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教師叩きに終始しないで… 子どもにも先生にも安全・安心な学校を!

内田良名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授
(写真:アフロ)

 神戸市立の小学校で起きた教師によるいじめ事案は、人びとに大きなショックを与えると同時に、教師という立場への強烈な反感を生み出している。子どもの前に立つべき教師が、あまりに稚拙な行動をくり返していたことは、大いに非難されるべきである。だがそれを、漠然とした教師叩きで終わらせてはならない。なぜなら、今回の直接の被害者もまた教師であり、そして世の大多数の教師は今回の出来事を「ありえない」と感じているからだ。子どもにも教師にも「安全・安心な学校」が必要である。

■教師叩きが見落とすこと

画像はイメージ ※「無料写真素材 写真AC」より
画像はイメージ ※「無料写真素材 写真AC」より

 教育問題の歴史というのは、私なりにひと言で表現すれば、それは「教師叩き」あるいは「教師バッシング」の歴史であった。

 私たちの多くは学校教育を経て育ってきた。皆が学校の日常をそれなりに知っている、総専門家状態だ。だから実感と自信をもって、学校教育を語り、教師を非難する。

 私は、「教師を守ろう」と言いたいのではない。今回の神戸市の事案をはじめとする教師どうしの暴行やハラスメントについて、これから私たちはどう語っていくべきかを、教師叩きの波に押し流されないかたちで考えたいのだ。

 神戸市の事案における教師叩きは、次の2つの現実を見落としてしまう。

 第一に、そもそも加害者も教師だが、被害者もまた教師だという点である。非難されるべきは学校内における教師の加害行為であって、教師というカテゴリ全体であってはならない。

 第二に、私が知る限りは、大半の教師は今回の事案に心を痛めたり、憤ったりしている。あのような事案が学校で起きてよいはずがない。その思いは、多くの教師に共有されている。教師叩きは、この「安全・安心」を求めている教師の姿を見えなくさせてしまう。

 いま必要なのは、「安全・安心を土台にした学校をつくること」である。非難の矛先は、教師というカテゴリではなく、学校が安全・安心を土台に成り立っていないことに向けられるべきである。

 学校はしばしば暴力やいじめの温床となる。そして、それを変えたいと思っている教師が多くいる。教師を丸ごと叩いていては、「変えたい」教師の訴えをもつぶしかねない。目指すべきは、多くの教師の「変えたい」思いが前面に立つかたちで、子どもにとっても教師にとっても、安全・安心な学校を構想していくことである。

■暴力が容認される文化

公立校の教師における懲戒処分等の件数 ※文部科学省「公立学校教職員の人事行政状況調査」をもとに筆者が算出・作図
公立校の教師における懲戒処分等の件数 ※文部科学省「公立学校教職員の人事行政状況調査」をもとに筆者が算出・作図

 「安全・安心を土台にした学校」というのは、教師以前にまずもって子どもにとって、そのようなものでなければならない。

 教師から子どもに対する身体的暴行、いわゆる「体罰」を例にとって考えてみよう。文部科学省が毎年公表している「公立学校教職員の人事行政状況調査」をもとに、2013~2017年度における5年分の懲戒処分案件全体を分析してみると、懲戒処分等(訓告を含む)の件数では、各種事案のなかで「体罰」の件数は圧倒的に多く、6865件に達する。だがそのなかで懲戒免職に該当する件数は1件にとどまっている。暴行により子どもが骨折しようが、その鼓膜が破れようが、過去にも体罰で処分歴があろうが、免職になることはないに等しい。

 懲戒処分等の件数に占める懲戒免職の割合をみると、その状況はより明確に浮かび上がる。たとえば車の飲酒運転は処分292件のうち154件が懲戒免職(52.7%)、わいせつは処分1070件のうち599件が懲戒免職(56.0%)の処分が下されている。一方で、体罰は6865件中1件であるから0.015%とほぼゼロに近い。子どもにとってはまったく安心できない状況である。

