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二転三転する児童手当所得制限撤廃論、子育て支援と少子化対策を本気で検討する政党はどの党か?

西田亮介社会学者/日本大学危機管理学部教授、東京工業大学特任教授
(写真:イメージマート)

児童手当には相対的高所得者に対して所得制限がついている。ところが、岸田総理の施政方針演説における「異次元の少子化対策」への言及に呼応するかのように、これまで自助的世界観を重視してきたことなどから、児童手当の所得制限を子ども手当からの制度変更にあわせて主導してきたはずの自民党から唐突に所得制限撤廃論が提案された。

所得制限それ自体の妥当性やマクロの子育て支援の期待される効果はさておくとして、当事者世代の無益な分断感情回避や社会全体で子育てを強く後押しする観点から他の子育て支援や少子化対策とあわせて所得制限撤廃それ自体には賛成できる(詳しくは下記拙稿など)。

「異次元の少子化対策」と児童手当の所得制限撤廃をめぐる政治的構図

https://news.yahoo.co.jp/byline/ryosukenishida/20230217-00337693

ところが、ここに来て、自民党は急速にトーンダウンの気配を見せている。理由は、おそらくは直近の世論調査が全体的に所得制限撤廃に対して否定的な意見が多数派であることを示唆しているからだ。

児童手当の所得制限撤廃をめぐり 自民党幹部が見直しを示唆(テレビ朝日系(ANN))

https://news.yahoo.co.jp/articles/4ddbc611f60d4d59595c12b3dce2df42beeaf57a

【産経・FNN合同世論調査】内閣支持率40%台に回復 児童手当の所得制限撤廃反対56%

https://www.sankei.com/article/20230220-RPCWYHRABNJQDFAEOL6EOI64C4/

世論調査|報道ステーション|テレビ朝日

https://www.tv-asahi.co.jp/hst/poll/202302/

ある意味当然だ。先の拙稿でも述べたように、子育て世帯はそもそも少子高齢化が進んだ日本では少数派で、世帯全体の2割程度にとどまる。ほとんどの世帯にとって、そもそも児童手当自体が直接には無関係で、所得制限撤廃論はそのなかの相対的高所得者(世帯)の問題だからだ。また児童手当の所得制限は個人の所得や子供の数などで規定されるが、概ね年収960万円で特例給付(月5000円)、年収1200万円で特例給付もゼロとなるが、日本で年収1000万円以上の給与所得者は5%程度、年収900万円以上で7%程度。また再び世帯単位で見たとしても2020年の世帯所得の平均は約564万円、児童のいる世帯に限定しても813万円だ(厚生労働省「2021年 国民生活基礎調査の概況」)。

SNSなどには「年収960万円(1200万円)で高所得者とはいえない。政治家はわかっていない」という声が散見される。確かに東京23区を念頭におくと気分的にはわからなくもない。政治家の「高級外車を乗り回し」云々は余計だし、おそらくは東京23区内の年収960万円世帯の生活感はわかっていないのだろう。

しかし前述の年収の区分や世帯収入の分布を見るなら、「批判の声」もまた同時に日本の家計状況についてよくわかっていないというほかない。データでいえば、年収960万円(1200万円)は相対的高所得者(世帯)だからだ。「この収入でも(東京23区内等で)生活困難!」という「主張」は少なくとも論理的にはあまり所得制限撤廃論を後押ししない。もし「相対的高所得者(世帯)ですら生活困難」であるなら、なおさら子育て世帯のなかでも多数派である中低所得子育て世帯支援の緊急度、つまり政策による支援の優先順位は上がり、所得制限撤廃論の優先度は後退するからだ。所得制限撤廃もさておき、しっかり子育て支援、少子化対策を後押ししたいということであれば、感情的な反発だけではなく現状のデータや仕組みを知ろうとすることも大事だ。

