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海でつい子供から目が離れる「魔の時間」はいつ? 家族で海水浴を楽しむ注意点

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
(写真:ペイレスイメージズ/アフロイメージマート)

 いよいよ、海の日3連休が始まります。旅行の準備は完璧でしょうか?今回は「魔の時間」をキーワードに、家族で海水浴を楽しむ時の注意点についてお話しします。

子供から目を離さない

 皆さんは、耳にタコができるほど聞いていると思います。一緒に連れてきたお子さんが目を離したすきに溺れないか、誰でも心配ですから、そうそう目を離すことはないでしょう。ところが、誰にでもお子さんから目を離す「魔の時間」があるのをご存じですか。それは・・・着替えの時間です。海に到着すれば、だれでも早く海に入りたくて、そわそわします。このことが事故を招きます。

事例  母親が5歳児と2歳児を連れて、ある海水浴場の更衣室に入った。母親は2歳児のトイレとか、海に出る準備の最終チェックとか、なかなか浜辺に出られなかった。一方、5歳児は自分で着替えを済ませて早く浜辺に出たくてならなかった。待ちきれなくて「ママ、先に行ってるよ」「わかった、気を付けて。」この会話のあと5歳児は1人で砂浜に飛び出していった。その後5分もたたないうちに場内放送で「5歳くらいの男の子が医務室にいます。お心当たりの方は医務室にお越しください」と流れた。

 一緒に砂浜に出なかったことが悔やまれます。男の子は更衣室を飛び出し、すぐに海に入り、大きめの波をかぶって倒れてしまいました。呼吸に失敗したため溺れて海中を漂っているところを付近の大人が発見し、すぐに医務室に連れていきました。人工呼吸で一命をとりとめました。

 このようにレジャー中の水難事故の多くは、更衣室から出てすぐに発生しています。これを防止するために、水着に着替えたら、目を離さないためにも、子供と一緒に水辺に出るようにしましょう。

海水浴は海水浴場で

 2017年8月に福岡県古賀市の砂浜で、海に浸かって遊んでいた児童を含む4人が溺れて亡くなりました。図1に示すように、ここには砂浜とそこから沖に伸びる突堤があります。市民の憩いの場となっていて、普段は災害とは無縁な穏やかな海に見えます。ところが、4人は突如発生した激流によって図1手前右の浅瀬から写真中央の突堤先端よりさらに30 mほど奥に運ばれ、水深3 mほどの深みで水没して命を失いました。最初に子供2人が流され、砂浜から走って追いかけた男性と突堤途中から救助のために飛び込んだ男性が激流にのまれました。

図1 4人が亡くなった海岸の様子。突堤が沖に向かって伸びている。(筆者撮影)
図1 4人が亡くなった海岸の様子。突堤が沖に向かって伸びている。(筆者撮影)

 水難学会事故調査委員会の解析によれば、激流は速さが秒速3 mほどで、100 m自由形競泳の世界新記録の1.5倍に達しました。この突然の激流は、瞬間的におきました。まさに魔の時間でした。実はこの現場から数十kmも離れた沖合で約70分前に瞬間的に風の向きが北北東から北北西に変わったのです。これが原因で大きな波が70分かけて現場に来襲、この大きな波が激流に変わりました。

 この解析が行われるまで理由はわからなかったのですが、現場では過去からこのような現象がたびたび目撃されてきました。ですから、この砂浜は遊泳禁止区域となっていました。海水浴場ではないということは、それなりに危険な理由があるのです。やはり、海水浴は海水浴場で楽しみましょう。

海水浴場にも流れはある

 海水浴場でも流されます。「子供にライフジャケットを着せたし、波も穏やかだから、少し昼寝をするか。」これも子供から目を離した魔の時間となります。こうしてあなたが寝ている間にお子さんは遠くに流されていきます。「30分も寝ていたら、30 m沖に流されていた」など、毎日ごく普通に起きうる海の流れです。

 海岸には様々な流れがあります。これを海浜流といいます。図2に示すように海浜流には、岸から沖に向かう離岸流、岸に沿って流れる並岸流、海岸へ向かってくる向岸流があります。よく「離岸流が危ない」と言われますが、並岸流も含めて流れは全部危ないのです。海底は当たり前のようにデコボコしているので、沖に流れても、横に流れても、すぐに大人の背の届かない深さになったりします。

図2 海の流れの模式図。怖いのは離岸流ばかりでない。どこに流されても人の立てない深みがあるからだ。(筆者作成)
図2 海の流れの模式図。怖いのは離岸流ばかりでない。どこに流されても人の立てない深みがあるからだ。(筆者作成)

 子供にライフジャケットを着せていれば、流れていっても浮いていられるので救助を待つことができます。ただ、その姿が岸からは見えなくなることもあります。流速の速い離岸流だと、30分も寝ていたら子供は数百m沖まで流される可能性があります。

 さらにもっと怖いのは風です。特に陸から海に吹く風は水面に浮く人を簡単に流してしまいます。その速さは瞬間的に秒速5 mにも達します。こうなると、子供から目を離していなくても、目の前でライフジャケットを着けて浮かんでいたお子さんがどんどん沖に流されていくことになります。「離岸流に流された」と言われる事故の多くは実は風で流されています。次の動画は、海で風に流される様子を実写しています。

救助はプロに任せる

 昼寝の合間に我が子が流されたり、目の前で沖に離れていったりすれば、親は我が子のそばに泳いでいってしまいがちです。そうやって、最近は子供が助かり、親が途中で力尽きて亡くなる事故が目立つようになりました。新聞に掲載されている分だけでも年間10件前後発生しています。

 なぜ亡くなるのかというと、例えば30 mを泳ぎ慣れていない人が全力で泳げば20 mほどで力尽きます。そこまでいけば、たいていは水深が身長を超えていますので、呼吸ができなくなり、溺死します。たとえ子供のところにたどり着いたとしても、同じ距離だけ泳いで子供を引っ張って戻らなければなりません。帰り道で力尽きる事故もあります。

 海水浴場であれば、その海岸を熟知したライフセーバーがいます。ライフセーバーに通報すれば、専門の資機材をもって救助に向かってくれます。また、同時にスマートフォンで119番(消防)と118番(海上保安庁)に通報すれば、陸からばかりでなく、上空からも捜索・救助活動をしてくれます。図3は消防防災航空隊による救助訓練の様子です。子供にライフジャケットを着せていれば、命はギリギリのところでプロが守ってくれるのです。

図3 ヘリコプターによる水難救助訓練。海で遠くに流された人を直ちに救助するのに効果的。(筆者撮影)
図3 ヘリコプターによる水難救助訓練。海で遠くに流された人を直ちに救助するのに効果的。(筆者撮影)

おわりに

 夏休みの海水浴は、家族の楽しい思い出として一生残ります。楽しかった日を後で家族で語ることができるように、ぜひ安全に過ごしたいものです。ほんの少しのことに注意するだけで、事故なく安全に家に戻ることができます。お子さんから目を離さぬよう、万が一を考えてライフジャケットを家族で着用して、万が一の時には海辺のプロに救助を託しましょう。

 なお、安心して着用できるライフジャケットには、従来の国土交通省型式承認品のほか、レジャー用としてCS JCIマークの入った製品があります。そのうち、子供用にはLC1あるいはLC2の表示があります。

参考:

子供に危険な水辺はどこ? 水難事故死が一番起きる河川の怖さ

子どもの水難事故死を防ぐ「ういてまて」 今すぐできる小学生向けの教え方

 

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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