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在宅勤務でかかった経費は確定申告で落とせるか?

小澤善哉公認会計士・税理士
(写真:アフロ)

 会社の指示でテレワークに移行したものの、家の通信費・水道光熱費、コピー用紙・インクカートリッジなどの消耗品費、新たに購入したパソコン・ルーター・WEBカメラ等の機材代、イスや机などの備品代、WEB会議用に新調した衣服代・リフォーム費用、ついでに言うとリモート飲み会の飲食費などが、なし崩し的に自腹になっている―――。

 こういう時代なので仕方がないとは思いつつも、やっぱり腑に落ちない、ずっともやもやしている、という方も少なくないでしょう。

 自宅でテレワーク環境を構築した際の支出など、在宅勤務でかかった経費は、果たして確定申告で経費と認められるのでしょうか。

給与所得者の「経費」は認められるか?

「自宅を仕事場として使うのだから、個人負担分は個人の経費として当然に認められる。」そう思われる方も多いと思います。

 しかし、話はそれほど簡単ではありません。給与所得者が経費を計上するためには、「特定支出控除」という制度を利用しなければならないからです。

特定支出控除は使えるか

 そもそも給与所得者については、税金を計算する際に、収入に応じて自動的に決まる概算の経費額である「給与所得控除額」を給与収入から差し引いて「給与所得」を算出することになっています。

 たとえば年収4百万円の方の場合、給与所得控除額は124万円と決まっており、給与所得は、400万円マイナス124万円=276万円と計算されます(収入別の給与所得控除額については国税庁のホームページ等を参照ください)。

 この、いわばお仕着せの給与所得控除額だけでなく、実際にかかった経費も引いて給与所得を算出することができるのが特定支出控除です。特定支出控除を使えば、給与所得控除を差し引いた上で、さらに特定支出控除額を差し引くことが出来る分、税金がかかる所得を減らせて節税につながります。

 特定支出控除として認められるのは、①職務必要経費、②通勤費、③職務上の旅費、④研修費用、⑤転任者の転居費用、⑥単身赴任者の帰宅旅費、⑦資格取得費用、の7つの自己負担額に限られています。

 このうち、テレワーク環境整備費と直接関係がありそうなのは、「①職務必要経費」です。ところが職務必要経費として認められるのは、勤務場所で着用が必要とされる衣服費用、職務上関係が有る相手先に対する交際費、職務と関連性のある図書費用の3つのみに利用可能範囲が限定されています。さらに衣服費用に関して私服はダメ、交際費に関して社内の飲み会はダメ、などの厳しい縛りも設けられています。

 もしあり得るとすれば、かなり特殊なケースになりますが、社員を感染非拡大地域に一時的ないし恒常的に疎開させるための旅費について「③職務上の旅費」(勤務場所を離れて職務を遂行するために直接必要な旅行費用)、「⑤転任者の転居費用」(転任に伴う転居のための旅費・引越費用)にあてはまる余地は有りそうです。ただし、このようなケースであれば、そもそも個人ではなく会社が費用を負担する場合が多いと思います。

 冒頭で挙げたようなテレワーク環境整備に係る自己負担額について特定支出控除を適用しようと思っても、あてはまる項目が実際には存在しません。したがいまして、残念ながら特定支出控除は適用できない、というのが現時点での結論です。

 今回のコロナ禍対策という意味では遅きに失する感は有りますが、今後の在宅勤務のさらなる推奨にあたっては、税制改正において在宅勤務関連費用を特定支出控除の対象に追加することも検討されてしかるべきと考えます。

ハードル高過ぎ 特定支出控除

 ちなみに特定支出控除については、上記のように利用可能範囲が極めて限定されているほかにも以下のようなハードルが設けられていることを、ご参考までに説明します。

 ①勤務先の証明書が必要、②支出総額が給与所得控除額の2分の1を超えなければ適用できない、③支出の単純合算額ではなく合算額から給与所得控除額の2分の1を差し引いた金額が控除額、④前述の「職務必要経費」は合計65万円が上限額、⑥年末調整では適用できず確定申告を行う必要がある

 たとえば先ほどの年収4百万円(給与所得控除額124万円)の方だと、特定支出控除額が年間で62万円(=124万円÷2)を超えないと特定支出控除を適用できないことになります。

 さらに給与所得控除額の2分の1を差し引いた金額が特定支出控除額とされています。仮に年収4百万円の方の支出合算額が65万円だったとすると、3万円(65万円マイナス62万円)しか控除できないことになります。

 特定支出控除に設けられたハードルの高さが、お分かり頂けたことと思います。

副業の経費にするのはどうなの?

