Yahoo!ニュース

生い立ちを調べて発表する「授業」 写真がなければ絵で代替という「配慮」

内田良名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授
(写真:イメージマート)

小学校2年生の「生い立ちの授業」をご存知だろうか。自分がだれに支えられて育ってきたのかを調べ、感謝をあらわし、発表する。学習指導要領に記載されているため、実施が原則であり、例年2月頃に全国の小学校で実践されている。成長の振り返りは感動をよぶ一方、国はさまざまな家庭事情への「配慮」を求めている。

■小さい頃の写真を提出 エコー写真や思い出の品も

学校からの連絡で、「学校の授業でお子様の成長を振り返るために、次のものをご用意ください」とお願いされたら、あなたはどう感じるだろうか。

【写真】

生まれたとき(誕生前のエコー写真も可)、1歳~3歳頃、4歳~6歳頃、小学校に入学したとき、それぞれ1枚ずつ(計4枚)。

【お子様への手紙】

生まれてきたとき、はじめて○○ができたとき、幼稚園や保育園に通っていたとき、小学校に入学したときのことなど、さまざまな思い出とともに、これから未来に向けてお子様に願うことを記してください。

この時期、SNSでは学校からの依頼に応じた保護者の投稿を見かける。写真や手紙以外に、小さい頃の服や靴、ぬいぐるみなど思い出の品を準備するよう依頼されることもあるようで、保護者にとっては面倒な「宿題」といえる。だが実際のところは、宿題にとまどいつつも、子供の成長をよろこぶ声も多い。

イメージ ※提供:photoAC
イメージ ※提供:photoAC

■「生い立ちの授業」とは?

上記の「学校の授業」とは、小学2年生の「生活科」を指す。

生活科とは、1989年の学習指導要領の改訂にともない、小学校の1年生と2年生に設けられた教科である。その生活科のなかで、とくに子供の成長を振り返る活動が「生い立ちの授業」と称されている。時期としては多くの小学校で2年生の2月前後におこなわれる。

自分自身や家族との関係を振り返る点で、同様の教育実践として「2分の1成人式」を想起する読者もいることだろう。「2分の1成人式」とは小学校4年生の10歳の節目を祝う学校行事であり、その具体的な実践内容は「生い立ちの授業」と重なるところが多い。(「2分の1成人式」については、拙稿「感動の学校行事『2分の1成人式』 個別の家庭事情が教育に利用されつづけている」を参照。)

「2分の1成人式」ならびに「生い立ちの授業」には、その実施内容について主に2つの共通要素がある。第一が自分の過去を振り返ることで、第二が成長を支えてくれた家族などに感謝することである。またそれらの内容は、(しばしば保護者を招いて)学級・学年内で発表される。

一方で、「2分の1成人式」と「生い立ちの授業」には、決定的なちがいがある。前者は、学校行事であり、「2分の1成人式」として実施するもしないも学校の裁量である。ところが後者は、「生活科」という正規に定められた教科に位置づけられており、原則実施しなければならない。

「生い立ちの授業」とは、子供にも教員にも強制される教育実践である。仮に教員としては気が乗らなくとも、学習指導要領に則して指導しなければならない。

■学習指導要領「自分自身の生活や成長を振り返る活動」「感謝の気持ち」

学習指導要領において、「生い立ちの授業」の内容は次のように記されている。

自分自身の生活や成長を振り返る活動を通して、自分のことや支えてくれた人々について考えることができ、自分が大きくなったこと、自分でできるようになったこと、役割が増えたことなどが分かるとともに、これまでの生活や成長を支えてくれた人々に感謝の気持ちをもち、これからの成長への願いをもって、意欲的に生活しようとする。

出典:文部科学省「小学校学習指導要領(平成29年3月告示)」

「自分自身の生活や成長を振り返る活動」に類する文言は、2008年改訂時の「自分自身の成長を振り返り」が初出で、その際に「自分自身の成長を振り返る学習活動を、実際に行うこと」「学習指導要領解説 生活編」)が強調された。振り返りのための具体的な手がかりとしては、「父母や祖父母、親せきの人々 略 などの話」「幼い頃に使ったもの」「行事等のスナップ写真」「生活の中でのエピソード」などが例示されている(最新版の解説も同様)。

学習指導要領の記載事項にもとづき、出版社は教科書を作成する。生活科のシェアの上位4社(「日本教育新聞」2020年12月7日付の記事によると、シェアの高い順に、東京書籍、啓林館、大日本図書、教育出版)は、いずれも「上」と「下」の2冊があり、「上」は1年生、「下」は2年生が想定されている。各社とも「下」の最終項目に「生い立ちの授業」を置き、とくに成長の過程をどのような方法で自覚していくのかについて、具体的な方法が記載されている。

