南北首脳会談で見せた金正恩委員長の「ジョークとサプライズ」は父親譲り
今回の南北首脳会談ではホスト役の文在寅大統領よりも客人の金正恩委員長の一挙手一投足に関心が集まっていた。それもこれも北朝鮮の最高指導者として初めて分断の象徴である南北軍事境界線を跨ぎ、韓国側エリアに入って来たからだ。
出迎えた文在寅大統領とのやりとりがそのまま流れたことで金委員長の肉声に接した人の多くがこれまでの強面のイメージとは違った一面を発見したことで好印象を持たれたようだ。中でも文大統領との会談の場で冷麺の話をした際に「遠いところから持ってきた」と言っては「あっ、遠いところとは言ってはいけなかったっけ」と言って、言い直した場面では「ジョークもなかなかのもの」と称賛されていたようだ。
たかがジョークごときで「なかなかのもの」との人物評価は早計過ぎる感もある。というのも、ことジョークに関しては何といっても父親の金正日総書記のほうが一枚も、二枚も上手であるからだ。
金正日総書記が2000年6月に、金大中大統領と南北史上初の首脳会談を行った時のエピソードを一例に挙げてみよう。
首脳会談最終日の6月15日の晩餐会での場のことである。
南北は直前まで共同宣言の文書作成で離散家族再会の日時の明記を巡って綱引きを演じていた。期日を盛り込むよう執拗に迫った金大統領に最終的に金総書記が折れ、「8月15日」と日程を定めることになり、晩餐会はめでたしめでたしで開かれたが、金総書記は晩餐会の場で全羅道出身の金大中大統領を指し、「全羅道の人がこんなんにしつこいとは知らなかった」とジョークをかましたのである。
ところが、氏が同じ「金」であることから金大統領から「貴方の本貫(ルーツ)はどこですか?」と尋ねられ、思わず「実は全州金氏(朝鮮の氏族の一つ)です」と恥ずかしそうに返事をしたところ「それでは貴方こそが、本物の全羅道人間ではないですか」と金大統領から応酬され、これまた爆笑を誘うことになった。
金総書記のジョークはこれにとどまらず、傍にいた金大統領の夫人が「私も全州金氏です」と言うと、金総書記は「では、私たちこそが本当の家族ですね!」とさらにジョークを連発。極め付きは、晩餐会にフカヒレの料理が出ると「これを食べると、歳をとっても子供が産めるし、若い人は精力が出るそうです。大統領、今晩は一人では眠れませんよ」とおどけた顔をして金大統領にジョークをかましたのである。
金総書記のジョークはこれにとどまらず、韓国側による答礼晩餐会では男女の席が別々に分かれていたため大統領夫人が他の女性らと遠く離れたところに座っているのに気づき、金大統領に「統一するつもりですか、それともしないのですか?夫人を別々に座らせ、離散家族をつくってはダメでしょ!」と言って、大統領夫人を呼び寄せ、金大統領の隣に座らせ、金大統領から一本取っていた。
また、首脳会談後の8月に訪朝した新聞、テレビなど韓国マスコミ社長一行(総勢46人)が訪朝した際には宴会場でワインを片手に各テーブルを回り、乾杯を提唱したかと思えば、スピーチでは「今日はちゃんと接待したので、明日の新聞が楽しみだ」とジョークを言っては、マスコミ社長一行らを大いに笑わせていた。
今回の南北首脳会談では軍事境界線を跨いで韓国側に入った金正恩委員長が文在寅大統領から「私はいつになったら北に行けるのでしょうか」と言われて、「なんだったら今、行きましょう」と手を繋いだまま今度は境界線を跨いで北側エリアに入ったことを「サプライズ」とみなされ、その機転ぶりが「たいしたもの」と評価されているが、サプライズの面でも父親のほうが衝撃的だった。
金大中大統領一行は6月13日に、平壌空港に到着したが、金正日総書記が直接空港に現われ、それもタラップのところで出迎えるとは韓国側の誰も予想も想像もしてなかった。びっくりしたのは金大統領一行だけでなく、当時、ソウルのロッテホテルに作られたプレスセンターで息をひそめて衛星画像を見ていた1千人の内外記者からも驚きの声が上がっていた。
今回、文在寅大統領と金正恩委員長が散策して、ベンチで約30分密談したことが話題となっているが、金正日総書記の場合は、なんと空港から平壌の宿舎まで金大統領を自身の車(リンカーン・コンチネンタルリムジン)に乗せ、二人きりとなって密談していた。
金正日総書記は意外と感性は豊かだった。虚飾とショーマンシップはあったものの基本的に頭の良い人物だった。生まれてから父親から帝王学を相当学んだからだ。金正恩委員長もおそらくその父親から帝王学を学んでいたのかもしれない。
今回の件で、金正恩委員長の株はどうやら上がったようだが、金正日総書記の南北首脳会談の時も首脳会談後に韓国では「金正日ショック」とか「金正日シンドローム」現象が起きていた。
当時、金正日総書記は韓国で起きた現象について後に訪朝した在米韓国人記者とのインタビューで「これまで歪曲報道が多く、印象が非常に悪かったところ、本人が画面に現れたことで異なった人間ではないことを知ったからではないでしょうか」と語っていたが、さて、今回は「金正恩シンドローム」が韓国で起きるかどうか、見ものだ。