「米朝ストックホルム交渉」決裂の3つの予兆

通訳から金正恩委員長の外交ブレーンに出世した崔善姫外務第一次官(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

スウェーデンの首都、ストックホルムで行われていた米朝実務協議が案の定、物別れに終わった。決裂の予見は米朝の不可思議な言動から見て取れた。

 その一つ、実務交渉が1日しかセットされてなかったことだ。

 日朝交渉もしかりだが、一朝一夕ではいかないこの種の外交交渉は通常、2日間は要する。ところが、今回は金正恩委員長の外交ブレーンである崔善姫外務第一次官が交渉4日前の10月1日、「米朝は4日に予備接触、5日に実務交渉を行う」と一方的に発表し、交渉期限を5日の1日に限定していたことだ。今回の実務交渉で決着を付ける気は最初からなかったようだ。そのことは、北朝鮮側交渉責任者の金明吉巡回大使が6日にはストックホルムを離れ、北京経由の帰国便(7日)を予約していたことからも窺い知ることができる。

 その二、北朝鮮が直前に潜水艦発射弾道ミサイル「北極星3号」の初の試射を行ったことだ

 北朝鮮は10月2日、新たに開発した潜水艦発射弾道ミサイル「北極星3号」の試験発射を行った。「成功した」と発表しているが、「北極星3号」の発射は始まりに過ぎない。潜水艦から発射されたのではなく、水中に沈めた発射台から発射されているからだ。

 北朝鮮は2015年から2016年にかけて金正恩委員長の立会いの下、3回行った「北極星1号」の試射を「戦略潜水艦弾道弾水中試験発射」と呼んでいた。いずれも、2000トン級の潜水艦から発射されていた。しかし、今回は「戦略潜水艦弾道弾水中試験発射」ではなく単に「北極星3の試験発射を行った」と言う表現に留めていた。潜水艦から発射されてないからである。

 北朝鮮は現在、3000トン級の新型潜水艦を建造中である。金委員長が7月に視察した際に写真が公開されていることからも明らかだ。従って、「北極星3号」がこの新型潜水艦用に開発されたならば、潜水艦を進水させ、発射させて初めて新型SLBMの完成ということになる。

 北朝鮮とすれば米朝合意前に潜水艦からの「北極星3号」の発射実験を終え、完成させたいところである。そのためにはもう少し、時間が必要となる。実際、「北極星1号」は2016年8月24日の試射で完成させているが、北朝鮮はその約1か月半前の7月9日に「北極星1号」の発射テストを行っていた。従って、潜水艦からの「北極星3号」の発射実験を完了してないことから実務交渉を意図的に決裂させたと言えなくもない。

 その三、米国もまた、今回の実務交渉での合意を想定してなかったことだ。

 米国は今回「創意的なアイデアを持って交渉に臨んだ」(国務省)ものの合意に達するまでは実務交渉を重ねる必要があるとの立場で、譲歩してまで北朝鮮との交渉を急ぐ必要がないと考えている。

 事実、米国務省は「70年にわたる朝鮮半島の戦争と敵対の遺産をたった1回の土曜の過程(交渉)で克服することはできない」とコメントし、ギリシャ訪問中のポンペオ国務長官も実務交渉前に「今回の実務交渉が今後の対話の経路を設定する場所となることを期待する。今回は久しぶりに話し合いをする最初の場である。米国はこうした最初の出会いが数週間内、数か月内に行うことのできる一連の対話のための経路を設定することを希望している」と述べ、今回の協議での合意に期待を寄せていなかったことがわかる。

 ▲ベトナム会談とは逆に北朝鮮側から交渉を打ち切った。

 交渉決裂で午後6時20分に会場から出てきた金大使は早くも10分後の午後6時半には北朝鮮大使館前に外国記者らを集め、記者会見を開き、3枚から成る声明文を読み上げ、決裂に至った理由について説明していた。それまで取材陣の問いに一切口を開かなかった北朝鮮側としては実に手際が良く、素早い対応だった。

 交渉決裂から僅か10分で声明を出せるほどの権限は金大使に与えられるはずもなく、声明文を事前に作成し、平壌から持参してきたか、もしくは12時から14時半までの昼食時間に一時大使館に戻った際に本国から「中断せよ」との指示を与えられ、作成したかのどちらかである。

 米国が交渉決裂から3時間後に実務交渉に関する米国側の立場を明らかにしたのとは好対照で、あたかも決裂に終わった2月のベトナム会談の仕返しをしたかのようにもみえなくもない。

 ベトナム会談では米国が交渉を打ち切り、宿舎に戻ったトランプ大統領がポンペオ国務長官ともども直ちに記者会見を開き、交渉が不調に終わった理由を説明していた。置き去りにされた北朝鮮側が李英浩外相と崔善姫第一次官による反論の記者会見を急遽開いたのは深夜だった。

 李外相と崔第一次官はトランプ大統領が「北は制裁解除を望んでいたが、我々が望むのをくれなかった」と述べ、合意できなかった理由は「北朝鮮が経済制裁の全面解除を要求したから」と言ったことに対して「我々が要求したのは全面的な制裁の解除ではなく、一部の解除だった」と反論していた。

 また、同席したポンペオ国務長官が「北朝鮮側にはさらに一歩踏み出すように求めたが、(彼らには)まだその準備ができていなかった」と補足説明していたが、今回は攻守所を変え、北朝鮮側が「米国が新たな計算法(譲歩案)を持って出てくると期待したが、手ぶらできた」と不満を表明し、「米国側が我々との交渉に実体的準備が出来ていないと判断し、交渉を中断し、年末までもう少し熟考するよう勧告した」と述べ、北朝鮮の方から交渉を打ち切ったことを示唆していた。

 米国務省は「米国は創意的なアイデアを持って交渉に臨んだ。北側と良い対話を行った」とコメントした上で「北代表団の声明は8時間半の間行われた協議の内容や精神を反映してない」と遺憾の意を表明していた。

今回は合意には至らなかったことから北朝鮮が核実験と大陸間弾道ミサイルの再発射など強硬姿勢を示唆しているが、年内までに再度、実務交渉が行われるか、あるいはトップ会談が行われれば、一転歩み寄るのではないだろうか。

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て、フリー。1982年 朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動開始。98年 ラジオ「アジアニュース」パーソナリティー 。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。著書に「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人、残念な日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙 間違いだらけの日韓関係」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など25冊

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