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韓国発「北報道」はなぜ誤報が多い?「書き得」の「悪習」に原因

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
処刑か、生存か!金革哲対米特別代表(正面の眼鏡の人物)(北朝鮮取材班)

 失敗に終わった米朝首脳会談の責任を取らされ辺境地で重労働を強いられている筈の金英哲統一戦線部部長が、また兄の金正恩委員長から「謹慎」を命じられているとされる金与正党第一副部長が相次いで姿を現したことでどうやら5月31日付の「朝鮮日報」の「粛清スクープ」は一転「誤報」との見方が強まっている。

 今朝の「朝鮮日報」は元情報機関関係者の言葉を引用し、「金英哲の懲戒が一段落したか、国際社会の視線を意識し、革命家教育中の金英哲を急遽登場させた可能性も考えられる」と「釈明」していた。

 その一方で、大学教授らを登場させ、「粛清説を払拭するため再登板させた」とか「米国に対話継続の意思をあることを示すためのメッセージとして復活させた」との見解も伝えていたが、要は「表に出てきたからといって、粛清がなかったわけではない」ということを言いたいのかもしれない。

 予想された「弁明」だ。おそらく「政治犯収容所に収容された」とされる金聖恵(キム・ソンヘ)統一戦線部策略室長が仮に出てきたとしても、同じような理屈を通すのだろう。となると、最後は「処刑された」とされる金革哲(キム・ヒョッチョル)国務委員会対米特別代表の生死が「スクープ」か「誤報」かの決め手となる。

 北朝鮮はこれまでこの種の記事を「謀略」「捏造」とみなし、「我々の最高尊厳を冒涜する者は断じて許さない」と非難してきた。「朝鮮日報」の記事が事実でないならば、金革哲代表を登場させれば済むことである。金代表の健在が確認されれば、「爆破する」と恐喝するほど目の敵にしている「朝鮮日報」の権威を失墜させることもできるはずだ。

 遡ること、19年前の2000年6月にも同じようなことがあった。「朝鮮日報」は「脱北者のユ・テジュン氏が北朝鮮に連行され、公開処刑された」と報道したが、北朝鮮が処刑されたはずの本人をテレビに出演させたことで「朝鮮日報」は赤っ恥をかかされた。

 今回も「朝鮮日報」の記事が「捏造」ならば、北朝鮮はどこかのタイミングで金革哲特別代表を出して来るだろう。出せなければ、逆に「朝鮮日報」の記事は的外れでないことの裏返しとなる。

 それにしても、韓国メディが発信する北朝鮮関連記事は「当たるも八卦当たらぬも八卦」が多すぎる。情報の裏付けも、検証もなく、「十分に考えられる」「あり得る話だ」「可能性はある」「そうであっても不思議ではない」との短絡的な思考で書きまくる。これも、性急な国民性のせいかも。

 元来、反共国家の韓国では38度線で鋭く対峙している敵性国家である共産国家の北朝鮮に対しては否定的な記事である限り、何を書いても許される。間違ったからと言って、名誉起訴で訴えられる恐れもなければ、訂正、謝罪を出す必要もない。いわば、書き得だ。報道のモラルも何もあったものではない。

 今回、「北朝鮮粛清」を流した韓国のメディアが「朝鮮日報」と聞いた瞬間、「またか!」と身構えた。何しろ「朝鮮日報」は確認しようのない情報を発信するので、常に振り回されているからだ。正直、「朝鮮日報病」と言うか、これまで北朝鮮関連の飛ばし記事、誤報には枚挙にいとまがない。

 記憶にまだ新しいが、2013年9月28日にモランボン楽団の国民的人気女性歌手である玄松月(ヒョン・ソンウォル)さんが劇団員らの前で「公開処刑された」と大々的に報じたのは他ならぬ「朝鮮日報」だった。

 春日八郎の「お富さん」の歌詞「死んだはずだよ、お富さん、生きていたとはお釈迦様でも~」ではないが、死んだ筈の玄松月さんは1年もしない間にあたかも「幽霊」のように現れた。そして、今ではサムジォン管弦楽団団長兼党宣伝担当副部長として、また付き人として金委員長の外遊や国内視察に随行している。

 振り返れば、北朝鮮関連情報が洪水のように韓国から押し寄せたのは、金日成主席が死去した1994年あたりからではないだろうか。この年に、金正日総書記の義弟の平日(現チェコ大使)の「日本亡命説」から「金日成は正日との親子喧嘩によるショック死」に至るまで奇々怪々な情報が流れたことがあった。

 確か、この年の7月に韓国重鎮らの集いである寛勲倶楽部と韓国言論学会が共同で開催したシンポジウム(「南北関係と言論」)では出席者の多くが一連の北朝鮮報道を猛省していたはずだ。

 当時、韓国外国大学言論科の金政起教授は「ソウルは量的な面で北朝鮮情報の発信地としての地位は確保したが、質的な面では認められてない」と分析し、その理由として「(北朝鮮国内における)金正日打倒ビラや金平日の亡命説など誇張、歪曲、操作報道したためである」と韓国マスコミの現状を痛烈に批判していた。

 また、三星経済研究所の愚宗書研究院は「韓国言論は金日成死後、北朝鮮問題では世界の言論を主導してきたが、誇張記事、憶測報道、事実操作、未確認報道などで韓国言論の古い悪習をさらけ出してしまった」と嘆き、さらに「金日成親子葛藤説など根拠のない噂を流すばかりか、北朝鮮報道を無理矢理に解釈し、希望的な観測を込めるなど状況を誤って判断した報道も数多くある」と指摘していた。

 この時から4分の1世紀も経つのに「対日報道」同様に韓国メディアの「悪習」が今なお続いているのは実に嘆かわしいことだ。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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