Yahoo!ニュース

新任教員の残業 月平均90時間 名古屋 ―運動部指導で若手に多忙のしわ寄せ

内田良名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授
新任教員は8月を除くすべての月で、時間外労働の平均が「過労死ライン」を超えている

■安倍首相 教員の長時間労働に言及

政府の教育再生実行会議が28日に首相官邸で開かれ、安倍首相が教員の長時間労働に言及した。

報道によると安倍首相は、「学校教育においても教師の長時間労働が顕在化している。教師のみが部活動を担うのは限界があり、今の部活の在り方については、見直しの必要がある」との見解を示した(NHK NEWS WEB)。「ブラック部活」をはじめ、教員の過重な負担が話題になっているなかで、ついに安倍首相の口からも、教員の働き方、部活動のあり方について、見直しが提案されたのである。

■新任教員 月平均90時間の残業

図1:2015年度における新任教員の時間外労働時間。大橋・中村論文をもとに筆者が作図。
図1:2015年度における新任教員の時間外労働時間。大橋・中村論文をもとに筆者が作図。

教員の長時間労働についてその詳細な実情が、今年の6月に雑誌『季刊教育法』に発表された。名古屋市の新任教員に関するデータで、その一年間の勤務状況を見てみると、時間外労働時間(残業時間)が月平均で90時間に達しているというのだ。

教員の具体的な労働時間についてはこの数年大きな話題になっていて、調査もいくつか実施されてきている。だが同誌に掲載されたデータは、後に示すとおり、とても具体的で詳細なものであり、従来の調査よりもリアルな現状が見えてくる。

データを発表したのは、大橋基博氏(名古屋造形大学・教授)と中村茂喜氏(元名古屋市立中学校教員)である。両氏は、市教委から入手した資料をもとに、2015年度の新任教員25名の出勤と退勤の記録を分析し、各月の時間外労働の時間数を算出した[注1]。

その結果、新任教員の時間外労働は月平均で90時間となり、8月を除くすべての月で、時間外労働の平均が「過労死ライン」の80時間を超えていることが明らかとなったのである【図1】[注2]。

■子どもの長期休暇に関係なく残業

イメージ画像 提供:写真素材 足成
イメージ画像 提供:写真素材 足成

8月は、子どもは夏休みであるが、教員は働いている(拙稿「学校の先生に夏休みはある?」)。さらには8月でも、平均で26時間の時間外労働が確認できる。

子どもの長期休暇(春休み、夏休み、冬休み)がある月(4、7、8、12、1、3月)を除くと、時間外労働は月平均102.8時間に達する。そのなかでもっとも厳しいのは10月で、平均115時間である。

そして子どもの長期休暇を含む月であったとしても、月平均78時間に達する。子どもは休みでも、新任教員は残業するのはもちろんのこと、その時間数は過労死ラインとほぼ同程度に達する。

■月100時間超は当たり前

表1:2015年度における各新任教員の時間外労働時間(詳細)。大橋・中村論文より転載。
表1:2015年度における各新任教員の時間外労働時間(詳細)。大橋・中村論文より転載。

大橋氏・中村氏が提示したデータの詳細を見てみよう【表1】。

表1には、各新任教員における毎月の時間外労働時間が掲載されている。各セルの数字は、時間単位であり、分は切り捨てられている。また元のデータには、各日のなかで未記入の日もあるという。つまり、実際の数字は表に記載されたものよりも大きい可能性がある。

表の各セルを見てみると、100時間を超える月が目立つ

最大値は、上から19番目の教員が6月に182時間を記録している。また、5番目と17番目の教員は、8月を除くすべての月で100時間を超えている。そして年間で1400時間(毎月平均117時間)を超える教員が、25名中3名いる。

そして忘れてはならないのは、平日の時間外労働については、残業代はいっさい支払われないということである。不払い労働で、過労死ラインを超える時間外労働が常態化している。重大な問題である。

■新任教員=運動部顧問 多忙のしわ寄せ

さらに注目したいのは、「部活動名」の列である。

25名のうち24名が部活動の顧問を担当している。そして23名がバスケットやサッカーなどの運動部である。新任教員は運動部を任されるのが通例のようである。

やや古いデータではあるが、文部科学省の教員勤務実態調査(2006年度実施)からも、若手の運動部顧問の過重負担が見えてくる。

中学校では30歳以下の教員は、30歳以上の教員に比べて、勤務日と休日いずれにおいても、残業や持ち帰り仕事の時間量が多い【図2】。

中学校の勤務日/休日における年齢別の残業+持ち帰り仕事の時間
中学校の勤務日/休日における年齢別の残業+持ち帰り仕事の時間

また、運動部を担当する教員は、文化部顧問や顧問なしの教員に比べて、残業や持ち帰り仕事の時間量が多い【図3】。

中学校の勤務日/休日における運動部と文化部の残業+持ち帰り仕事の時間
中学校の勤務日/休日における運動部と文化部の残業+持ち帰り仕事の時間

総じて、若手の運動部顧問が中学校のなかでもっとも多忙であると言える。教員の多忙を改善するためには、まずは若手教員、なかでも運動部顧問の負担を軽減させることが最優先されるべきである。

10月は全国各地で、教員採用試験の合否が発表された。朗報を耳にした人たちも多いことだろう。大学での4年間の教職課程を経て、若者は希望をもって学校に赴任していく。初年度からのこんな過酷な状況は、一刻も早く改善されるべきである。

[参考文献]大橋基博・中村茂喜、2016、「教員の長時間労働に拍車をかける部活動顧問制度」『季刊教育法』No. 189、pp. 36-46.

[注1]2015年度の名古屋市立中学校新任教員100名のなかから、名簿順に4つの区の計25人を抽出。時間外労働には土日の勤務時間も含まれている。

[注2]脳血管疾患及び虚血性心疾患等などによる過労死を労災認定する際の、時間外労働時間の基準。厚生労働省が定める。基準は以下のとおり。

・直近の1カ月に100時間以上の超過勤務をしている。

・直近の2カ月間から6カ月間のいずれかにわたって、1カ月あたり80時間以上の超過勤務をしている。

名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授

学校リスク(校則、スポーツ傷害、組み体操事故、体罰、自殺、2分の1成人式、教員の部活動負担・長時間労働など)の事例やデータを収集し、隠れた実態を明らかにすべく、研究をおこなっています。また啓発活動として、教員研修等の場において直接に情報を提供しています。専門は教育社会学。博士(教育学)。ヤフーオーサーアワード2015受賞。消費者庁消費者安全調査委員会専門委員。著書に『ブラック部活動』(東洋館出版社)、『教育という病』(光文社新書)、『学校ハラスメント』(朝日新聞出版)など。■依頼等のご連絡はこちら:dada(at)dadala.net

内田良の最近の記事