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「気絶」以上に「復帰」に関心を ボールが顔面直撃でGK倒れる スポーツ批評サイトのオーサーが苦言

内田良名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授

■顔面にボールを受けてKO

昨日(10日)の21時頃、Yahoo!のトップページに、「シュートが顔に 独GKが気絶」という記事が配信された。

ドイツのサッカーリーグ(ブンデスリーガ)において、試合中にゴールめがけてフォワードの選手が蹴ったボールが、キーパーであるルーカス・クルーゼ選手の顔面にヒットし、クルーゼ選手がそのまま後ろに倒れ込んでしまったという出来事である。動画では、まさにボールが顔面を直撃した瞬間の場面と、その後に関係者(ドクターかトレーナーか?)が症状のチェックをしている様子を見ることができる。

■「気絶」が問題なのか?

Yahoo!の記事は、サッカー情報サイトのSOCCER KINGに掲載されたものであり、さらにその記事の発信源は、イギリスの朝刊紙「メトロ」である。いずれも「気絶(knock out)」【注】という見出しが目に付く。

メトロ紙によると、クルーゼ選手はボールの直撃を受けて倒れ込んだものの、その後に復帰をして試合終了まで頑張り抜いた(soldier on)という。

さて、ここで問われなければならないのは、「気絶」だけが問題だったのかということである。というのも、クルーゼ選手はすぐに試合に「復帰」をしたからである。

■the big lead のオーサーはこう評した

脳振盪を含む頭部外傷において、私たちがもっとも留意しなければならないのは、それがくり返されることである。くり返しの頭部外傷は、致命傷をもたらす危険性が高いと考えられている。それゆえ、今日の脳振盪をめぐる対応においては、競技への「復帰」が最大の関心事となっている。

スポーツ批評を展開するウェブサイトthe big leadのオーサーであるStephen Douglas氏は、今回の事態を受けてこう評した――「サッカーにおける脳振盪の規定は、時代遅れのものであるか、あるいは存在すらしていない。だからクルーズ選手は、頭がもやもやする状態から回復して試合を続けることが許されたのだ」と。

メトロ紙が「気絶」を中心に事例を扱い、「復帰」のことはさらりと言及するにとどまっていたのとは対照的な、踏み込んだ意見である。容易に「復帰」がかなった事態を、Douglas氏は重く受けとめ、スポーツ関連記事のオーサーとして、真っ当な専門的評価を下したといえる。

■受傷当日の競技への復帰は禁止する

思い起こせば、世界大会であるFIFA(国際サッカー連盟)のワールドカップにおいても、先のブラジル大会(2014年)では、試合中に脳振盪を発症した選手が競技を続行したとして問題視されたばかりであった。

スポーツ脳振盪評価ツール SCAT2
スポーツ脳振盪評価ツール SCAT2

FIFAやIRB(国際ラグビーボード)が協力して発行した脳振盪評価ツールの第二版(SCAT2)には、「受傷当日の競技への復帰は禁止する」ことが明記されている。

日本の「Jリーグにおける脳振盪に対する指針」をみてみると、ピッチ上において「脳振盪が疑われれば、試合・練習から退くべきである。短時間のうちに回復したとしても、試合復帰は避けるべきである」とされている。

今日の基準においてはサッカーに限らずどの競技であっても、もし選手が「気絶」しようものなら、当日の競技復帰はまずもって許されるべきではない。仮に「気絶」ではなかったとしても、できる限り慎重な対応が必要である。

はたして今回の「復帰」の選択は、正しかったのだろうか。「復帰」をただ「頑張り抜いた」と評するだけで終わってはならない。

注)クルーズ選手が確実に気を失っていたのかどうか、動画や記事の情報からだけでは断言はできない。ただし、頭部への重大な衝撃があったことはたしかである。

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※冒頭の写真は、「写真素材 足成」の素材を利用した。

名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授

学校リスク(校則、スポーツ傷害、組み体操事故、体罰、自殺、2分の1成人式、教員の部活動負担・長時間労働など)の事例やデータを収集し、隠れた実態を明らかにすべく、研究をおこなっています。また啓発活動として、教員研修等の場において直接に情報を提供しています。専門は教育社会学。博士(教育学)。ヤフーオーサーアワード2015受賞。消費者庁消費者安全調査委員会専門委員。著書に『ブラック部活動』(東洋館出版社)、『教育という病』(光文社新書)、『学校ハラスメント』(朝日新聞出版)など。■依頼等のご連絡はこちら:dada(at)dadala.net

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