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ノーベル賞学者申告もれの背景は?

小澤善哉公認会計士・税理士
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

 ノーベル医学・生理学賞を2018年に受賞した本庶佑(ほんじょたすく)・京都大特別教授が大阪国税局から多額の申告もれを指摘されていたことが、先日の報道で明らかになりました。

 申告もれと指摘されたのは、がん免疫薬「オプジーボ」に関する、本庶氏と小野薬品工業との間の特許使用対価のうち2018年までの4年間分約22億円。特許の使用対価が不当に低すぎるとして本庶氏がこれを受け取らずにいたところ、国税当局から申告もれとみなされてしまったとのことです。

 4年間分の追徴税額は過少申告加算税を含めて合計で約7億円に上り、本庶氏は受取りを保留していた使用対価を受け取った上で、修正申告と納税を済ませたそうです。あくまでも両者の見解の相違に基づくものであり、悪質な課税逃れではないことから、重加算税の対象とはなっていません。

 なお、2019年分の申告もれは報じられていませんが、2019年度の確定申告期限については新型コロナウイルスの影響により延長が認められていることもあり、本庶氏の2019年度の申告は期限内申告として取り扱われたのかもしれません。

本庶氏はなぜ申告を行わなかったのか

 前述の特許使用対価約22億円については本庶氏が頑として受け取らなかったため、支払側である小野薬品工業は法務局に供託をしていました。

 供託とは、相手が受領を拒んだ際などに用いられるもので、相手に支払う代わりに供託をすることで、支払側は債務不履行に伴う法的責任を免れる効果が得られます。

 一方で受取側である本庶氏からすれば、特許の使用にかかる契約自体が無効なのだから対価の権利は確定しておらず、また、先方が主張する対価相当額についても受け取っていない以上、そもそも納税することもできないため、将来対価が確定した時点で申告納税はするものの、この時点では申告すべき所得には該当しないという認識であったものと思われます。

国税当局の主張の推察

 それでは申告もれを指摘した国税当局の主張はどのようなものであったか、以下で推察してみることにしましょう。

 意外に思われるかもしれませんが、所得の計上時期について税法では明確な定めはほとんど有りません。実務では「通達」と呼ばれる役所内の通知文書において公表されている解釈や例示をもとに、ケース・バイ・ケースで判断せざるを得ないことも少なくありません。

 今回のケースで参考になるのは、一時所得の計上時期についての通達(所得税基本通達36-13 https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/shotoku/05/01.htm )に関する解説です。

「一時所得の収入金額の計上時期は、一般には、その支払があった日によるものとされたのであるが、事前にその支払があることを当事者が認識しているような場合には、その支払の日によらず、その支払があることを知った日又は支払を受けるべき権利が確定した日をもって、一時所得の収入金額とする」(「所得税基本通達逐条解説」一般財団法人大蔵財務協会)。

 また、供託されている場合の取扱いについては、不動産所得の収入計上時期について次のような通達が存在します。

「賃貸料の額に関する係争の場合において、賃貸料の弁済のために供託された金額については、契約又は慣習により支払日が定められているものについてはその支払日、支払日が定められていないものについてはその支払を受けた日」(所得税基本通達36-5 https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/shotoku/05/01.htm )

 以上の通達の定めを根拠に、税務当局は今回の供託金も課税対象になると判断したものと思われます。

所得区分により異なる税負担

 特許の使用料の対価は、所得税の申告区分では通常は「雑所得」に該当します。

 申告もれとなっていた約22億円が雑所得に該当する場合、所得税の最高税率が45%(課税所得4千万円以上部分にかかる税率)で、これに本税に対して15%の過少申告加算税と年間約9%の延滞税が加わることを踏まえると、追徴税額は10億円をゆうに超えるはずです。

 ところが、今回は申告もれ約22億円に対しての追徴税額が約7億円と、3割位の負担割合にしかなっていません。この点が注目すべきポイントです。

 あくまでも推測の域を出ませんが、今回の約22億円については、「雑所得」ではなく、臨時的・偶発的な所得に適用される「一時所得」とみなされた可能性が高いです。

 一時所得であれば、所得税を計算する際に所得を2分の1に圧縮することができます。今回のケースにあてはめると、所得税を計算する際には申告もれ約22億円の半分の約11億円が課税所得となるわけで、追徴税額約7億円(負担割合約6割)となっていることも合点がゆきます。

 特許の使用対価ではないという本庶氏の主張も踏まえた上で、継続して支払われる特許の使用対価に適用される「雑所得」ではなく、法人からの一時的な贈与等に適用される「一時所得」とみなしたのかもしれません。

住民税がさらに10%かかることに注意

 今回のケースでは修正申告等により、追加の所得に対して10%の税率でかかる住民税やそれに付随する過少申告加算金等、延滞金の負担も生じるため、別途、1億円を超える住民税の追徴税額が有ったものと考えられます。

 本件に限らず所得税の申告もれ、申告逃れに関する大抵の報道記事では、所得税の追徴税額についての言及は有りますが、住民税の追徴税額も含めて報じられることは滅多に無いように感じます。実際にはこれらの負担も生じますので注意が必要です。

公認会計士・税理士

法人・個人の税金をはじめ、相続、会計、法律、経営などジャンルを問わず相談できるオールラウンドプレイヤー会計士を自負。「人の役に立つ仕事がしたい」「毎日ドキドキワクワクしたい」という思いで、日々仕事にまい進中。「なぜ犬神家の相続税は2割増しなのか」「ひとめでわかる株・FX・不動産の税金」(いずれも東洋経済新報社刊)など著書多数。1990年東京大学経済学部卒業。1997年に7年間勤めた監査法人を辞めて独立開業、現在は銀座で小澤公認会計士事務所を開設している。国土交通省「合理的なCRE(企業不動産)戦略の推進に関する研究会」ガイドライン作成ワーキング・グループ委員を歴任。

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