)

8月16日海水浴注意喚起情報  島根県松江市周辺、山形県鶴岡市〜青森県深浦町、静岡県御前崎市〜愛知県豊橋市、千葉県鴨川市付近、福島県、宮城県、岩手県 以上の海岸では事故につながる離岸流発生の可能性があります。その他の海岸でも、水難事故に気をつけましょう。

(水難学会発表、長岡技術科学大学 犬飼直之准教授監修)(16日5:00追記)

晴天続きの川は透明度が高くなり、屈折率の影響で浅く見えます。入るなら膝下厳守。(15日8時45分追記)

 「お盆は溺れるから泳ぐな」という言い伝え。本当でしょうか。旧のお盆では昨日13日が迎え火で、16日が送り火となります。筆者の住んでいるあたりは新のお盆のため、7月13日から16日がお盆でした。7月中旬だとまだ気温が低いし、水辺に多くの人が繰り出すわけではないので、水難事故が増えるという話は、あまり当てはまらないかもしれません。でも旧のお盆だったら、「お盆は溺れるから泳ぐな」という言い伝えが当てはまるかもしれません。

水難事故600万年もの歴史

 サヘラントロプス・チャデンシスが最古の人類であるなら、人類の歴史は600万年以上あることになります。水難事故は、当然水辺がある限り発生していたはずで、そうなると人類誕生以前から存在していたことになります。つまり、水難事故は神の思し召し。だから神の意思なんだよと、今でも社会が受け入れてしまってます。「冗談でしょう?」って言われそうですが、事実、世界に水難事故を専門に研究する研究者など、いないのです。科学研究費も、なかなか取れません。

 「お盆の期間、暗躍する妖怪が、今でも『おいで、おいで』と水辺で手招きしてますよ。」水難学会には「妖怪を語らせるなら、この人」という、宗教学が専門の大阪大学大学院言語文化研究科の永原順子先生が理事にいて、そう申しています。水難と妖怪との微妙な関係については、秋以降にYahoo!ニュースにて、対談形式で公開する予定にしています。お楽しみに。

 元に戻って、要するに600万年もの間に先祖が生きてきた経験と知恵の集大成が言い伝えであり、われわれの祖父母が、さらにその祖父母から言って聞かされた話なのです。その一つが「お盆は溺れるから泳ぐな」であるわけで、これは大事にしなければなりません。

科学的には、どうか

 水難事故で亡くなる人の数は、水辺にいる人の数x危険な水辺の範囲で決まります。たくさんの人が水辺に集まっても、広い範囲で危険性がなければ事故は起こりません。逆に、天候が悪くて水辺に人が集まらなければ、水辺がたいへん危険な状態にあっても事故は起こりません。このように、何だか訳のわからない事を、ある観点に従って切り分けて、理解しやすくすることを科学と言います。だから、妖怪を観点にすれば、これも科学になります。

 お盆の時期には、例年天候が良くて気温が高い状態が続きます。多くの人が海や川に出かけて、楽しい夏の思い出を作ります。従って、水辺にいる人の数という観点では、水難事故が多く発生する要因を満たす時期でもあります。

危険な水辺の範囲

 話を海に限りましょう。今年は、日本海側で水難事故がどうも多いようです。ある海岸で人が流されて、その隣の海岸でも人が流されたというように、同じような水難事故がある特定の地域で、複数の箇所で、ほぼ同時に多発していたという印象です。具体例を見てみましょう。

 8月9日午前11時ごろ、鳥取県岩美町の小栗浜海岸で、砂浜海岸で遊んでいた親子が水難事故に遭いました。この事故では砂浜の脇にある突堤に沿って離岸流と思われる流れが発生し、沖に子供が流されました。実は、この前後に多くの人がこの突堤に沿って沖に流されていて、そういった情報が水難学会に電話で寄せられました。とても重要な情報でした。そして注目すべきは、午後には東隣の浦富海水浴場で男女4人が相次いで沖に流される水難事故が発生しています。

 日が変わって8月12日、場所は北海道に移ります。まず北海道石狩市浜益の海水浴場で、昼頃小学生の男の子2人が海岸から50 mほど流されました。石狩市厚田区別狩の海岸では午後2時30分頃、子供が流されたと通報があり、午後3時30分頃には石狩市弁天町の「あそびーち石狩」でも浮き輪にのった人が流されました。

