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北朝鮮が米偵察機の撃墜を「予告」 本気?ハッタリ? 6年ぶりの北朝鮮の「威嚇」

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
北朝鮮の地対空ミサイル「KN-6」(朝鮮中央テレビから)

 朝鮮半島がキナ臭いことになりそうだ。

 北朝鮮の国防省が今朝、「米軍の戦略偵察機が我々の領空を数十キロメートルも侵犯した」と非難した上で「こうした挑発的な空中偵察行為は必ず代価を払うことになる」と警告し、「米空軍戦略偵察機が朝鮮東海(日本海)上で撃墜される衝撃的な事件が起きないとの担保はどこにもない」と迎撃の可能性を示唆していた。

 これが単にハッタリならば、気にすることもないが、本気ならば、大変なことになる。というのも1969年に北朝鮮が米電子偵察機「EC―121」を撃墜し、また1981年には当時最先鋭偵察機だった「SR―71」を撃墜しようとした「前科」があるからだ。

 「EC―121」が撃墜された際には米国は国家安全保障会議(NSC)を開き、軍事対応を検討し、対潜哨戒空母「ホネット」など駆逐艦4隻と横須賀を母港とした原子力空母「エンタープライズ」、さらには第7艦隊所属の駆逐艦6隻など合わせて39隻の大艦隊を朝鮮半島沖に集結させた。朝鮮半島沖は米軍の軍艦に埋め尽くされたと言っても過言ではないほど戦争一歩手前まで緊張状態が高まった。

 北朝鮮の「迎撃警告」はトランプ前政権と一触即発の状態だった2017年9月25日にニューヨークで李容浩(リ・ヨンホ)前外相が発して以来実に6年ぶりのことである。それだけに無視するわけにはいかない。

 この年、国連総会に出席した李前外相はトランプ大統領が国連総会での演説で「米国と同盟を防御すべき状況になれば、他の選択の余地なく北朝鮮を完全に破壊する」と言い放ったことに反発し、「米国が宣戦布告をした以上、米戦略爆撃機がたとえ我が領空界線(境界線)を超えないとしても任意の時に撃ち落とす権利を含めすべての自衛的対応の権利を保有することになる」と「予告」し、米国を牽制していた。

 明らかに国内向けだったが、北朝鮮はこの年の3月に「B-1B」2基がグアムのアンダーソン基地から飛来し、韓国内で爆撃訓練を行った際に対南宣伝媒体「我が民族同士」を通じて「B-1B」を撃墜する仮想映像を公開し、9月にも対外宣伝メディア「朝鮮の今日」で「B-1B」戦略爆撃機を撃墜する仮想映像を公開し、米国を威嚇したことがあった。

 この年は結局、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)政権や国連事務次長の仲裁で米朝が「脅し合い」を止め、話し合いに入ったことで事なきを得たが、今回、それが再燃する形となった。

 戦時状態でない状況で領空の外の国際空域で米軍機を撃墜するのは明らかに国際法に反する。しかし、領空侵犯ならば、話は別だ。

 北朝鮮の迎撃能力には疑問の余地があるが、北朝鮮には金正恩(キム・ジョンウン)総書記の肝いりで2010年から開発に着手した最大迎撃高度が25~30kmの新型迎撃ミサイル「KN-06」がある。ロシアの「S―300」(射程距離100~150km、迎撃高度25~30km)に匹敵する性能を有していると言われている。

 金総書記の立ち会いの下、2017年5月27日に行われた発射テストは「不意に我が領空を侵犯する敵の空中目標物を打撃、消滅させることを仮想し、状況を醸成し、任意の方向から飛来してくる様々な空中目標物を探知、迎撃する方法で行われ」(朝鮮中央通信)、「目標の発見と追跡能力が大幅に向上し、命中精度も高まり、昨年表面化した欠点も克服された」(金総書記)と報道されていた。

 この他にも冷戦時代に米戦略爆撃機迎撃用に開発された「SA-5」もある。「SA-5」は最も長い「目」(レーダー)と「拳」(ミサイル)を備えている。探知距離は500kmで、最大射程距離は250~300kmもある。日本海に面した江原道・元山にも配備されており、接近する敵機の早期識別と迎撃任務を遂行する。

 米軍偵察機が「今月2日から9日にかけて8日連続して偵察活動を行っていた」と国防部が発表しているところをみると、北朝鮮が米偵察機の飛行ルートを捕捉し、追跡していたことはどうやら間違いなさそうだ。

 北朝鮮国防部の談話の中にあるように米軍の偵察機「RC-135」と「U-2S」それに無人偵察機「RQ-4B」が頻繁に日本海と黄海(西海)を飛行し、偵察活動を行っていることは秘密でも何でもない。沖縄や韓国の基地から北朝鮮のミサイル発射の動きを監視するため偵察機を飛ばしているのは公然たる事実である。但し、領空侵犯したのかどうかはわからない。米軍は否認するであろうし、事実であったとしても認めることはあり得ない。

 領空は領土・領海の上空を指すが、領海は基線から12海里(22.2キロメートル)までの海だ。

 一般的に知られていないが、北朝鮮は1977年に東西の海域に「軍事境界水域」の設置を一方的に宣言している。

 北朝鮮が設定した軍事境界水域は領海・領空よりはるかに広く、「東海で領海の基線から50マイル(50海里・92.6キロメートル)軍事境界線区域内の水上・水中・空中における外国人・外国軍用艦船・外国軍用飛行機の行動を禁止する」(人民軍最高司令部)と規定されている。西海(黄海)でも同様の措置が取られている。もちろん、韓国はこの北朝鮮が設定した「軍事境界水域」を認めていない。

 一方の韓国は防空識別圏(ADIZ)を設定しており、その範囲は軍事境界線(北緯38度)を越え、北朝鮮の一部上空(北緯39度)まで網羅している。しかし、北朝鮮もまた、韓国のADIZを認めていない。

 北朝鮮の今回の威嚇の狙いは核弾頭搭載の戦略核潜水艦(SSBN)の44年ぶりの韓国への派遣を阻止することにあるように思われるが、何よりも怖いのは、双方が誤判することである。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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