千葉豪雨で功を奏した「学校待機」 災害時に果たす学校の役割

学校待機となった校舎内の様子のスケッチ風画像(筆者作成)

 10月25日に千葉県などを襲った豪雨災害。この大雨で、学校の周辺が冠水し、多くの児童や生徒が自宅に帰れず、校舎で一夜を過ごすことになりました。ニュースでは「学校が孤立」とも表現されましたが、正確には学校待機。洪水時には最も理想的な避難方法、すなわち垂直避難が選択できます。

 洪水災害の急性期にあっては校舎は理想的な避難所になりえますが、刻一刻と状況が変わる中、その後の運用方法および状況によっては厳しい結果に陥るのも事実です。学校待機中、関係者は次のようなことに気を配ります。

(1) 多様な年齢層への対応

(2) 洪水の中を学校に向かおうとする保護者への対応

(3) 水と食料の確保

(4) 最後の避難所となる覚悟

多様な年齢層への対応

 幅としては幼児から成人手前まで、様々な年齢に対応する必要があります。保護者がそばにいない状態で、我慢できる時間軸は年齢によって変わってきます。

"大雨で10月25日は千葉県内各地の学校の児童生徒833人が帰宅困難になり、校舎などに寝泊まりした。" (引用:東京新聞朝刊 2019.10.27)

"千葉県山武市の出動要請を受け水陸両用車は午後6時半に救出を開始。冠水を乗り越えながら、日向幼稚園の園児57人と職員7人を8回に分けピストン輸送し、午後9時9分に作業を終えた。" (引用:千葉日報 2019.10.26)

"県立長生高校では133人、土気高校では80人、千葉南高校で83人が一夜を明かした。" (引用:朝日新聞東京夕刊 2019.10.26) 

 多くの学校等で待機となったなか、山武市の例では幼児が園舎にて保護者なしの状態で一夜を明かすのは無理だと判断されたようで、冠水にもかかわらず迅速に救出。その一方で、小学生以上は校舎にて保護者なしで寝泊りしたようです。まさに、救出対象者の選択と集中がとられた形です。

 ではなぜ、千葉県だけが多くの学校等で学校待機になったのでしょうか。そのヒントは発災の曜日と時間帯にあります。千葉県は金曜日のお昼前後に豪雨に見舞われました。しかしながら、朝は支障なく登校・登園できたため、豪雨冠水の時間には校舎・園舎内で幅広い年齢層の子供たちが勉強していたわけです。

 今年に入ってから発生した大雨災害を振り返ると、さらに明白です。8月27日ー28日の九州大雨は平日災害だったのですが、学校が夏休み期間中で、しかも激しい豪雨の時間帯が明け方だったことから、子供たちは発災前に登校していません。台風15号は9月8日から9日にかけて日本列島に接近しましたが、これは日曜日から月曜日にかけて、しかも夜半から明け方の時間帯でやはり登校の用なし。台風19号は10月12日から13日に豪雨を降らせましたが、曜日は土日でした。

 以上のように、登校する必要のない曜日と時間帯の災害が多く、結果として学校待機に至らなかっただけで、暦のめぐりあわせによっては、全国規模でさらなる大騒ぎになっていたかもしれません。

保護者への対応

 子供が学校待機になれば、子供を案ずる保護者の数が当然増えます。その一方で、学校の周辺が冠水すれば、学校への移動は極めて危険な状況に陥ります。今回の豪雨では、このような状況下で子供を迎えに学校に向かう途中で、流された方がおられました。水難事故全般に言えるのですが、愛があると判断が狂います。そのため冷静に判断のできる、例えば学校管理者の対応が保護者の命を守る重要な鍵になります。

参考 救助できないとわかっていても寄り添いたい 広がる、よりそい教室

"8月27日、九州北部では記録的な大雨になっている。長崎県佐世保市では江迎川が一時氾濫し、江迎中学校のグラウンドが冠水。夏休み中だが体育館には生徒がいたという。江迎中学校の校長曰く、迎えのための連絡をしている間にも水位があがってしまったため、安全な場所に子供を退避させ水が引いてから迎えに来てもらった。" (引用:朝日放送 ANNスーパーJチャンネル 2019.08.27)

 大規模な学校待機は、2004年7月13日に新潟県と福島県を襲った豪雨災害でもありました。

"新潟県内では、6市町村の小中学・高校計30校の児童生徒1,094人が通学路が寸断したり、保護者と連絡がつかなかったりして、校内に取り残された。" (引用:毎日新聞 2004.07.14) 

 その日の早朝に大雨が降り、通学時間帯には少々雨が降っていましたが、三条市立月岡小学校の通学路に支障はなく、子供たちは予定通り登校しました。午前の授業中には災害を予見できるような雨は降っていなかったのですが、その頃、市内を流れる川の上流で長時間にわたる集中豪雨が発生し、時間差で川の増水が始まっていました。

