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MotoGPイギリスGPが暗示した ホンダの苦悩とスズキの熟成

佐川健太郎モーターサイクルジャーナリスト
※画像出典元:motogp.com

スズキのリンスが接戦を制して今季2勝目

8月25日に英国・シルバーストーンサーキットで開催されたロードレース世界選手権第12戦イギリスGPにて、最高峰カテゴリーのMotoGPクラスにおいてチームスズキエクスターの「GSX-RR」を駆るアレックス・リンスが優勝。第3戦のアメリカズGPに続くシーズン2勝目を挙げ、年間ポイントランキング3位に浮上した。

最終コーナーからの見事な逆転劇だったが……

レースは波乱の幕開けとなった。リンスはグリッド2列目5番手から好スタートを切ったが、直後の第1コーナー進入で大きくマシンをスライドさせてしまい、その直後にいたクアルタラロ(ペトロナス・ヤマハ)がこれに反応して転倒。コース上に転がったマシンにドヴィツィオーゾ(ドゥカティ)が乗り上げる形で転倒し、マシンが炎に包まれるなどシルバーストーンは一時騒然となった。

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序盤の大クラッシュにも関わらず意外なことに赤旗中断はなくレースはそのまま続行。予選ポールから飛び出したマルケス(レプソル・ホンダ)とこれを追うリンスという展開が最後まで続き、終盤はコーナーのインからアウトから何度もアタックをかけるリンスの頭をマルケスが必死に抑えるという図式だった。

圧巻は最終ラップの最終コーナーからの逆転劇。フルバンクから全力で立ち上がろうとするマルケスが一瞬バランスを崩した間隙を縫って、そのイン側から一直線に加速したリンスがゴールライン直前でマルケスをかわしてチェッカーを受けた。その差はタイヤ1本分もないほどの大接戦だった。

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ホンダとスズキの両エースによる限界ギリギリでの駆け引きなど、レース内容としてはとても見応えのあるものだった。ただ、見方を変えるとレース序盤でのアクシデントにより、優勝争いに当然絡んでくるはずの有力ライダー2名が早々にリタイヤしてしまったことは残念であり、その遠因を作ったのが優勝したリンス本人だったことも後味の悪さを残したことは否めない。

マシンと格闘するマルケスの天才

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それはそれとして今回、個人的に注目したのはホンダとスズキ、双方のマシンの特性の違いだ。

MotoGP通の人なら気付いていたと思うが、マルケスが駆る「RC213V」は終始挙動が不安定だった。コーナー立ち上がりからの加速ではフロントが大きく振られ、マシンを抑え込もうと必死なマルケスの表情が見てとれるようだったし、コーナー進入では大きく車体をスライドさせてマシンの向きを変えつつ、誰よりも深いバンク角でコーナーを攻め立てているにも関わらず、思ったほど曲がらずに出口ではアウトにはらんでしまう。

マルケスは誰と争うというよりも、常に自分のマシンと格闘しているようだった。終盤に至っては、何度もフロントから滑っていたし、マルケスの超人的な身体能力と反射神経がなければ、おそらくゴールまでマシンを運ぶことができなかったのではないか。

事実、同僚の元MotoGP王者であるロレンソやクラッチロー(LCRホンダ)も苦戦を強いられている。そこに、最近のホンダの苦悩が透けて見えるのだ。と同時にマルケスの凄さ、その天才ぶりをまざまざと見せつけられたのだった。

GSX-RRの旋回力を生かしたリンス

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一方、リンスの「GSX-RR」は真逆と言えるほど安定した走りが印象的だった。基本的にグリップ走法でコーナー進入でも派手なアクションはなく、むしろ“ゆったり”と倒し込んでいるように見える。もちろん、ライディングスタイルの違いもあるだろう。旋回中のバンク角もマルケスより明らかに浅めだが、コーナー出口ではいつの間にかマルケスの直後にピッタリと付いている。

パワーでこそRC213Vに一歩譲るが、暴れるマシンに手こずるマルケスを尻目に何度もストレートで並びかけてプレッシャーをかけ続けていた。どうやらGSX-RRの強みはコンパクトに曲がれる旋回性と立ち上がりでのトラクションに良さにあるように見えた。つまり、クルッと曲がって即加速できる車体設計なのかもしれない。

それを実証したのがまさにラストラップ。最終コーナーでもセオリーどおり加速重視の“V字ライン”でいち早く車体を起こしてスロットル全開に持ち込むことで、ゴール直前でマルケスに競り勝った。この事実は今季2勝目のリンスの好調ぶりとともに、GSX-RRの熟成が進んでいることを示している。

実力拮抗で後半戦がますます楽しみに

とまあ、TV観戦しながら勝手にいろいろとストーリーを作り上げてしまったが、もちろん、それだけに留まらない複雑なファクターが絡み合っていることは承知している。

言うまでもなく、MotoGPはライダーとマシンとチームの集合体による総力戦である。そして、肉を切らせて骨を断つような究極の駆け引きが求められる、頭脳とメンタルの戦いの場でもある。だからこそ勝敗だけでなく、そこに至る物語に思いを馳せるのがまた楽しいのだ。

今年に入り、マシンとライダー共にその実力が拮抗してきているのは誰の目にも明らかだ。当事者としては苦しい戦いだろうが、一ファンとしてはタイトル争いを巡るMotoGP後半戦の戦いがますます楽しみだ。

出典:Webikeバイクニュース

モーターサイクルジャーナリスト

63年東京生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、RECRUITグループ、販促コンサルタント会社を経て独立。趣味が高じてモータージャーナルの世界へ。編集者を経て現在はジャーナリストとして2輪専門誌やWEBメディアで活躍する傍ら、「ライディングアカデミー東京」校長を務めるなど、セーフティライディングの普及にも注力。㈱モト・マニアックス代表。「Webikeバイクニュース」編集長。日本交通心理学会員 交通心理士。MFJ認定インストラクター。

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