学習指導要領も教科書も、概観する限り、関係する人物が多様で、文章やイラストの表現からは開かれた家族・人間関係が示唆されているようにも見える(ただし教科書については出版社により相応のちがいがある)。しかしながら現実には、子供が自身の生い立ちをつぶさに聴き取ったり、あるいはその「宿題」を学校が依頼したりすることを考えると、おのずとその対象は保護者にしぼられていくと考えられる。そのような現実的な方向性のなかで、次のような問題が生じる。

現在利用されている「生活科」の教科書 ※筆者撮影
現在利用されている「生活科」の教科書 ※筆者撮影

■里親からの困惑の声

「生い立ちの授業」に対する困惑の声をたどっていくと、とくに里親家庭の保護者から、「自分自身の生活や成長を振り返る活動」に対する懸念が多く発信されていることに気づかされる。

群馬県里親の会が作成したパンフレット「里親家庭へのご理解とご協力を」(2019年8月発行)には、学校生活において、通称名の使用を認めてほしいことにくわえて、「生い立ちに関すること」への理解を求めている。

小学校2年「生い立ちの授業」、4年「1/2成人式」など、生い立ちを扱う授業において、里子・元里子が次のようなことで困ってしまう場合があります。ぜひ事前に相談させてください。

「名前の由来がわからない・・・」、「誕生時や幼少期のエピソードがない・・・」、「母子手帳、乳児期の写真、赤ちゃんのときに使っていた物がない・・・」、「過去の辛い出来事を思い出してしまう・・・」、「『産んでくれたお母さん』の表現に、どう対応していいかわからない・・・」

出典:群馬県里親の会「里親家庭へのご理解とご協力を」

生い立ちすなわち子供の過去を調べようとしても、里親家庭では過去の話題や物がそもそも見つからない。さらに言うと過去を思い起こすこと自体が、子供には辛くしんどい作業でもある。(なお、「生い立ちの授業」等に関する里親の体験談は、大塚玲子氏の「里親たちは『生い立ちの授業』や『二分の一成人式』になぜ悩む? 当事者が語る体験談」に詳しい。)

言うまでもなくこれらの苦悩や不安は、里親家庭の保護者や子供に限定されるものではない。虐待を受けた子供、保護者と離別・死別した子供、重大な事件・事故に遭った家庭などは、生い立ちを振り返って授業参観等で発表することに大きな心的負荷がかかる。

群馬県里親の会「里親家庭へのご理解とご協力を」
群馬県里親の会「里親家庭へのご理解とご協力を」

■里親対象の「生い立ちの授業についての調査」

埼玉里母の会では、2016年に「生い立ちの授業についての調査」と題するアンケート調査を実施している。回答者は、里親や児童養護施設入所児の養育者など計104名である。生い立ちの授業に関する計量的な調査はほとんど実施されていないだけに、貴重な情報である。

調査の結果、事前に準備を求められたものとしては、多い順に、乳幼児期の写真(78%)、名前の由来(59%)、出生直後の様子(55%)であった。これらは私自身が知るところでも、「生い立ちの授業」の定番の題材と言える。

また「生い立ちの授業」が実施される前に、回答者のうち8割がクラス担任に相談し、4割が里親仲間に相談したという。相談の結果は、44%が満足しており、39%が不満であった(残り17%の回答が何なのかは、公開資料からは読み取れない)。

里親にとって「生い立ちの授業」は、学校側になんらかの理解や協力を求めねばならない事態である。学校に要望したおかげで、約半数が満足と回答している点は評価できる。ただし、京都光華女子大学・准教授の松本しのぶ氏が指摘するように、そもそも子供の出自や親子関係を教員に告知せざるをえないことの心的な影響に目を向けるべきである(松本しのぶ「小学校教員養成課程における社会福祉を学ぶ意義」2018年)。

公益財団法人全国里親会「里親だより」第115号(埼玉里母の会による「生い立ちの授業についての調査」の結果が示されている)
公益財団法人全国里親会「里親だより」第115号(埼玉里母の会による「生い立ちの授業についての調査」の結果が示されている)

■学習指導要領解説に「配慮」の文言

先にも述べたように、「生い立ちの授業」が「2分の1成人式」と決定的に異なるのは、それが学習指導要領に記載されていること、すなわち生活科の授業のなかで全児童に対して実施しなければならないことである。

それゆえ「学習指導要領解説 生活編」には、授業の実施に際して次のとおり「配慮」が必要であると記されている。

活動によっては、児童の誕生や生育に関わる事柄を扱ったり、家族へのインタビューを行ったりするような場合も考えられるため、プライバシーの保護に留意するとともに、それぞれの家庭の事情、特に生育歴や家族構成などに十分配慮することが必要である。