参考 洪水リスクこれから本番 流域の長い河川は特に注意

 当時勤務していた先生が思い出として語りました。洪水の危険情報が入ったのか、お昼の時点で、保護者に学校に迎えに来てもらうよう教員が手分けをして連絡を始めました。しかし午後2時過ぎに外を見ると、雨が激しく降っているわけではないのに、学校の周囲で冠水が始まりました。図1に示すように、グラウンドの外を突然車が流れてきたので、「何事が起ったかと、ただただ驚いた」と、ぼうぜんとしてこの光景を見ていました。この段階で学校待機が決まり、子供は帰宅させないことになりました。

図1 グラウンドの外を洪水で流される車。いきなり発生した状況にただ驚くばかりだった(被災小学校教員提供)
図1 グラウンドの外を洪水で流される車。いきなり発生した状況にただ驚くばかりだった(被災小学校教員提供)

 15年前の当時は、学校待機の仕組みが保護者にあまり知られていなかったようです。夜10時頃に冠水した道路を腰まで浸かりながら歩いてきて、大型フロートに子供を乗せて自宅に戻るなど、相当な無理をした保護者がいたそうです。冠水道路の危険性もそれほど周知されていなかった時代で、保護者の一人は冠水した道路を歩いて自宅に戻る途中、家の近くの側溝で溺れて亡くなりました。

参考 まず垂直避難 命の危険のはじまりは豪雨冠水です

 学校で待機していた子供たちも不安の色を隠せなかったようです。保護者が迎えに来ることのできない100人ほどの子供たちを校舎3階の視聴覚室に集め、教員がビデオを流して不安の解消に努めました。夜は8時頃就寝。体育館に体操用マットを敷いて、その上で100人ほどが仮眠をとりました。

 日頃から子供たちを見ている先生たちだからこそ、子供たちの動揺を最小限に抑えつつ、一夜を過ごすことができたのです。学校待機になったら、学校を信じて、保護者は無理せず水が引くのを待つべきでしょう。

水と食料の確保

 待機となった千葉県内の学校では、給食の余りを分けあったり、差し入れを得たりしていたようです。ただ、人数が少なければいいのですが、学校によっては100人規模、前出の月岡小学校の場合には、およそ400人の児童と避難してきた保護者や近所の住人を合わせて1,000人もの数に対応しなければなりませんでした。

 学校周辺が冠水すれば、物資輸送の車両が冠水箇所から先に入ることができません。ボートに積んできたとしても食料の数量は限られます。運搬する人にはもちろん溺水の危険が伴います。要するに学校待機を想定するのであれば、外部からの補給に頼らず、せめて子供の数だけでも水と食料を備蓄し、最低でも1日分、想定する災害規模によっては数日分は確保しなくてはなりません。

最後の避難所となる覚悟

 多くの子供たちの命を預かる学校待機。そう簡単に避難場所を変えることができないので、そこが最後の避難所となる覚悟が必要です。東日本大震災の津波では、最後の避難所であることを思い知らされる状況に陥った小学校がありました。

 地震発生の3月11日午後2時46分。東松島市立野蒜小学校には5, 6年生約60人が残っていました。時間が経つにつれ保護者や近隣の住民、高齢者施設のお年寄りらが続々集まってきました。地元の人は「ここは防災マップの浸水想定区域ではない」と信じて、体育館に避難しました。

 ところが、午後3時52分ごろに体育館を津波が襲いました。津波は体育館の床面から高さ3 mに迫る勢いでした。150人ほどが2階のギャラリーに垂直避難しました。しかし、すぐにすし詰め状態となり、上がりきれなかった数十人が図2に示すように、ギャラリー床面の直下まで上がってきた津波に飲み込まれていきました。

図2 野蒜小学校体育館の内部。津波の上がった高さが跡としてくっきりと見える(筆者撮影)
図2 野蒜小学校体育館の内部。津波の上がった高さが跡としてくっきりと見える(筆者撮影)

 厳しい状況だったと思います。浸水高さは人が決めるのではなく、自然が決めるものです。想定は、あくまで人が作った参考値でしかありません。

 こういった水害では、「これ以上は、水は来ないだろう」という希望を持つのではなく、迫る浸水に対して、より高く垂直避難する方策を持たなければなりません。つまり、それが最後の避難所となる覚悟と言う意味です。2階、3階とあがり、屋上あるいは屋根まで出て、それでも水が迫ってきたら、浮き具を身に着け、いよいよ浮きながら流され、救助されるまで命をつなぎます。

 野蒜小の子供たちは、学校で習ったとおり、そうやって飲み込まれた津波から生還しました。

参考 ういてまて 水災害から命を守る教室で、何を学ぶのか

まとめ

 学校待機については、各学校でマニュアルを整備し、発災時にはそれに沿って行動できるようにしています。ただ、そのマニュアルが最近の災害に対応できているのか、屋上まで浸水するような最悪の状況を想定しているのか、定期的に確認する必要があるのではないでしょうか。

 保護者は愛する子供のことを案ずると、行動にぶれが生じます。それは、水難事故で子供が水に落ちた時に、救助できないとわかっていても飛び込んでしまう心理状況と同じです。学校待機については、学校の対策を理解し、対応に従う必要性についてお考えいただければと思います。