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米国は北朝鮮大使館を襲撃した容疑者らをスペインに引き渡すのか

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
スペイン外相から犯人引き渡しを求められたボルドン大統領補佐官(写真:ロイター/アフロ)

 スペインで2月22日に発生した「北朝鮮大使館襲撃事件」と2年前の2月13日にマレーシアで起きた「金正男暗殺事件」には幾つか類似点、共通点がある。

 衝撃的な「駐スペイン北朝鮮大使館襲撃事件」の全容

 その一、北朝鮮絡みの事件が第三国で発生していること。

 「大使館襲撃事件」はスペインで、「金正男暗殺事件」はマレーシアで発生したが、両国とも北朝鮮とは国交があり、北朝鮮は首都に大使館を置いている。

 スペインでは大使館襲撃は犯行グループがメキシコ国籍、米国籍、韓国籍で編成されていることから被害国の北朝鮮も巻き込んだ外交問題に発展しているが、マレーシアでも大使館に籠城した玄グァンソン2等書記官ら容疑者2人にマレーシア警察当局が出頭を命じ、国外から出さなかったことに反発した北朝鮮が平壌駐在のマレーシア大使館員らの出国を禁じる対抗措置を取ったため大使館絡みの大騒動に発展した。

 また、大使館は治外法権となっているため「大使館襲撃事件」では現地の警察官3人が住民からの通報を受け、駆け付けたが、また「金正男暗殺事件」でも容疑者が大使館内に匿われていることがわかっていても、警察官は中に入ることができなかった。

 その二、実行犯も含め犯行に関わった容疑者が10人に及ぶこと。

 「大使館襲撃事件」ではスペイン捜査当局はリーダーのメキシコ国籍の在米韓国人のエイドリアン・ホン・チャン(本名ホン・ウドム)をはじめ米国国籍の在米韓国人のユ・サム、韓国国籍のリ・ウラン、さらには後方支援をした現地協力者を含め10人を割り出し、指名手配している。

 「金正男暗殺事件」では暗殺グループとして呉ジョンギル、李ジェナム、洪ソンハク、李ジヒョンの4人の首謀者と2人の実行犯(ベトナム女性とインドネシア女性)、それに北朝鮮国籍者としては唯一逮捕された現地協力者の李・ジョンチョルや玄グァンソン2等書記官、高麗航空職員の金オッキルら10人をマレーシア当局は割り出していた。

 その三、襲撃、暗殺を計画した首謀者らは犯行直後に国外に逃亡したこと。

 「大使館襲撃事件」では一団は2月13日から19日の間にスペインに入国し、23日に大使館に踏み込み、コンピューター2台とUSB数個、ハードディスク2個、携帯電話を1個奪うと、4班に分かれ、それぞれその日のうちにスペインを出国し、定住地である米国に帰国している。リーダーのホンはポルトガルを経由し、23日に米国のニュージャージー州のニューアーク空港に降り立っている。

 一方、「金正男暗殺事件」(2月13日)でも1月31日から2月7日に別々にマレーシアに入国していた呉ジョンギルら4人の首謀者らは暗殺直後にはマレーシア空港を出国し、インドネシア、UAE、ロシアのウラジオストクを経由し、平壌に戻っている。

 その四、いずれの事件にも反北朝鮮団体である「自由朝鮮」(旧「千里馬民防衛」)が関与、連座していること。

 「大使館襲撃事件」では金正恩政権の打倒を叫ぶ「自由朝鮮」なる闇組織が犯行声明を出していたが、この組織の前身は「金正男暗殺事件」後に正男氏の長男、漢卒(ハンソル)氏を保護し、北朝鮮の友好国である中国の影響力が及ぶマカオから「第三国」に脱出させた「千里馬民防衛」である。

 「金正男暗殺事件」では事件の調査にあたった警察官が「殺害される2日前に(金正男氏は)身元不明の韓国人と会っていた」と証言していたが、この「身元不明の韓国人」が「自由朝鮮」のリーダーであるホンの可能性が指摘されている。

 その五、CIAとFBIが事件の背後にいること

 米国で発行されている北朝鮮専門媒体の「NK NEWS」は3月27日、「襲撃犯のうち少なくも2人は米CIAと連携している」と伝えていた。「自由朝鮮」も「米CIAの外注を受ける団体というのが不名誉なことか」と、CIAとの関係をあえて否定しなかった。

 一方、「金正男暗殺事件」では殺害される2日前に金正男氏に会った「身元不明の韓国人」(ホン?)についてマレーシア捜査当局は「CIA関係者である」と断じていた。

 連邦捜査局(FBI)の背後説についても「大使館襲撃事件」では「自由朝鮮」が犯行声明で「FBIととてつもなく価値のある特定情報を共有してきた。FBIの求めに応じて情報を共有している」と大使館から強奪した資料をFBIに提供したことを明かしていたが、「金正男襲撃事件」でもハンソル氏のマカオからの脱出に協力しただけでなく、現在、米国でFBIの保護下に置いていることも韓国の有力紙・東亜日報(3月28日付)によって明らかにされている。

 以上のように二つの事件には共通点が幾つもあるが、これにもう一つ注目すべきは本国に逃亡した首謀者らの引き渡し問題である。

 外交関係に関するウィーン条約(第22条1項目)には「接受国は公館の安寧の妨害又は公館の威厳の侵害を防止するため適当なすべての措置を執る特別の責務を有する」とされている。在米韓国人や北朝鮮工作員らに主権を侵害されたスペインも、マレーシアも国際刑事警察機構(ICPO)を通じて容疑者らを国際指名手配にしている。

 「金正男暗殺事件」ではマレーシアは北朝鮮に対して首謀者らの引き渡しを求めたが、金正男氏の存在すら認めてなかった北朝鮮は「我が国とは何の関係もない」として、マレーシアの要求を跳ねつけ、首謀者らの引き渡しには応じなかった。

 「自由朝鮮」による大使館襲撃が事実であり、襲撃グループが犯行後、全員米国に帰国し、また「自由朝鮮」がFBIに資料提供した事実を公言し、さらにNBC放送(3月30日)まで「FBIへの資料提供は事実である」と報道した以上、この事件は米国とスペイン両国の外交懸案とならざるを得ない。では、米国は引き渡しに応じるのだろうか?

 ロイター通信は3月26日、消息筋を引用し、スペイン捜査当局が「犯罪人引き渡し協定」に基づき、犯人の引き渡しを求めたと報じていたが、この日、定例会見でFBIやCIAなど政府の事件への関与を問われた国務省報道官は「米政府はこの事件とは無関係である」と北朝鮮と同じ答弁に終始していた。

 NATO(西大西洋条約機構)創設70周年を記念した外相会談に出席するためワシントンを訪れているスペインのホセフ・ボレル外相は4月3日(現地時間)、ボルドン大統領補佐官と会談し、「大使館襲撃事件」を取り上げたようだ。

 自国の大使館が襲撃されたにも関わらず長い間、沈黙していた北朝鮮は事件発生から37日目にして大使館襲撃を「重大なテロ行為」と非難し、スペイン当局の捜査が「最後まで責任を持って進められ、テロ分子と背後の操縦者について国際法に則って公正に処理されるよう忍耐を持って待つ」とする報道官談話を出していた。

 

 米国が北朝鮮とは異なり、犯人をスペイン当局に引き渡すのか、それとも北朝鮮同様に拒むのか、どちらに転んでもこの事件は今後さらに波紋を広げそうだ。

(参考資料:最大の謎 「悲運のプリンス」金正男はなぜ殺害されたのか

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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