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大雨避難途中、水が来襲したら溺水に注意

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
洪水避難時のリュックサックが緊急時の浮き具になる(写真:ロイター/アフロ)

 梅雨末期の大雨で、各地で避難する必要のある方が不安な時間を過ごしていると思います。早めの避難、そして外への避難が無理なら自宅の2階などに垂直避難と繰り返し呼びかけられています。ただ、思わぬ落とし穴があります。避難開始時には道路は冠水していなかったのに、避難途中で急に洪水が襲ってきたときです。この急激な変化に溺水のリスクが高まります。

避難途中のパニック

 平成16年7月に新潟・福島を襲った7.13水害では、避難中に側溝にはまって亡くなった方がおられました。自宅から避難所に向かう途中に溺れたとみられております。自宅と道路の間には比較的深い側溝がありました。いつもの自宅の周辺の景色なら、見ただけで側溝がわかるため、そこに落ちることは考えられません。ところが急に洪水に見舞われると景色が一変します。どこに側溝があるかわからなくなるし、ましてやパニック状態になると自宅しか視野に入らなくなり、道路と自宅との間にある危険に気が付かなくなります。

 図1をご覧ください。事故の想定例を示します。この想定では、まだ洪水が発生する前に避難所に向かった人が主人公です。避難所に向かう途中で急に水が足元を流れ出し、洪水が発生したらどうでしょうか。避難所よりも自宅が近ければそちらに戻った方がはやそうだと自宅に戻ることでしょう。ところが自宅周辺ではすでに床下浸水まで水が出ています。流れもあります。その恐怖から早く家に入りたいとショートカットして玄関に向かった矢先に側溝にはまってしまった。いつもなら気が付く側溝ですが、泥水に覆われていて、パニック状態では頭から存在がすっかり消えてなくなります。人は突然の垂直入水にさらされると瞬間的に水没し、そのまま溺れてしまいます。これを沈水と呼びます。

図1 自宅に戻る際に側溝に気が付かずに沈水する溺水例(筆者作成)
図1 自宅に戻る際に側溝に気が付かずに沈水する溺水例(筆者作成)

沈水からの生還方法

 小学校で普及が行われているういてまて教室では、災害対応プログラムとして、トラップと呼ばれる急な深みにはまった時の、沈水からの生還方法を教えています。動画をご覧いただきながら、もしもの時に備えてください。

浮き具なし  両手に何も持たない状態でトラップにはまったら、瞬間的に息をこらえて、両手をクリオネのように羽ばたいて、浮上します。浮上したら、ラッコ浮きで呼吸を確保します。

浮き具あり  ペットボトル、リュックサック、身の回りの浮くものをもって避難しているときは、トラップにはまった瞬間に息をこらえて、浮き具を離さず、浮上します。浮上したら、ラッコ浮きで呼吸を確保します。

【靴の浮力を利用したラッコ浮き、図解付き】

 ラッコ浮きのままバタ足でもとの位置に戻れるようであれば戻り、立ち上がれそうであれば立ち上がります。

持ち物に工夫を

 避難する際には、着替えやタオルなどをポリ袋に入れてリュックサックに入れます。これが優れた浮き具になります。そのリュックサックを背負って避難します。

 大きいリュックサックごとトラップにはまったら、すぐに浮いてきます。できる範囲でのけぞって、背中をリュックサックの上にのせるようにして呼吸を確保します。

 リュックサックが小さくて胸にかけても足元が見えるようなら、前に抱えます。トラップに落ちてもすぐにラッコ浮きの姿勢になれるばかりでなく、呼吸も楽にできます。

 さらに、杖になるような棒をもって、道路が冠水したら、トラップがないか確認しながら歩くのに使います。

おわりに

 命を守るための早めの避難が呼びかけられています。洪水のぎりぎりになると、突発的なことが起こりやすくなります。洪水から自分の身を守るためには、やはり早めの避難につきると思います。

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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