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「金正恩訪露」随行者の顔ぶれから読み取れる「露朝軍事交流」の中身

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
平壌駅構内での「金正恩訪露」歓送会(朝鮮中央通信から)

 外電によると、ロシアを専用列車で訪問中の金正恩(キム・ジョンウン)総書記はプーチン大統領とは極東沿海州のウラジオストークではなく約1000km離れたアムール州で会い、ボストチヌイ宇宙基地で首脳会談を行うようだ。

 昨日、ウラジオストークに入り、東方経済フォーラム(EEF)に出席したプーチン大統領が質問者に対して「ボストチヌイ宇宙基地に訪問する計画がある。私がそこに行けば貴方も分かる」と、含み笑いをし、金総書記との出会いを匂わしたからだ。また、会談後には両首脳が揃ってハバロフスク州産業都市のコムソモリスク・ナ・アムーレにあるスホイ戦闘機生産工場も訪問する計画だと報じられている。

 韓国のメディアによると、ボストチヌイ宇宙基地は2012年ロシアがカザフスタン・バイコヌール宇宙基地の依存度を低くして旧ソ連時代に宇宙大国の地位を獲得しようと野心を持って建設した場所とのことだ。

 ボストチヌイ宇宙基地で首脳会談を開くのはロシアの北朝鮮に対する信頼の証であるとみる向きもあるが、ちなみに故金正日(キム・ジョンイル)前総書記が2001年7月に初めてモスクワを訪問した際にはモスクワ市内にあるロシア国立宇宙センターと宇宙管制センターを視察していた。また、モスクワからの帰途、ノボシブルスクに立ち寄り、核物理研究所や「スホイ(SU)-34」戦闘機生産工場も見学していた。

 肝心の首脳会談についてクレムリンは「単独会談と歓迎宴が開かれる」ことだけを明らかにしていたが、2019年4月のウラジオストークでの初の首脳会談では単独会談(約2時間)、拡大会議(約1時間半)、そして宴会(約1時間40分)と延べ5時間も両人は顔を合わせていた。

 21世紀における北朝鮮の最高指導者の訪露は2001年7月(28-8月18日)、2002年8月(22-24日)、2011年8月(21-25日)、そして2019年4月(24-26日)の延べ4回だが、今回ほど軍事色が色濃い訪露団は初めてである。金総書記の随行者の肩書を見れば、ロシアへの武器供与を含め軍事協力が露朝首脳会談での中心議題となることを窺い知ることができる。確認できた随行者は以下の通りである。

 ▲李炳哲(リ・ビョンチョル)党中央軍事員会副委員長(元帥)

 労働党最高幹部の政治局常務委員でもある元空軍司令官の李元帥は金総書記の側近としてミサイルと核開発を主導してきたことで知られている。軍No.1である李元帥は2019年年12月から2021年9月まで兵器を製造する党軍需工業部部長のポストにあった。

 ▲朴正天(パク・ジョンチョン)党軍政指導部部長(元帥)

 野戦軍出身の朴元帥は元砲兵司令官である。2019年9月から2021年9月までの2年間は陸・海・空軍を束ねる軍総参謀長の座にあった。李元帥と並んで金総書記が最も信頼を寄せている軍首脳の一人で、昨年12月にまでは政治局常務委員と中央軍事委員会副委員長のポストにあった。ロシアは砲弾の供与を求めているので砲弾に精通している朴次帥が交渉役を担うようだ。

 ▲強純男(カン・スンナム)国防相(大将)

 野戦軍出身の強大将は非正規軍である労農赤衛軍司令官から党民防衛部長を経て今年6月に国防相に就任したばかりだ。今年7月に行われた「朝鮮戦争戦勝70周年」の式典では金総書記に代わって演説を行っていた。この式典に出席するため訪朝したロシアのショイグ国防相の会談相手となったが、露朝国防会談ではロシアのウクライナ侵攻に全面的な支持を表明していた。

 ▲金正寛(キム・ジョングァン)国防第一副次官兼後方総局長(大将)

 国防相(2019年12月から2021年6月)を務めたこともある陸軍出身の金大将は都市建設や農作業、さらには災害分野に軍人を投入する役割を担っており、また外貨獲得のため軍人や退役軍人を労働者として海外に派遣する仕事も担っている。ロシアがウクライナで占領した地域への労働者の派遣についてロシアと交渉するものと推測される。

 ▲金明植(キム・ミョンシク)海軍司令官(大将)

 金正恩政権が発足した翌年2013年4月に海軍司令官に昇進した金大将は東海艦隊司令官だった2011年10月に海軍代表団を引率し、カムチャッカ半島を視察し、ウラジオストークで太平洋艦隊所属の艦船や潜水艦などを視察したことがある。海軍は先月20日に金総書記立ち合いの下、警備艦海兵の戦略巡航ミサイル発射訓練を実施し、さらに今月は戦術核攻撃潜水艦を建造し、その進水式をやったばかりだが、金大将はロシアに対して建造中の原子力潜水艦への技術協力を求めるものとみられる。また、ロシアとの間で合同海上訓練が話し合われるかもしれない。

 ▲金光赫(キム・グァンヒョク)空軍司令官(大将)

 金光赫大将は7年前に空軍司令官に任命されている。空軍は戦闘機では韓国空軍に対して810機対410機と数では圧倒しているが、性能では劣勢である。北朝鮮の戦闘機が「MiG-19」、「MiG-23」、「MiG―29」及び「SU―25」など第3/4世代戦闘機なのに対して韓国のそれはステルス「F-35A」、「F-15K」,「KF-16」など第5世代戦闘機である。北朝鮮としては米韓連合軍の空軍力に対抗するためにもロシアから最新鋭の「MiG―31」「MiG-35」や「SU-34」戦闘機を導入したいところである。また、金司令官は防空司令官も兼ねていることから対空防衛網の強化のため「Sー300」迎撃ミサイルの供与をロシア求めるかもしれない。

 ▲趙春龍(チョ・チュンヨン)党軍需工業部部長

 趙部長は22年6月から軍需工業部を担当している。政治局候補委員でもあり、2014年には国防委員にも選ばれている。先月3日から12日までの金総書記の軍需工場(大口径ロケット砲弾生産工場、戦略巡航ミサイル生産工場、無人攻撃機のエンジン生産工場、戦術ミサイル生産工場、戦闘装甲車生産工場)の視察に随行していた。北朝鮮がロシアに代わって兵器を大量生産する計画を提示するものとみられる。「

 ▲朴泰成(パク・テソン)国家宇宙科学委員会委員長

 平安南道党書記を務めたこともある党人の朴委員長は2017年に9人しかいない党政治局員に昇進し、2021年には7人しかいない党書記に起用されている。担当は科学分野でミサイルを開発する国防科学院や衛星を開発、発射する国家宇宙開発局を統括している。兵器開発5年計画の最重要目標である軍事偵察衛星の発射に失敗し、6月の党中央委員総会で金総書記から「責任者らは無責任である」と辛辣に批判されたが、朴委員長としてはロシアに技術的なアドバイスを含め協力を求めるものとみられる。

 この他に金総書記の訪露には確認されただけでも呉秀容(オ・スヨン)党経済部長、崔善姫(チェ・ソンヒ)外相、朴勲(パク・クン)副総理(建設分野担当)ら党・政府幹部らが随行している。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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