 テレワーク環境整備に係る経費をご自身の副業にも使っている方であれば、経費のうち副業に対応する分は、副業(給与所得となるもの以外)の所得の経費として落とせます。

 ただし、副業に伴う収入・経費を「雑所得」として確定申告する場合には、注意が必要です。雑所得の赤字は他の所得と合算(損益通算)できないとされているからです。雑所得の経費が収入を上回っていたとしても、給与所得との損益通算はできません。

 それでは思い切って、副業の所得を「雑所得」から「事業所得」に変更したらどうなるのでしょうか。

 事業所得で出た赤字については、給与所得と損益通算が可能です。

 実はかつて、事業所得の赤字を意図的に作り出し、給与所得と損益通算することで税金を還付してもらう手法が流行っていた時代が有りました。その後、金額が少額なものも含めて税務署が一斉にチェックを強化したため、現在ではこの手法が有効な節税手法として紹介されることは、ほとんど有りません

 事業所得の赤字を給与所得と損益通算される際は、税務署から問い合わせが有った際に備えて、その副業が果たして「事業」と呼べるほど本格的なものなのか、その副業は反復・継続的に行われているものなのか、などについてきちんと説明できるように念のため準備しておいたほうがいいでしょう。

会社に精算してもらう際の留意点

 以上見てきた通り、テレワーク環境整備費用について個人ベースでは、税金上、いわば泣き寝入り状態となってしまうのが現状です。そこで、会社に負担してもらうこともあらためて検討の余地があります。

 社員のテレワーク環境整備費用を会社が負担する際の留意点について、本論の締めくくりとして説明しましょう(2021年1月15日公表 国税庁「在宅勤務に係る費用負担等に関するFAQ(源泉所得税関係)」参照)。

 まず国税庁の見解では、会社が備品や事務用品等を購入して社員に支給する場合には渡しっ放しではなく、あくまでも会社からの貸与という形を採る必要があるとのことです。そうしないと、会社から個人へ給与を支払ったものとみなされてしまいます。業務に使用しなくなったときは返却を要するなど、貸与の体裁を整えておきましょう。

「在宅勤務手当」等の名目で、たとえば月額5,000円などの金額を一律で支給する会社も多いです。在宅勤務費用としての実際の使用の有無にかかわらず、社員に一律で支給する場合には、支給を受けた個人の給与として課税されるのが原則です。

 在宅勤務に係る費用を実費精算する場合には、個人の立替払い、会社の仮払いのいずれであっても、当然のことながら個人の給与として課税されることは有りません。

 とはいっても通信費や水道光熱費のように、精緻に業務使用部分を算出し精算することが煩雑、もしくは限りなく不可能に近いものもあります。国税庁の最近の見解では、通信費・水道光熱費については、まず在宅勤務日数相当分を日割り計算した上で、その2分の1を業務使用部分とみなす、一種の簡便法が認められています(簡便法と呼べるかどうかは微妙ですが…)。この場合、残り2分の1相当額、及び在宅勤務日数相当分以外の費用は、すべて個人使用部分とみなされて業務使用部分の対象外となります。

 在宅勤務・テレワークを余儀なくされている方の多くは、金銭の負担だけでなく心身への負担も大なり小なり強いられているのが実情と思います。

 個人的な意見になりますが、在宅勤務手当については、たとえば一律3千円までは非課税にする、などもう少し大胆な政策が有ってしかるべきと考えます。

公認会計士・税理士

法人・個人の税金をはじめ、相続、会計、法律、経営などジャンルを問わず相談できるオールラウンドプレイヤー会計士を自負。「人の役に立つ仕事がしたい」「毎日ドキドキワクワクしたい」という思いで、日々仕事にまい進中。「なぜ犬神家の相続税は2割増しなのか」「ひとめでわかる株・FX・不動産の税金」(いずれも東洋経済新報社刊)など著書多数。1990年東京大学経済学部卒業。1997年に7年間勤めた監査法人を辞めて独立開業、現在は銀座で小澤公認会計士事務所を開設している。国土交通省「合理的なCRE(企業不動産)戦略の推進に関する研究会」ガイドライン作成ワーキング・グループ委員を歴任。

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