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幼い女の子2人の命を奪った水難事故 原因はまさかの現象だった 水難事故調レポート

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
愛知県豊田市矢作川の水難事故現場 15年間で10件の事故が発生(筆者撮影)

 令和元年9月7日、ある水難事故が小学1年生と6年生の2人の女の子の命を奪いました。場所は愛知県豊田市の矢作川。この日、穏やかな天気のもと、2人の家族は山あいの美しい自然を満喫し、流れの緩やかな川で遊んでいました。ところがここは、平成16年からの15年間でも10件の事故が起きた水難多発箇所だったのです。

 水難学会では令和元年10月15日にこの現場に事故調査委員(委員長 安倍 淳)を派遣して京都大学防災研究所の川池健司准教授とともに現場検証し、その原因を科学的に解析し、このほど結果をまとめました。そこでは、まさかの現象が発生していました。

現場の概略

 図1に赤丸で囲った災害点とその周辺の写真を示します。現場近くに池嶋河川敷広場、あるいは川の駅 いけじまの建物があります。名鉄豊田市駅から北東の方角に約20 kmの山あいを車で進むと40分ほどで到着します。

 災害点は細かな白色の砂粒からなる浜。山あいの河川では珍しい川のほとりです。そこを流れる矢作川は池のような姿を見せます。ここではこれをワンドと呼ぶことにします(注1)。そこは流れが穏やかで、白い砂浜と組み合い、まるで安全な砂浜海岸の様相です。

 災害点のすぐ上流は岩場になっています。川底も岩で覆われていて、それほど掘られていません。ところが災害点はむしろ砂底になっていて、上流からの流れが砂を掘り、本流付近では、深さ5 mほどになっています。砂浜から急激に深くなっている様子が上空写真からもわかるかと思います。

(注1)通常、ワンドは入り江のような池に近い地形を指します。現場は明確な入り江となっていませんが、ここでは便宜上ワンドと呼ぶことにします。(5月1日 22:24追記)

図1 矢作川水難事故現場の上空写真。赤丸が災害点(YAHOO!地図をもとに、筆者が作成)
図1 矢作川水難事故現場の上空写真。赤丸が災害点(YAHOO!地図をもとに、筆者が作成)

水難事故調の観点

 同じ場所で同時刻に、あるいは何回も同じ場所で人が溺れる。たいていの場合、原因解明となる糸口は現場ですぐに見つかるものです。砂浜に手向けられていた花があり、「ここが現場か」という場所にしゃがみ、川に向かって手を合わせ、そして目を開けて川を見た瞬間に川面に見えたもの。それは海で発生する離岸流と同じ様相の流れでした。

 通常の川の流れは、当然、川に沿って上流から下流に向かうものです。ところが目の当たりにした流れは、自分のいる岸から川の本流に向かって、岸から離れるような形で明確に存在しました。動画をご覧ください。子供型人形を流すと、明らかに本流に流れていきます。

動画 子供型人形が岸から離れる流れに流される様子

 当日の2人の女の子の事故直前の状況、流されたあとに見つかった場所の情報については、現場にて地元の警察官と消防士から聞き取りました。ただ、それ以前の死亡事故については、目撃証言が少なく、遺体の発見場所しかわかりません。従って、この場所における水難事故の必然性を実証するために、次の項目を水難事故調の観点としました。

1.岸から離れる流れに入りこむ必然性

2.没水する必然性

3.要救助者(遺体)発見場所が同一である必然性

図2 水難事故現場の上空拡大写真(事故調撮影)
図2 水難事故現場の上空拡大写真(事故調撮影)

岸から離れる流れに入りこむ必然性 (図2 A点)

 砂浜の一部に砂洲があります。砂洲とは流水によって形成される砂の堆積構造で、図2のA点です。川の中央に向かって三角形の浅瀬を形成しています。この砂洲より左手では目で見てわかるほど砂底が急激に深くなっています。ところがこの砂洲の部分は浅瀬がしばらく続きます。つまり、遊泳者にとって入水しやすい場所になります。エントリーポイントと言います。

