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教員の出退勤 9割把握されず 労務管理なき長時間労働

内田良名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授
9割の教員は、出退勤時刻が把握されていない

■労務管理なき長時間労働

教員の「ブラック部活」を含む長時間労働が、問題視されている。

ところが、これほどまでに問題視されていながらも、現職の先生たちに会うなかで驚かされるのは、学校現場では、出勤・退勤の時刻という労務管理の基本中の基本の情報でさえ、ほとんど把握されていないということだ。

改革には、「エビデンス」(科学的根拠)と「声」が必要である。

長時間労働に関する学校現場からの「声」はいま、インターネットを通じて、匿名のかたちで少しずつ私たちの耳目に届くようになってきている。ところが、学校現場からの「エビデンス」はなかなか届かない。それもそのはず、先生たちが何時に出勤し退勤しているのかについて、その記録さえとられていない。その実態を、以下に明らかにしたい。

■出退勤の確認方法 最多は「捺印」

小中における管理職による出退勤時間の把握方法(連合総研の報告書より筆者が作図)
小中における管理職による出退勤時間の把握方法(連合総研の報告書より筆者が作図)

連合総研が昨年12月に発表した、公立校を対象にした全国調査の報告書[注1]には、出退勤の記録方法に関する回答結果が示されている。「あなたの管理職は、あなたの出・退勤時刻を把握していますか。またその把握方法はどのようなものですか」という質問に対して、選択肢は、「タイムカード・PC 等の機器により行っている/出勤簿への捺印により行っている/出・退勤時刻の把握は行っていない/その他( )/把握しているかどうかわからない」の5つである。

小学校と中学校ともにもっとも多いのは、「出勤簿への捺印により行っている」(小:29.9%、中:30.8%)だ。

これは、一般には職員室のなかに置いてある出勤簿に、教員各自が一日に一回だけ印鑑を押すという方法である。一日に一回押印するのはまだマシなほうで、一週間分まとめて押印するというケースさえある。いずれにせよ、この方法は出欠確認くらいの意味しかもたず、出退勤の時刻はまったくわからない。

■出退勤の正確な記録 9割は把握されず

イメージ
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2番目に多いのは、「把握しているかどうかわからない」(小:29.5%、中:24.1%)、3番目が「出・退勤時刻の把握は行っていない」(小:18.5%、中:22.5%)である。いずれも、出退勤の時刻を確認し記録しようという空気の希薄さが、よくわかる。

他方で「タイムカード・PC等の機器により行っている」はたったの1割(小:10.0%、中:11.0%)にとどまっている。「その他の方法」(小:12.1%、中:11.6%)が具体的に何を指すか不透明であるものの、仮にそれを含めたところで、客観的に把握できうるのは2割である。

報告書はさらに厳しい見解を示しており、報告書によると、正確な出退勤管理は「タイムカード・PC 等の機器」の1割のみと思われるとして、「現状では管理職による正確な勤務時間管理はほとんどないといえる」と考察している。9割の教員は正確なあるいは客観的な出退勤時刻を記録する方法から遠ざけられている。

■正確に記録しても効力なし

出退勤時間の把握方法と労働時間との関係(連合総研の報告書より)
出退勤時間の把握方法と労働時間との関係(連合総研の報告書より)

そして、報告書にはさらに驚くべき実態が描かれている。

「タイムカード・PC 等の機器」の使用の有無を含む上記の5つの選択肢について、長時間労働の時間数に差がないというのだ。タイムカードであろうが、捺印であろうが、あるいはそもそも出退勤が把握されていなかろうが、それに関係なく、おおむね同程度の長時間労働にさらされているということである。

言い換えると、「タイムカード・PC等の機器」を導入したところで、それに関係なく長時間労働がまかり通ってしまう。客観的に記録できる機器を導入しても、出勤時だけ使用して、退勤時は使用しないという方法も、つい最近私は複数の自治体の教員から聞いたばかりである。それはごく一部の例かもしれないが、いずれにしても結局は「タイムカード・PC等の機器」に、長時間労働の抑止力は期待できない。

