30年間で政党は激しく離合集散を繰り返している。

立憲民主党と国民民主党が合流する方向で話が進んでいます。両党はもともと、旧民進党の議員を中心に結成されました。旧民進党の母体は旧民主党です。旧民主党は、政権を奪取する前、新党さきがけや、その他、いくつもの細かな政党が一つになってできた政党です。

日本では、過去何度か「新党ブーム」が起こり、何度も党が割れたり、くっついたりを繰り返してきました。

そこで、過去30年間について、日本の主たる国政政党がどんなふうに離合集散してきたのかまとめてみました。

それがこの図です。

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1989年(平成元年)、平成になって最初の参議院選挙が行われます。土井たか子委員長の「マドンナ旋風」により、日本社会党が歴史的な勝利を収め、参議院と衆議院で多数党が異なる「ねじれ国会」状態となります。

そこから、国会議員による権力を巡っての熾烈な争いが発生し、新党ブームが巻き起こります。

結果的に、自民党と共産党以外すべての政党が連立し、首相を擁立したのは細川護熙氏率いる日本新党でした。

しかし、細川内閣・羽田内閣はわずか10ヶ月で下野。自社さ連立政権に代わります。

新進党が無数に分裂 1997年

政権を失った非自民連立政権は、さらに、1994年から「小選挙区比例代表並立制」に対応するために、勢力を結集し、新進党を結成します。

しかし、結局は、1997年にいくつもの細かな政党に分裂してしまいます。

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分裂した新進党は、民政党などを経て、民主党の結成につながっていきます。

安定していた2000年代なかば

2005年が郵政選挙の年です。この前後は小泉フィーバーで、政権が安定していました。

そういう時期は、小さな政党はあまり出てきません。目立った新党としては郵政民営化に反対する議員による国民新党ぐらいでした。

民主党下野後の混乱 2012年〜

民主党は2009年に政権を奪取します。

その後の3年余りで3人の総理を出します。政権発足当初の「事業仕分け」や、2011年には東日本大震災もありました。

当初こそ、「日本にも二大政党制が」と期待されていましたが、結局の所、2012年の選挙で大敗し、下野します。

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下野した後、民主党は再び党勢を盛り返したいものの、思うように復活できません。みんなの党からの移籍や、党名の変更、都民ファーストの会/希望の党との連携など、様々な合従連衡がここでも起こります。

結果「同じようなメンツが、何度も出てきたり、くっついたり離れたり」ということを繰り返すことになってしまっています。

政党の乱立は『乱世』の合図でもあるが

戦後長く続いた55年体制を崩したのが、93年の細川内閣であり、非自民連立政権です。一昔前の話ではありますが、まだ30年程度前の話。そして、2009年の民主党による政権交代。これらが、野党政治家にはひとつの成功体験としていまだ生々しく残っているのでしょう。いずれも、新党ブームがきっかけになって、変化が起こりました。

さて、今回もそのようになるでしょうか?政治家のための政党政治ではなく、国民を向いた議論がなされることを期待したいと思います。

※タイトル、及び文中の図表は筆者が作成しています。なお、国政政党で、政党要件を満たしていたものについてまとめています。あまりに少人数の人の異動については省略をしています。一部、地方政党なども含んでいます。