文部科学省「小学校学習指導要領解説 生活編(平成29年7月)」

この指摘は、きわめて重要である。すなわち、学習指導要領に書いてあるからと、学校は子供や家庭の過去に無遠慮に立ち入ってはならない。生育歴や家族構成などに、細心の「配慮」が求められる。

■写真がなければ絵を描くという「配慮」

そして実際に、学校ではさまざまな「配慮」がほどこされていることを、強調せねばならない。

「生い立ちの授業」における学校側の「配慮」に着目した報道がある。名古屋テレビが2022年3月31日に放送したもので、その内容は「家庭環境の多様化で問われる『生い立ちの授業』のあり方 教師に聞いた子どもへの配慮に対する“本音”」と題してウェブ展開されている。そもそも「生い立ちの授業」に関する報道自体が数少ないなかにあって、「配慮」の問題にまで着目した、鋭い記事である。

記事によると、愛知県内の小学校教員を対象としたアンケートで46人中40人が、「ひとり親や再婚、特別養子縁組などにより配慮が必要な児童がいた」と答えた。はたしてその「配慮」とは具体的にどのような方法なのか。

とある特別養子縁組の家庭では、保護者が「生い立ちの授業」を前にして学校に相談をもちかけたところ、「お子さんへの配慮を考えて作ったもの」として、他の児童とは一人だけちがう質問が記されたプリントを渡された。また、ネグレクトの家庭の事例では、誕生時の写真がないためにイラストで赤ちゃんの絵を描かせたという。

小さい頃の写真がない場合に、絵で代替するという「配慮」に私はかなり驚かされたが、調べを進めてみると、他にも同様の事例がいくつか見つかる。学校が保護者に「生い立ちの授業」に向けた準備をお願いする際の文書にあらかじめ、「家庭の都合で写真がない場合には絵を描けるよう準備をしておいてください」といった旨の「配慮」が記載されていることもある。

写真:アフロ

■「配慮」による強制の正当化

先に言及した埼玉里母の会による調査では、自由記述の回答として、学校への提出物について「事前に学校側に相談しているにもかかわらず、“あるもので結構です”と提供を求められてしまう」ことが紹介されている。

「生い立ちの授業」の実施にあたって何か不安があれば事前に相談するよう保護者に知らせ、実際の具体的な手立てとしては、該当者にだけ別のプリントを配ったり、写真の代わりに絵を描かせたりと、特別な対応を用いて「配慮」する。しかしながらその「配慮」は、該当児の私的領域だけが特殊だと人前に可視化させることになる。

授業の一環として強制的に実施せざるをえないがゆえに、なんとか「配慮」で乗り切ろうとする。私には、その「配慮」があるからこそ、「生い立ちの授業」が全員に強制できてしまうように見えて仕方がない。「配慮」したという事実が、生い立ちへの介入を正当化する。

学校教育制度とは、個々の子供がどのような家庭に生まれようとも、学校に来ればみな同じ環境で平等に学べることを保障しなければならない。ところが「生い立ちの授業」は、正規の教科の授業において、個別の家庭の事情を教材として学校に持ち込ませる。

貧困問題を考えるときに、個別に子供の家庭の経済状況を発表してもらう必要はない。学校教育の領域のなかで、身近に貧困問題を考える術があるはずだ。子供の振り返りや成長も、同様である。個別の家庭状況を持ち込まなくとも、学校教育のなかでできることが、きっとあるはずだ。

学習指導要領の解説で学校に「配慮」を要請せねばならず、また学校が苦肉の策とも言える「配慮」を選択せねばならない「生い立ちの授業」とはいったい何なのか。

「配慮」というやさしい響きは、「強制」という押しつけと表裏一体である。生い立ちを調べることの強制は、学校教育として妥当なものなのか。来る次期学習指導要領の改訂が、その答えを示すことになる。

名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授

学校リスク(校則、スポーツ傷害、組み体操事故、体罰、自殺、2分の1成人式、教員の部活動負担・長時間労働など)の事例やデータを収集し、隠れた実態を明らかにすべく、研究をおこなっています。また啓発活動として、教員研修等の場において直接に情報を提供しています。専門は教育社会学。博士(教育学)。ヤフーオーサーアワード2015受賞。消費者庁消費者安全調査委員会専門委員。著書に『ブラック部活動』(東洋館出版社)、『教育という病』(光文社新書)、『学校ハラスメント』(朝日新聞出版)など。■依頼等のご連絡はこちら:dada(at)dadala.net

内田良の最近の記事