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年長世代の仕事とキャリア環境が変わることの意味――『AERA』「日本から課長が消える?」特集から

西田亮介社会学者/日本大学危機管理学部教授、東京工業大学特任教授

授業の冒頭は、小咄から始めることが多い。

小咄といっても、別に大したものでもないし、オチがあるわけでもない。日常の気付きや、最近のニュースから、「みんな、知ってる?」といった程度のものである。

ちょっとしたお役立ち話といったところだろうか。ここで書いている内容も大抵そのように作っているので、似たような話をすることもある。

先日、下記のような、ごく控えめ、かつ、婉曲的に、就活中、就活を控えたみなさんにちょっと考えてみてほしいなあなどと思うところを書いてみた。

「就活」や、自分が参加している/参加せざるをえない「ゲーム」のルールの把握に努めよう(西田亮介)- Y!ニュース

http://bylines.news.yahoo.co.jp/ryosukenishida/20150706-00047282/

同様の話を枕にして、いつものとおり、幾つかの授業で小咄にしてみたのだが、すこぶる反応が悪い。あまりに回りくどくて、もっと直接的なメッセージのほうがよいのかもしれない。しかし、それだと自分の頭で考えることにならないしなあ、などと逡巡していた。

余談だが就活について学生にメッセージを発することの難しさは、一般に学生は教員を(労働)市場の外の世界の存在と見ている、少なくとも自分たちのキャリアとはあまり関係ない存在と見ていること、1から10まで先回りして言及してしまうと、自分で判断して意思決定する機会にならないことなど多岐にわたる。

そんなとき『AERA』誌の今週号が、「日本から課長が消える?」という特集を組んでいた。

課長職は一般論として日本的組織のマネジメントにおける伝統的職位であるとともに、多くの勤労者が目標にする職位でもある。だいたい就労後、15〜20年前後で到達するとされている。

だが、よく知られているとおり、多くの組日本型企業や組織において、人材の構成が逆ピラミッド型になっている。年長者のほうが多く、また景気が低迷した「失われた20年」のあいだに、新規採用を抑制したことも影響している。日本型企業のみならず、大学、役所、自治体などで、このような現象が起きている。

それにともなって、〜代理、〜補佐、〜級といった具合に昇進と昇給を形式的に作り出す措置が取られてきた。だが、さすがにそろそろそれも限界を迎えつつあるということだろう。その現象を『AERA』誌特有の切り取り方で取り上げているというわけだ。なお本特集は「NEWSPICKS」とのコラボレーション企画でもある(しかし現在の地方の大学生だと両方とも知らないかもしれない・・・)。

いろいろな角度から取り上げられているが、要約すると以下の3点にまとめられるのではないか。

  • 今や、組織に直接貢献しない/貢献が明確で無い人材に、高給を払う余裕がなくなった。
  • 現状の法制度のもとでは、よほど経営が悪化している企業でない限り大幅な人員削減や解雇はできない。
  • したがって人事制度を変更し、人件費を抑制するほかない。

少々考えてみてほしいのだが、こうした影響は、何も年長者にとどまらない。若年者のキャリアやライフコースのあり方にも、少なくとも潜在的には影響するのではないか、というのが、筆者の問題意識である。たとえば昇給の伸びが年長世代ほど期待できないなら、先行世代と同じように借金をするのはハイリスクかもしれない。

端的な存在が住宅ローンだろう。もし事前の予想通りに昇給ができなければ、住宅ローンは確実に家計を圧迫する。金利変動リスクや、後半に返済額が増額するようなタイプのものを選択している場合は尚更だ。

ごく控えめにいってみても、若年世代は、年長者や先輩のキャリア戦略をそのまま模倣したり、アドバイスを鵜呑みにするのは難しいのではないか。咀嚼して、よく検討する必要はあるだろう。同じ組織や部署で場所を共有していたとしても、異なるシチュエーションにあるのだから、当然といえば当然である。

…というあたりが、冒頭のエントリの背景というか問題意思なのだが、どうだろうか。

4、50代になってから買い叩かれないように、能力向上に努めたい。たとえ勤務先が終身雇用でも。(西田亮介)- Y!ニュース

http://bylines.news.yahoo.co.jp/ryosukenishida/20150531-00046196/

「就活」や、自分が参加している/参加せざるをえない「ゲーム」のルールの把握に努めよう(西田亮介)- Y!ニュース

http://bylines.news.yahoo.co.jp/ryosukenishida/20150706-00047282/

ところで、作家城繁幸氏の初期の名著『内側から見た富士通「成果主義」の崩壊』が示唆するように、人事制度に手を付けたら、組織において機械のように何かがうまくいくというものでもあるまい。企業や組織は、あくまで感情的な反応を示す人間で構成された機械的存在に過ぎないなのだから。

むろん納得できない制度が導入されたとき、個々人が逃げ出せるかどうかは、その時点における実績に裏付けられた個々人の価値と価格にかかっているだろう。若年世代もそのリスクに備えるべきではと思うのだが、どうか。

もし読者に筆者のクラスを履修している人がいるとしたら、来週の小咄は、概ねこのあたりを出発点にしてコメントを求めたりすると思うので、何か考えておいてくださいね。

社会学者/日本大学危機管理学部教授、東京工業大学特任教授

博士(政策・メディア)。専門は社会学。慶應義塾大学総合政策学部卒業。同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。同後期博士課程単位取得退学。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科助教(有期・研究奨励Ⅱ)、独立行政法人中小企業基盤整備機構経営支援情報センターリサーチャー、立命館大学大学院特別招聘准教授、東京工業大学准教授等を経て2024年日本大学に着任。『メディアと自民党』『情報武装する政治』『コロナ危機の社会学』『ネット選挙』『無業社会』(工藤啓氏と共著)など著書多数。省庁、地方自治体、業界団体等で広報関係の有識者会議等を構成。偽情報対策や放送政策も詳しい。10年以上各種コメンテーターを務める。

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