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工夫された日朝政府間「玉虫色の合意」

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

日朝政府間合意は明らかに「玉虫色の決着」である。即ち、見方や立場によって色々に解釈でき、どちらにも受け入れ可能だ。従って、合意後、日朝間ではその解釈を巡って菅義偉官房長官と宋日昊大使との間で一見「バトル」を演じているようにみえるが、傍から見ていると、まるで「出来レース」を見ているような気がしてならない。

朝鮮総連本部の競売問題では菅官房長官は「合意に含まれてない」と述べているが、その通りである。合意文には「朝鮮総連」という4文字はどこにも見当たらない。

ところが、宋大使は、朝鮮総連の問題は「在日朝鮮人の地位に関する問題については、日朝平壌宣言に則って、誠実に協議することとした」との日本側の義務事項を根拠に「合意に含まれている」と主張している。「在日朝鮮人の地位」とは在日朝鮮人の総本山である朝鮮総連本部を指すとの解釈だ。

万景峰号の入港問題も同種だ。

日本側は「人道目的の北朝鮮籍の船舶の日本への入港禁止措置を解除する」と約束しているわけで、特定船舶、即ち万景峰号の入港規制を解除するとは言ってない。従って、太田昭宏国交大臣が制裁解除の対象に含まれてないとして「引き続き入港を禁止する」と発言したことは正しい。しかし、北朝鮮側が「人道目的の北朝鮮船舶」が「万景峰号」を指しているならば、「万景峰号の入港を日本側に求めていく」との宋日昊大使の発言もこれまた間違ってはいない。

まず、「在日朝鮮人の地位」の中に朝鮮総連が含まれるかだが、「日朝平壌宣言に則って、誠実に協議する」との合意は、小泉純一郎総理と金正日総書記との間で2002年9月17日に交わされた「在日朝鮮人の地位に関する問題を国交正常化交渉において誠実に協議する」との日朝平壌宣言に基づいている。

さらに、2004年5月22日の二度目の首脳会談では日本政府は一歩踏み込んで「在日朝鮮人に差別などが行われないよう友好的に対応する」と約束している。そして、帰国後の5月28日、朝鮮総連の大会に小泉総理は自民党総裁としては初めて祝賀メッセージを寄せている。そのメッセージには「私は、在日朝鮮人の方々に対して差別などが行われないよう友好的に対応する」と書かれてあった。

朝鮮総連本部の競売問題が在日朝鮮人への差別との認識は日本政府にはないが、北朝鮮が敵視政策、差別の表れと捉えている以上、どちらにせよ、協議しなければならない対象であることには変わりはない。

次に、人道目的の北朝鮮籍の船舶に万景峰号が含まれるのか、それとも対象外なのかは今回の合意のベースとなった2008年当時の福田政権下の対応を見れば、一目瞭然だ。

福田政権下の日朝合意には北朝鮮船籍の入港については最終的には含まれなかったが、当時町村信孝官房長官は日朝合意を「一定の前進」と評価したうえで「人道支援物資の積み込みなら万景峰号の入港を認める」と答えていた。但し、「人の乗船は認めない」とも語っていた。ところが、今回の合意では、不思議なことに船舶の入港を人道支援物資に限定せず「人道目的の船舶」としている。

北朝鮮と朝鮮総連は万景峰号を在日朝鮮人の北朝鮮にいる親族訪問の交通手段であり、親族や肉親との再会は人道問題であると主張している。

親族訪問をする在日朝鮮人も高齢化が進み、中国など第三国を経由した訪朝は体力的にきつく、また飛行便は船便に比べて旅費も高い。しかも、人的往来の規制が解除されるならば、なおさら客船でもある万景峰号の入港は絶対不可欠である。

北朝鮮に対する規制が強まる前の2002年に万景峰号は23回往来し、日本から延べ4,471人が訪朝していた。

今回の合意では、現金の持ち出し規制(10万円以上は申告が必要)が解除され、一般の外国旅行者同様に100万円までの携帯が認められるが、万景峰号の利用者が仮に2002年並みに戻れば、単純計算で44億円の外貨が北朝鮮に落ちる勘定となる。半分の50万円としても金剛山観光で2007年の1年で北朝鮮が手にした観光料(20億3千万円)を上回る。外貨不足に喘ぐ北朝鮮にとってはまさに「砂漠の中の命水」である。

今回の合意は、朝鮮総連本部や万景峰号だけでなく、北朝鮮による安否不明者の再調査の仕様も折衷案の産物と言える。

北朝鮮が「全ての日本人に関する調査を包括的かつ全面的に実施する」と合意文で表明したことに日本では拉致被害者の調査よりも日本人戦没者の遺骨収集や日本人妻、さらに在北朝鮮残留日本人問題が優先され、肝心の拉致被害者の再調査は後回しになるのではとの危惧が指摘されている。

この件について交渉を担当した伊原純一外務省局長は拉致被害者家族らに「だからこそ調査は一部の調査のみを優先するのではなく、全ての分野について、同時並行的に行うこととした」と説明しているが、北朝鮮側からすれば、反対に拉致被害者の再調査を優先させないで済むことにもなる。

仮に拉致被害者をAグループ、それ以外の日本人や遺骨をBグループとするならば、まずは負担のないBグループから「発見された」と通告し、日本の制裁を段階的に解除させることもできる。

換言するならば、再調査ではカードを切りやすい日本人戦没者の遺骨収集や墓参、さらに在北朝鮮残留孤児らを入口にして世論の反応や動向を見ながら、一番難しい拉致被害者の安否確認を出口にすることで双方が手を打ったのかもしれない。

日朝双方とも相手に配慮した形で合意したことがよくわかる。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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