処分全体に占める免職の割合 ※文部科学省「公立学校教職員の人事行政状況調査」をもとに筆者が算出・作図
処分全体に占める免職の割合 ※文部科学省「公立学校教職員の人事行政状況調査」をもとに筆者が算出・作図

 こうした課題は、体罰に限られない。子どもどうしのいじめであれば、加害側の子どもが学校に来ていることを前提としたままに、被害者に対して「無理してまで学校に行かなくていいんだよ」という言葉が投げかけられる(拙稿「いじめ加害者の出席停止ゼロ件」)。あるいは、子どもから教師への暴力についても、教師が被害届を出すようなことはめったにない(拙稿「教師への暴力 警察通報にためらい」)。

 いずれにしても学校では、子どもか教師かを問わず、加害行為への対応がゆるい。またそれに関連して、被害者側が相談できる体制の整備も、不十分である。

 子どもが安全・安心に学習できる学校を最優先課題とする。それをつくりあげるために、安全・安心に重きを置くことができる教師が、安全・安心に働ける。加害者への処遇(排除なのか矯正なのかなど)は問題別に今後の検討を要するが、子どもは言うまでもなく教師にとっても、学校が安全・安心な場となることが目標とされるべきである。

■教師間のいじめを処分する枠組みの欠如

 最後に、今回の神戸市の事案について、その加害を把握し対処するための枠組み自体が、教育行政において明確には用意されていないことを付記しておきたい。

 すでに言及したとおり、体罰やわいせつなど何らかの問題行動が発覚した場合、公立校の教員には教育委員会から懲戒処分が下される。ところが、文部科学省の「公立学校教職員の人事行政状況調査」や各教育委員会の懲戒処分の指針を見ても、「体罰」「飲酒運転」「わいせつ」「個人情報の漏洩」(文言は自治体によって異なる)といった分類は確認できるものの、教師間の暴行や傷害がどのように取り扱われているのかは、はっきりしない。

 文部科学省の「公立学校教職員の人事行政状況調査」では、今回の事案は「その他服務違反等」あるいは「勤務態度不良」に相当する可能性が高いと考えられる。ただしこれらは残余カテゴリのようなもので、多種多様な問題事案が一括りにされている。学校外での一般人に暴力を振るった場合には、「一般非行に係るもの」として「傷害、暴行等及び刑法違反」という分類が確立されているが、それに比べると、学校内での教師による教師への暴行や傷害はそもそもそれが起こりうるという事態が想定されていないように見える。

 神戸市の加害教師にどのような処分が下されるのかについて、私たちは今後も注視していかねばならない。軽い処分では済まされない。そして神戸市の出来事は特殊性が高いとしても、教育行政は今後、教師間の暴力やハラスメントを見える化して処遇していくことが求められる。それは、安全・安心な学校空間の構築に必須の要件だ。

 昨日、神戸市の被害教師が学校の子どもに宛てたメッセージが話題になった(10/10:神戸新聞)。その先生個人がどのような方なのかについて私は情報を持ち合わせていないけれども、いずれにしても子どもが安心して学べる学校環境を構築するために、心やさしい先生が伸び伸びと働ける環境をつくっていかなければならない。

名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授

学校リスク(校則、スポーツ傷害、組み体操事故、体罰、自殺、2分の1成人式、教員の部活動負担・長時間労働など)の事例やデータを収集し、隠れた実態を明らかにすべく、研究をおこなっています。また啓発活動として、教員研修等の場において直接に情報を提供しています。専門は教育社会学。博士(教育学)。ヤフーオーサーアワード2015受賞。消費者庁消費者安全調査委員会専門委員。著書に『ブラック部活動』(東洋館出版社)、『教育という病』(光文社新書)、『学校ハラスメント』(朝日新聞出版)など。■依頼等のご連絡はこちら:dada(at)dadala.net

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