 この砂洲は図3のように、左手からくるワンド甲内の流れと、右手からくる上流からの流れとがぶつかって形成されます。砂が集まるために浅瀬となりますが、ぶつかった流れは合わさり、海で観測される離岸流のように岸から離れる流れを形成します。すなわち、エントリーポイントは、岸から離れる流れに入りこむ必然性を自然に生んでしまっているのです。

図3 災害点付近の流れ。黄色矢印は水中に設置した吹き流し(赤)の方向を示す(事故調撮影)
図3 災害点付近の流れ。黄色矢印は水中に設置した吹き流し(赤)の方向を示す(事故調撮影)

没水する必然性 (図2 B点 C点)

 岸から離れる流れにのると、この流れの中、あるいは本流で没水する可能性がきわめて高いことがわかりました。

 エントリーポイントの砂洲の先端から砂底は急激に深くなります。図2 B点における水中断面構造を図4に示します。測定では砂洲の先端で深さ0.5 m程度。ところが流れにのり、2 m進むと深さは 2 mを超えます。流れの速さは測定の結果、秒速0.5 mほどでした。つまり流れにのってしまうと4秒で2 mの深さのところまで流されます。砂洲では足で立っていたとしても、砂底の傾斜では踏ん張ることができません。泳力がないと、立っていても流され、没水します。

 泳力がほどほどあり、なんとか浮きながら本流まで流されたとします。ところがこの本流には流れの潜り込みと湧き上がりがあります。上流の岩場から入り込む流れが現場C点で潜り込み、そのすぐ下流で湧き上がります。その先で再度潜り込むという繰り返しを見せます。実験で流した子供型人形は、浮きをつけていたにもかかわらず、C点からから下流に向かいつつ、深く沈んだり、浮いたりを繰り返しました。人間でも浮いて救助を待てたとしても、ここで沈むことが十分考えられます。

図4 災害点付近の水中構造の断面(筆者作成)
図4 災害点付近の水中構造の断面(筆者作成)

発見場所が同一である必然性 (図2 D点)

 女の子2人が事故に遭遇した時、捜索にあたった消防士や警察官が地元の人からD点を示しつつ、「過去、事故に遭った人はだいたいあのあたりで沈んでいるのを発見された」と聞いています。女の子2人もほぼD点付近で沈んでいる状態で発見されました。つまり、これまでの事故でも要救助者(遺体)発見場所は多くの場合同一であり、今回も同じだったことになります。

 実際に子供型人形をエントリーポイントA点から流すと、岸から離れる流れにのり本流C点にて合流しました。その後、20 mほど下流まで浮き沈みを2回ずつ繰り返し、ワンド乙になっているD点で滞留しました。このことから、D点で発見された人たちは、エントリーポイントA点から入水し、流されて、B点あるいはC点で没水し、死につながったとみることができます。

なぜ犠牲者が2人となったか

 このような場合は、小さなお子さんがエントリーポイントから流され、大きなお子さんが助けようとして流されたと考えられます。水難学会では、これを「後追い沈水」と呼びます。子供の多重水難の大きな特徴です。親御さんも飛び込み助けようとしましたが、女の子たちが沈水したため、姿を見失ってしまいました。

まとめ

 筆者は、「安全に遊べる川はほぼない」とこれまで解説してきました。水量、水底や河川敷構造は時間ごとに激しく変わり、一度ある現象が現れるといっきに事故につながるからです。要するに「何がどこで起こるかわからない。」

 その一方で、多くの水難事故は一見するとても安全に見える水辺で起こります。そして、入水しやすいポイントほど、今回の事故のように、事故につながるきっかけとなります。筆者はこれを「おいで、おいで」現象と呼んでいます。人は引き込まれるようにここに呼ばれ、命を落とします。

 この事故調レポートは多くの専門家が多角的に、しかも科学的に検討した結果に基づいています。状況証拠を矛盾なく説明することはできました。しかしながら、最期のことは亡くなられた方にしかわかりませんので、あくまでも推定であることを申し添えます。

【参考】安全に遊べる川はほぼない、思わぬ惨事に巻き込まれたケースも 川遊びの「怖さ」を解説

【参考】

 水難学会では、同時に3人以上が亡くなった水難事故に独自活動として事故調査委員を派遣し、その結果を分析しています。今後、このような形で水難事故調レポートを過去のものから順次公開していきます。

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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