それにしても児童手当の所得制限撤廃論をめぐる各政党、政治家の反応は、子育て支援や少子化対策を考えるにあたって、どの党が、誰が本気で検討しているのかを知るリトマス試験紙のようだ。自助的世界観のもと現行制度を導入したにもかかわらず、唐突に(実は18歳まで拡大や多子世帯加算等と比べて必要な予算が圧倒的に少なくて済む)所得制限撤廃論を提案し、そして世論調査で否定派多数と見るや取り下げようとする自民党は話にならないが、唐突な所得制限撤廃論に慌てて相乗りしようとした政党や政治家も馬脚を露した感がある。

子育て支援協議早くも「休会」 自民の議論「待ち」 自公国3党協議(朝日新聞デジタル)

https://news.yahoo.co.jp/articles/d9296f1bbc4eff7f977cc31b1f99ace229eb60a6

資源の豊富な与党に抗するのは難しいが、しっかりデータやロジックを用意してほしい。それでいえば、立憲民主党はこの問題に関して、以前から「児童手当は、高校卒業年次まで月額1万5千円に延長・増額するとともに、所得制限を撤廃し、すべての子どもに支給します」と主張してきたはずだが、最近のトーンの低さは気になるところだ。

「社会全体で子育てを強く後押しする風潮が大事だ」という点で結束するほかないが、案外難しい。そして、すべての子育て世代の利益と社会全体の持続可能性としての少子化対策を具体的に両立する政策も難しいが、下記の京大柴田准教授の分析と提案は研究者としての誠実さと政策提案の現実味の妙がとても参考になる。

“異次元”の少子化対策 京都大学柴田悠准教授「2025年頃までがラストチャンス」(日テレNEWS)

https://news.yahoo.co.jp/articles/f166098a5b1949378703fc08bfd693d89160dec4

出生率上昇につながる子育て政策は? 予算規模は? 研究者が試算(朝日新聞デジタル)

https://news.yahoo.co.jp/articles/fab2fe0ff6bdeca2d564f35bc9fc3289078a64f9

※追記

さらに官房副長官のピンぼけ発言が飛び込んできた。子ども予算倍増は「出生率が上がれば実現」するだろうが、積極的かつ主体的な介入の成果ではなく、結局のところ政府も、自民党も子育て支援や少子化対策をこの程度の危機感でしか捉えていないのだ。もう誰も覚えていないと思うが、岸田内閣は「新しい資本主義」による「分厚い中間層の再構築」を掲げて総選挙を勝ち抜いた。「異次元の少子化対策」が聞いて呆れる。

子ども予算倍増は「出生率が上がれば実現」 木原官房副長官が見解(朝日新聞デジタル)

https://news.yahoo.co.jp/articles/f7adf97d068d43e824c706f8522e17f330a43bd4

※追々記

思いつきを口走るにもほどがある。なおこの発言からうかがえるのは、自民党的には予算的に児童手当18歳まで拡大や多子世帯加算と比べて、もっとも小規模な所得制限撤廃相当の1500億円程度とみなしておるのではないかということだ。どこが「異次元」なのだろうか。

【速報】自民・萩生田政調会長 児童手当所得制限撤廃よりも“新婚世帯への住居支援を”(TBS NEWS DIG Powered by JNN)

https://news.yahoo.co.jp/articles/926a710be51cc8432d93c9049e33127bb94b5614

社会学者/日本大学危機管理学部教授、東京工業大学特任教授

博士(政策・メディア)。専門は社会学。慶應義塾大学総合政策学部卒業。同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。同後期博士課程単位取得退学。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科助教(有期・研究奨励Ⅱ)、独立行政法人中小企業基盤整備機構経営支援情報センターリサーチャー、立命館大学大学院特別招聘准教授、東京工業大学准教授等を経て2024年日本大学に着任。『メディアと自民党』『情報武装する政治』『コロナ危機の社会学』『ネット選挙』『無業社会』(工藤啓氏と共著)など著書多数。省庁、地方自治体、業界団体等で広報関係の有識者会議等を構成。偽情報対策や放送政策も詳しい。10年以上各種コメンテーターを務める。

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