 一見するとあまり関係なさそうなこの二つの同時的に多発した水難事故。実はこの期間に台風5号から変わった温帯低気圧が、日本海を東に進み、その後前線に沿って次々に低気圧が発生しました。つまり、8月9日から12日の期間、危険な水辺の範囲が日本海側の海岸全体に広がっていたのです。

具体に何が起こったのか

 筆者は離岸流派ではないので、水難事故が発生すると、まず離岸流を原因から外す癖があります。ところが同僚の長岡技術科学大学犬飼直之准教授は離岸流から水難事故を検証するのが好きです。そして今回、日本海側で発生した水難事故の多くは離岸流が原因と見られ、犬飼准教授に軍配が上がりそうです。犬飼准教授によると、事故を起こすようなしっかりした離岸流が発生するには、次の条件が重ならないとなりません。

 うねりのような長い周期の波x波向x海岸構造

 普通、波は「押しては返す」で流れを発生させません。ところが、長い周期の波は海岸に流れを発生させます。大津波が上陸した時、流れを伴って陸地の奥まで海水が浸入するのと同じです。

 長い周期の波は、遠くの低気圧や台風から発生した波が長い時間をかけて進むことで形作られます。図1をご覧ください。遠くにA台風やB低気圧があるという状況はこういう感じで、距離にして陸地から1,000 kmくらいです。

図1 A点は太平洋側にうねりの影響を与えるような台風の典型的な位置、B点は日本海側にうねりの影響を与えるような低気圧の典型的な位置(Yahoo!地図をもとに筆者作成)
図1 A点は太平洋側にうねりの影響を与えるような台風の典型的な位置、B点は日本海側にうねりの影響を与えるような低気圧の典型的な位置(Yahoo!地図をもとに筆者作成)

 昨年8月11日には、太平洋側の関東地方を中心にほぼ同時刻に多発的に海岸で水難事故が発生しました。この時に台風10号が小笠原近海にほぼ停滞していました。典型的な位置をA点で示します。今年の8月9日から12日は、台風5号から変わった温帯低気圧が日本海を通過し、その後、次々と低気圧が日本海を東進した期間です。こういった場合の低気圧の典型的な位置をB点で示します。なお、正確には、波が来るまでの時間を勘案しなければならないので、影響を与えるような波の発生位置は天気図上の低気圧や台風の位置とは必ずしも一致しません。

 そして、このように遠くから来る波が、すべての海岸で離岸流を発生させるわけではありません。波向と海岸構造の条件が必要となります。今回、鳥取県や北海道で流された人は突堤に沿って沖にもっていかれた状況が多かったように思います。

 図2をご覧ください。鳥取県岩美町の小栗浜海岸とその周辺です。ここでは砂浜付近で海水に浸かっていたお子さんが、突堤に沿って沖に流されました。この時、犬飼准教授によると付近の波向は北北東で、図2上では矢印のような波が来ていたようです。コメントは、「9日は、若干波高が高い状態が1日継続していました。周期は、通常の4-5秒台よりもかなり長い9秒台です。よって、通常よりも大きな(長い)離岸流が発生しやすい環境であったと思います。」なお、現時点では迅速解析であり、確定データではないことを申し添えます。

図2 鳥取県小栗浜海岸の上空写真。黒の矢印が事故当日の波向で、赤の矢印は想定される海浜流。突堤に沿って沖に流れるのが離岸流(Yahoo!地図をもとに筆者作成)
図2 鳥取県小栗浜海岸の上空写真。黒の矢印が事故当日の波向で、赤の矢印は想定される海浜流。突堤に沿って沖に流れるのが離岸流(Yahoo!地図をもとに筆者作成)

今年のお盆の期間をどう過ごすか

 やはり、「お盆は溺れるから泳ぐな」という言い伝えは、大事にしたいと思います。先祖をお迎えして、先祖や、最近、水難事故で命を落とされた方から、水難事故防止のためにわれわれはどうすればいいのか、真摯に学ぶ心を大事にする期間にされたら如何でしょうか。

 とは言っても、夏休みの思い出も作りたいところ、お盆の期間中でも良い天気の日を選び、海であれば天気図上にて遠くのほうに低気圧や台風はないか、川も含めて水に入るなら大人も子供も膝下までをよく守って、足を冷やす程度で楽しみましょう。

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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