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MotoGP王者のロレンソが引退 その真の理由について考えてみた

佐川健太郎モーターサイクルジャーナリスト
画像出典元:motogp.com ※写真以下すべて

ケガによる想定外の低迷

MotoGP最高峰クラスで3度の世界王者に輝いたレプソル・ホンダのホルヘ・ロレンソが2019年シーズン限りでの現役引退を発表した。最終戦バレンシアGP直前に行われた会見によると、今シーズンの度重なるケガの影響で完全なパフォーマンスを発揮することができず、レースに対するモチベーションを保てなくなったからだという。

時計を少し戻して振り返ってみよう。2019シーズンにドゥカティからレプソル・ホンダに鳴り物入りで移籍したロレンソだったが、前年のタイGPで負った手首のケガが癒えないままプレシーズンのトレーニング中に負傷し最初のスタートで躓いた。そして開幕戦カタールGPのフリー走行でも転倒し肋骨を傷めると、続く6月のカタルニアのテストでもフロントから転倒して高速でエアフェンスに激突。そして、第8戦オランダGPで再びクラッシュし胸椎骨折という選手生命を脅かすほどの深刻なダメージを負ってしまった。まさにボロボロ。第12戦イギリスGPから復帰したものの満身創痍で、決勝レースでも最後尾近くを走るロレンソの痛々しい姿は見ているほうも辛かった。

世界最強のファクトリーチームで最強マシンを与えられながらの想定外とも言える低迷。チームやスポンサー、世界中のファンからの大きな期待に反して低きに甘んじている自分にロレンソ自身も忸怩たる思いだったに違いない。引退会見では苦悩から解き放たれたのか、爽やかな笑顔も見られたのが幸いだった。

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ケガする度に遅くなる

世界最高峰のモータースポーツの世界でチャンピオン争いをする重圧など私には想像もできないが、僅かでもロレンソの気持ちに寄り添ってみたいと思ってこの原稿を書いている。

昔とある元WGP経験者に聞いた話だが、「ライダーはケガをする度に少しずつ遅くなる」という。身体的なダメージの蓄積で体が思うように動かなくなることもあるが、それ以外にもここ一番というときに無意識に心のブレーキがかかってしまうのだとか。いつも強気のロレンソもさすがにアッセンでのクラッシュ後「恐怖にとりつかれた」とコメントしている。もちろん、ライダーによってはケガに強いタイプもいるそうだが、ロレンソは15歳でWGP125ccデビューという長いキャリアの中で体も相当に酷使してきたに違いない。

マシンへの順応にも苦しんでいた

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ここ数年、ロレンソはマシンとのマッチングにも苦しんでいた。2017年にヤマハからドゥカティに移籍したが「正反対」と言わしめるほどのマシンの性格の違いに戸惑い、初勝利を挙げたのが2018年6月のイタリアGP。ようやくマシンに順応し3勝を挙げるなど調子も上向いてきたところでホンダとの新たな契約を発表するなどタイミングも悪かった。

そして、2019シーズン。新天地ホンダで「GPライダーなら誰でも憧れる」と本音を漏らしたRC213Vワークスマシンを得て本人もさぞ期待していたと思うが、こちらのマシンもさらに難しかったようだ。

大きすぎたマルケスの存在

これは私の勝手な想像だが、あまりに突出した速さと才能を持ったマルケスの存在が大きすぎたのでは。それは精神的なプレッシャーという意味だけではない。思うに、RC213Vはすでに何シーズンにもわたって年間タイトルを獲得し続けているマルケスに合わせたスペシャル仕様になっていたのではなかろうか。その証拠にクラッチローや中上など他のホンダ系ライダーも苦戦していて、彼らのコメントからも今のRC213Vは乗りこなすのが難しい様子がうかがえる。

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近年MotoGPマシンは益々パワーを上げている。ホンダも伝統のエンジンパワーを重視している故かもしれないが、どうやらフロントのグリップ感を得づらいようだ。そこをマルケスだけは独特のヒジ擦りとフロントの滑りをコントロールする天賦のバランス感覚によってこれを克服し勝ち続けている。結果がすべてのチャンピオンシップの世界では、これに異を唱えることはできない。

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RC213Vをものにする時間が足りなかった

では、ロレンソが才に劣るかと言えばNOだ。事実、最高峰クラスで3度タイトルを獲得した中で、2015年に唯一マルケスの年間タイトルを阻んだ男である。ロレンソが最も輝いていたのはヤマハ時代の7年間だろう。

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それ以前にWGP250クラスで2年連続チャンピオンを獲得していたロレンソの強みは高い旋回速度を生かしたスムーズなコーナリングにある。それは伝統的な“ハンドリングのヤマハ”にもフィットした走り方だったと思う。安定感のあるグリップ走法で絶頂期には先行逃げ切りパターンで勝利を重ねたが、その方法でコーナー進入速度を上げていくにはフロントのグリップ力が必要不可欠になる。

だが、今のRC213Vはロレンソのスタイルには合わなかったのかもしれない。そして、自分に合ったマシンを作り上げるためには時間が足りなかった。そう考えるともう1年、ホンダで粘って欲しかったと思うのは勝手なファン心理だろうか。

願わくはガッツ溢れる走りをもう一度

ロレンソは今後プロフェッショナルなレースに復帰することはもうないと断言しているそうだが、昨シーズンにレプソル・ホンダを退いてKTMのテストライダーとしてMotoGPマシン開発に大きく貢献していると言われるダニ・ペドロサのように他のファクトリーチームからオファーを受けることは十分考えられるだろう。年齢的にも32歳とまだ若いので、願わくは現役ライダーとしてスーパーバイク世界選手権などで再チャレンジしてくれると個人的には期待しているのだが。

ロレンソの引退は残念だが、引き際はどうあれ、彼が偉大なチャンピオンであることに変わりはない。今はゆっくり充電期間をとって心と身体のメンテナンスをした上で、元気ハツラツとした姿でレース界に戻ってきて欲しい。そして、叶うならかつてのガッツ溢れるアグレッシブな走りをもう一度見てみたいと思うのだ。

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※原文より筆者自身が加筆修正しています。

出典:Webikeバイクニュース

モーターサイクルジャーナリスト

63年東京生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、RECRUITグループ、販促コンサルタント会社を経て独立。趣味が高じてモータージャーナルの世界へ。編集者を経て現在はジャーナリストとして2輪専門誌やWEBメディアで活躍する傍ら、「ライディングアカデミー東京」校長を務めるなど、セーフティライディングの普及にも注力。㈱モト・マニアックス代表。「Webikeバイクニュース」編集長。日本交通心理学会員 交通心理士。MFJ認定インストラクター。

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