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組み体操の事故35%減少 対策の成果と今後の課題

内田良名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授

■事故件数の大幅減が明らかに

 ついに組み体操の事故件数が、大幅減に転じた。

 日本スポーツ振興センターの調べによると、2016年度における小中高の組み体操による事故件数は5,271件であることが明らかになった(10/9 NHK NEWS WEB「組み体操でのけが 見直しで30%以上減少」※リンク切れ)。例年の事故件数からは大幅に減少しており、これは2016年1月から5月頃にかけて国や自治体が事故防止に取り組んだことの成果と見ることができる。

■2015年度比で35%減、ピークの2012年度比で41%減

小中高における組み体操の事故件数(2011~2016年度)
小中高における組み体操の事故件数(2011~2016年度)

 上記事故件数は、毎年11月に学校事故全体のデータが『学校の管理下の災害』(日本スポーツ振興センター)という冊子で公開されるのに先立って、報道により明らかになったものである[注1]。

 統計が取り始められた2011年度から2015年度まで8,000件台で推移してきた事故件数は5,000件台に一気に減少した。2015年度(8,071件)比では35%の減少、ピーク時の2012年度(8,883件)比では41%の減少である。

 2016年度における事故件数の減少については、これまでにも複数の自治体の状況が明らかにされてきた(たとえば、『朝日新聞』の記事拙稿)。今回の報道により、ついに全国的に事故の減少が確認されたことになる。

■国の動向

スポーツ庁「組体操等による事故の防止について」(2016年3月25日)
スポーツ庁「組体操等による事故の防止について」(2016年3月25日)

 事故が大幅に減少した理由は、「行政が動いたから」に尽きる。

 2016年3月25日、スポーツ庁(文部科学省の外局)は学校で多発している組み体操の事故を受けて、全国の教育委員会宛てに「組体操等による事故の防止について」と題する事務連絡を発出した。

 それまでは、国は地方分権を重んじ、各教育委員会で独自に判断すべきと、現場まかせの態度を貫いてきた。運動会の一種目にすぎない組み体操に国が口を出すのは異例の事態であり、それほどまでに同事務連絡は、大きなインパクトをもつものであった。

 文部科学省が方針を転換する契機となったのは、2016年2月3日に超党派の議員有志が開催した「組体操事故問題について考える勉強会」である。2日後の2月5日の衆議院予算委員会において馳文部科学大臣(当時)は、「重大な関心をもって、このことについて文部科学省としても取り組まなければいけない」と述べ、国として関与すべきことを明言した。これが3月25日の事務連絡の発出へとつながったのである。

■自治体の動向

自治体の対応3類型
自治体の対応3類型

 自治体のなかには、国の動きよりいち早く事故防止に乗り出したところもあるものの、全国的には総じて国の動きに前後して、対応をとり始めた。

 2016年に入ってまずは1月に、愛知県がピラミッドを5段、タワーを3段までとすることを決定した。

 国が方針転換を示した2月には、千葉県の複数の自治体(柏市、流山市、野田市)が、組み体操そのものを廃止とした。名古屋市では、ピラミッドが4段、タワーが3段までに制限された。

 また2015年9月に段数を規制した大阪市は、2016年2月に入ってさらにその規制を強化し、ピラミッドとタワーを禁止とした。

 3月には、東京都が2016年度においてはピラミッドとタワーを禁止することを決めて、東京都北区でも同様に、ピラミッドとタワーが禁止された。4月には、神戸市がピラミッド4段、タワー3段までとし、5月には、福岡市がピラミッドとタワーを廃止とした。

