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韓国の大統領に「日朝」「拉致問題」の仲介ができるだろうか?

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
板門店で会談した文在寅大統領と金正恩委員長(提供:The Presidential Blue House/ロイター/アフロ)

 文在寅大統領は昨日(15日)、日本の植民地統治からの解放日である「8.15光復節」の記念式典での演説で「安倍晋三総理と韓日関係を未来志向的に発展させ、朝鮮半島と北東アジアの平和繁栄のため、緊密に協力していくことにした」と述べ、「この協力は結局、日朝関係正常化へ繋がっていくだろう」と述べていた。

 文大統領が突如、日朝関係について言及したのは自身の構想である北東アジア6カ国(韓国、北朝鮮、中国、モンゴル、ロシア、日本)と米国でつくる「東アジア鉄道共同体」の実現のためだ。文大統領は朝鮮半島縦断鉄道とロシアのシベリア鉄道と中国の満州鉄道を連結させることで「北東アジアにおける共生・繁栄の大動脈をつくる」ことを真剣に考えているようだ。

 文大統領が「東アジア鉄道共同体」構想実現のためには日朝関係正常化が不可欠とみなしているならば、来月平壌で開催予定の今年3度目となる南北首脳会談の場で金正恩委員長に日本との関係改善に乗り出すよう働きかけるかもしれないが、日本の立場からすれば、懸案の拉致問題が解決されなければ、北朝鮮と国交を結ぶことはできない。

 では、文大統領に拉致問題解決に向けた秘策でもあるのだろうか?米朝首脳会談を仲介したように日朝首脳会談をアレンジできたとしても、それが拉致問題の解決に繋がるのだろうか?

 北朝鮮は2014年5月の「ストックホルム合意」に基づき、客観性を持った実効性のある再調査、特に拉致を実行した特殊機関も調査できる権限を持った権力機関(国家安全保衛省)による全面的な再調査を求めた日本側の要請に応じ、再調査委員会を立ち上げ、再調査を開始した。

 肝心の再調査の結果は2016年に北朝鮮が核実験とミサイル発射実験を強行したことから凍結、棚上げとなっているが、日朝政府間協議が再開されれば、日本政府としては再調査を要請した手前、再調査結果を受け取らざるを得ない。

 安倍総理は北朝鮮に対して「正直に、そのままに、決して虚偽をまぜることなく伝えてもらいたい」と強く要請しているが、国民感情からすれば、横田めぐみさんをはじめとする政府認定の拉致被害者が生存、帰国してこそ、また拉致されたかもしれない多くの特定失踪者が出てきてこそ北朝鮮の調査結果は「合格」という評価になる。逆に過去同様に再びゼロ回答ならば「またも嘘をついている」と「不合格」の烙印を押すことになるだろう。

 北朝鮮の再調査の回答が真実か、虚偽か、一体何を持って判別すればよいのか、その基準と尺度は確かに難しい。しかし、それでも日本側には北朝鮮の再調査結果を精査、査定する定規はあるはずだ。

 例えば、帰国を果たした拉致被害者の証言では、北朝鮮が明らかにしていない拉致被害者とおぼしき日本人がいる。蓮池薫さんは6年前、某テレビ局とのインタビューで「いまここで何人、どなたかということは言えないが」と断った上で「背の低いやや太った中年男性」や「中国料理を作るのが上手な料理人」と抽象的な表現ながらも複数の日本人の存在を口にしていた。曽我ひとみさんもまた、北朝鮮抑留中に平壌の遊園地付近で拉致されたとみられる「20歳ぐらいの日本人男女」を目撃している。

 帰国した拉致被害者らが「残された拉致被害者が一日でも早く家族に再会できるよう互いに元気でいてほしい」と一様に言っているところをみると、「拉致被害者はもういない」というこれまでの北朝鮮当局の説明は「嘘」ということに尽きる。

 未帰還者が政府認定者なのか、特定失踪者なのか、すでに政府は彼らの証言を基に人物を特定しているものと思われる。従って、今回の調査結果にこれらの人物に関する言及がなければ、日本政府とすれば、北朝鮮の調査報告書を突き返すほかないだろう。

 この他にも幾つか判断基準がある。そのうちの一つは、田口八重子さんに関する安否である。北朝鮮が1987年に発生した大韓航空(KAL)機爆破事件の実行犯である金賢姫に日本語を教えたとされる「李恩恵」こと田口八重子さんをどう扱うかだ。

 北朝鮮は今日までKAL機爆破事件を「韓国のでっち上げ」、「北の工作員である」ことを自供した金賢姫は「我が国の国民ではない」、李恩恵については「存在しない」との立場だ。今回もまた、田口八重子さんと李恩恵とは別人との前提で「死亡」を通告するようだと、日本からすれば北朝鮮の調査結果は「虚偽」ということになる。

 北朝鮮にとって田口さんの生存を認め、日本に引き渡すことは、即ちKAL機爆破を、テロを認めることになる。そうなれば、韓国政府に正式に謝罪しなければならず、亡くなった115人の乗客への巨額の賠償問題も発生する。

 今回の調査は厳密に言うと、3度目の調査(1回目は2002年、2回目は2004年)となる。それも拉致に無縁な金正恩体制下で行われる調査であり、かつ日本の要望に応え特別な権限を持った特別調査委員会による最後の調査である。従って、過去と同じ結果ならば日本が求める拉致問題の解決も文大統領が望む日朝国交正常化も半永久的に不可能となる。

 政府認定の拉致被害者の中に生存者がいるならばこれまでの「1人もいない」から「いる」に、「他に拉致被害者はいない」から「いた」に北朝鮮の調査結果を180度翻すには「黒」を「白」に変えられる人物の政治判断しかない。それができるのは正に金正恩委員長一人しかいないが、文大統領にそうした説得ができるだろうか?

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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