■なぜ時間外勤務が把握されないのか

給特法の条文(法令データ提供システムより)
給特法の条文(法令データ提供システムより)

このように出退勤時刻が管理されない理由は、容易に説明できる。じつは法制度上、教員は特別な場合を除いて、定時に仕事を終えていることになっているのだ。

簡単に言うと、公立校の教員はいわゆる「給特法」(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法)という法律によって、「時間外勤務手当及び休日勤務手当は、支給しない」(第三条第二項)ことが定められている。そして政令(公立の義務教育諸学校等の教育職員を正規の勤務時間を超えて勤務させる場合等の基準を定める政令)には、臨時または緊急の業務を除き、「原則として時間外勤務を命じないものとすること」(第一条)が明記されている[注2]。

教員に、時間外勤務は想定されていない。定時で職務を終えて、あとは帰るだけ。もし職員室に残っている人がいるとすれば、それは自発的に残っているだけなのだ、と。このように法律が定めているため、教員は時間外勤務を把握する必要がない、いや時間外勤務をしているはずがないのだ(もちろん現実はまったくの逆で、夜遅くまで働いている)。

■「出退勤」ではなく「出退校」

小阪成洋氏(公立校の元教員)の4月における「在校」時間記録
小阪成洋氏(公立校の元教員)の4月における「在校」時間記録

だから、じつは厳密に言うと、教員の出退勤の時刻が管理されている場合にも、それは現場では「出退勤」ではなく「出退校」あるいは「在校」と呼ばれている。学校にいる時間を「勤務」と呼んでしまっては、法律と矛盾が生じるのだ。

公立校の元教員である小阪成洋氏(Twitter:@Daisuke_regards)が公開した自身の記録もまた、「在校時間状況記録」である。「出退勤」は使用されず、「在校」が使用されている。

昨年度、精力的に議論を重ねた愛知県の「教員の多忙化解消プロジェクトチーム」では、委員の一人である産業医の斉藤政彦氏は、会合の最終回に次のように語った。「長時間残業の問題として、何よりも、在校時間が把握されていないということ自体が、異常な世界だという感じがする。特に、一般的な企業では、実態を把握していないことが一番の罪である」(教員の多忙化解消プロジェクトチーム(第7回) 概要)。

先生たちを、労働の無法地帯に置いておくわけにはいかない。

  • 注1:調査は2015年12月に、全国の公立小・中学校、高等学校(全日制と全日制・定時制併置)、特別支援学校の計5001名の教諭を対象に実施された。内訳は小学校が2835名、中学校が1700名、高等学校が326名、特別支援学校が140名、回収数は小学校が1903名(67.1%)、中学校が1094名(64.4%)、高等学校が196名(60.1%)、特別支援学校が91名(65.0%)である。その他、調査対象者の概要は、報告書の21-29頁を参照してほしい。
  • 注2:厳密に言うと、政令によれば、臨時または緊急の場合でありかつ限定的な四項目(校外実習などの実習、修学旅行などの学校行事、職員会議、非常災害)に関しては、管理職は教員に対して、時間外勤務を命じることができる。なお、教員には時間外勤務手当に代わるものとして「教職調整額」が支払われている。ただしこれは、給料月額の4%分(時間に換算すると一日あたり20分弱)に過ぎず、教員における実質的な時間外勤務の量にはまったく見合っていない。
  • イメージ写真の提供元は、「写真素材 足成」
名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授

学校リスク(校則、スポーツ傷害、組み体操事故、体罰、自殺、2分の1成人式、教員の部活動負担・長時間労働など)の事例やデータを収集し、隠れた実態を明らかにすべく、研究をおこなっています。また啓発活動として、教員研修等の場において直接に情報を提供しています。専門は教育社会学。博士(教育学)。ヤフーオーサーアワード2015受賞。消費者庁消費者安全調査委員会専門委員。著書に『ブラック部活動』(東洋館出版社)、『教育という病』(光文社新書)、『学校ハラスメント』(朝日新聞出版)など。■依頼等のご連絡はこちら:dada(at)dadala.net

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