 なお、新聞記事データベースの検索機能を利用して、全国の教育委員会(都道府県、市町村)の対応を表にまとめた。全国各地で教育行政が対応をとったことがわかる[注2]。

■いまだに巨大な組み体操

 2016年に入って国と自治体が一気に動きをみせたことで、学校現場の組み体操は見直しを迫られた。それが、事故件数の大幅な減少を導いた。

 そして、日本スポーツ振興センターの統計では組み体操の実施校数まではわからないものの、拙稿で述べたとおり、複数の自治体の情報からは、実施校数の減少幅以上に事故件数が減少している点を、強調しておきたい。すなわち、組み体操自体はいまも続けているけれども、事故が減少したのである。「安全な組み体操」の実現である。

 しかしながら今年度においても、私が知る限り、8段ピラミッド(立体型)や4段タワーを演じた中学校・高校がある。また、平面型ピラミッドで7段を狙ったケースもある。自治体が規制に踏み込んでいない地域では、いまだ巨大な組み方が披露されている。

 さらに、段数は少なくても、動くピラミッドや人間起こし(トラストフォール)など、かなりアクロバティックな技も多く見かける。段数としては2~3段で規制を満たしているとしても、まるでサーカスのような動きが披露されている。

■安全な指導方法が未確立

緊急特集 「安全な組体操」を求めて:【映像資料】組体操の専門家 荒木教授から学ぶ
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 そして事故件数は減ったというものの、まだ5,000件も起きているとも言える。というのも、じつは組み体操においては、安全な指導方法が未確立である。各学校は手探りで指導を続けており、この点は重大な懸案事項である。

 これまで巨大な組み体操を目指していたとき、各学校は巨大なものをつくりあげるために、低い段数の組み方を早々と終えて、巨大な組み方に向かっていった。つまり、巨大な組み方をやめたとしても、低い組み方の指導方法が従来のままであれば、それはすなわち、事故の多発をもたらす。

 低い段数の「安全な組み体操」の指導方法については、日本体育大学の荒木達雄教授とともに作成した動画資料・記事をご覧頂きたい。

 「安全な組み体操」が拡がることにより、これから先の事故件数がさらに減少してくれることを期待したい。

  • 注1:今回のNHKの報道で明らかにされた事故件数は、小学校・中学校・高校・高等専門の学校管理下において、組み体操に起因する負傷・疾病で医療機関にかかった件数(ただし高等専門学校の事故件数は、2011~2015年度において2015年度に発生した1件のみ)である。学校種別にみた事故件数等の詳細は、『学校の管理下の災害』の刊行を待たねばならない。
  • 注2:用いた新聞記事データベースは、朝日新聞「聞蔵」、読売新聞「ヨミダス歴史館」、毎日新聞「毎索」の3点である。検索方法としては、まずは「組体操」または「組み体操」の語句を検索にかけて、幅広く組み体操関連の記事を拾い上げた。次に、そのなかで自治体の対応について記載されているものを抽出した。自治体の対応は、表に示したとおりおおよそ次の3つに分類することができる。第一が、「段数を制限」した自治体である。とくにピラミッドとタワーの段数が制限された。ピラミッドが4段または5段まで、タワーが3段までという規制が多い。第二が、「組み体操(あるいはピラミッドやタワー)の廃止」を決めた自治体である。ピラミッドやタワーの禁止にくわえ、組み体操全体を廃止した自治体もある。段数を制限した自治体に比べると、自治体数は限られている。第三が、「ほぼ従来どおり」に、自治体としてはとくに対応をとらなかったケースである。多くの自治体が、これに該当すると考えられる。
名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授

学校リスク(校則、スポーツ傷害、組み体操事故、体罰、自殺、2分の1成人式、教員の部活動負担・長時間労働など)の事例やデータを収集し、隠れた実態を明らかにすべく、研究をおこなっています。また啓発活動として、教員研修等の場において直接に情報を提供しています。専門は教育社会学。博士(教育学)。ヤフーオーサーアワード2015受賞。消費者庁消費者安全調査委員会専門委員。著書に『ブラック部活動』(東洋館出版社)、『教育という病』(光文社新書)、『学校ハラスメント』(朝日新聞出版)など。■依頼等のご連絡はこちら:dada(at)dadala.net

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