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チュートリアル徳井氏が税金無申告 なぜ芸能人は個人事務所を作りたがるのか

小澤善哉公認会計士・税理士
(写真:アフロ)

「本当にどうしようもなくルーズだった」「私のだらしなさ、怠慢」「想像を絶するだらしなさ、ルーズさによって…」―――。

 10月24日夜の緊急会見で、お笑いコンビ、チュートリアル・徳井義実氏の口から発せられた、自身の会社の申告漏れ・所得隠しの理由はこのようなものでした。

 この言葉を額面通り受け取っていいものかどうかは、知る由もありません。しかし理由はともあれ、過去の例を見ると、故・野村沙知代氏(2002年に約2億円の脱税による法人税法・所得税法違反で懲役2年(執行猶予4年)、罰金約2千万円の判決)、板東英二氏(2012年に総額約7500万円の個人事務所の申告漏れ(所得隠しを含む)が発覚)など、税金絡みのスキャンダルで芸能界の表舞台からの退場を(一時的とはいえ)余儀なくされた芸能人は、少なからずいるのも事実です。

 ただ、今回の件がこれまでのスキャンダル、そして我々の一般常識と比べても特異なのは、明らかにバレるにもかかわらず「無申告」を繰り返していた、という点にあります。

 徳井氏は、申告・納税義務をなぜ果たさなかったのか、そして、そのことによる代償は果たしてどのようなものなのか、そして芸能人はなぜ会社を作りたがるのか、について見てみることにしましょう。

なぜ無申告が常態となっていたのか?

 報道によれば、2009年に設立した徳井氏の個人事務所については、設立以来一度も定められた期限内に会社の所得を自主的に申告したことがなかったそうです。期限を過ぎて税務当局から指摘を何度か受けた後に、3年分をまとめて申告する行為を繰り返していた、とも報じられています。

 これが事実であるならば、過去においてもすでに二度ほど期限後申告をまとめて行っており、その際の経験から今回も表沙汰にはならないであろう、と本人がタカをくくっていた可能性は否定できません。

 無申告のいわば常習犯となってしまった背景の一つとして、税理士の立場から言わせてもらうと、税理士との連携不足が挙げられます。

 徳井氏は、定期的に税理士へ報酬を支払うのではなく、申告作業の都度、まとめて税理士報酬を支払っていたと、報じられています。

 そのような報酬の支払形態が一概に悪いとは決めつけられませんが、税理士サイドとしては何年かに一回大量の資料を持ち込み、やっかいな仕事を頼んでくるスポットのお客という程度の認識であり、自分の「顧問先」として日頃から面倒を見る意識はなかったのでは、とついつい邪推してしまいます。

 「ZIP!」(日本テレビ)でココリコ・田中氏(吉本興業東京本社所属)が、自分は2ヶ月に一度程度は税理士に領収書等を渡して、その場で経費になるかどうかなど内容を確認してもらっているという話をしていました。

 毎月は難しいにしても、少なくとも数か月に一度はコミュニケーションを取ってもらえると、さらに言えば報酬も定期的に支払ってもらえると、税理士サイドとしては仕事がし易くなるのは間違いありません。本人が多忙な場合には、経理の担当者を別に置いてもらえれば、さらに助かるでしょう。

無申告の代償は?

 今回明らかになった内容としては、(1)2012年から2015年における約2千万円の所得隠し、(2)2016年から2018年の約1億円強の無申告、というものです。これらに対する追徴税額3,700万円については、すでに納税と修正申告を済ませているそうです。

 ここで着目したいのが、(1)の2千万円の所得隠し(個人的な旅行代・衣装代・アクセサリー(時計)の法人経費への付け替え)については、「重加算税」という重いペナルティが下されている一方で、(2)の3年間の無申告に対しては「重加算税」の可能性があったにもかかわらず、それよりも軽い「無申告加算税」と呼ばれるペナルティが下されていると報じられている点です(2019年10月25日現在)。

 まず、重加算税とは、本来は申告が必要なはずの所得を、申告しなくてもいいように隠したり、ごまかしたりというような細工をした場合にかかるものです。過少申告、無申告や期限後申告に対する重加算税は、税額に対して40%、つまり税金が4割り増しになります。

 今回のケースのうち前記(1)については、経費にならないものを経費に計上(架空経費の計上)したという事実や、これまでのいきさつなどを鑑みて、税務当局は重加算税を課したと考えられます。

 前記(2)の無申告についても、事実を隠したり、ごまかした上での無申告であれば重加算税の対象です。しかし、税務当局が重加算税ではなく、無申告加算税を(2)に対して課しているとすれば、隠そう、ごまかそうと言えるほどの意図は徳井氏には特段なかったと判断していることになります。

 収入の有無や金額については、ギャラの支払い元である吉本興業に国税局が確認すれば一発で分かる話です。無申告は確かに悪いことですが、収入がバレないだろうから申告をしないとか、ダミー会社をいくつもかまして申告をしないなどの、世の中におけるより悪質なケースとは一線を画して判断をしているようです。

 無申告加算税は、自主的に期限後に申告する場合は、納付すべき税額に対して5%ですが、税務調査を受けて無申告の指摘を受けた場合には、50万円までは15%、それ以上は20%となります。今回のケースでは、国税局の指摘を受けての期限後申告ですので、後者が適用となります。

 なお、無申告加算税が課される典型的なケースとして、所得税の確定申告の義務や相続税の申告義務が有ることに気が付かないまま申告期限を過ぎてしまった、というような場合が挙げられます。私たちにとっても、無申告は他人事、対岸の火事とは言い切れません。

過去にもあった、似たようなケース

 今回と似たようなケースは、過去にもありました。

 脳科学者の茂木健一郎氏が、テレビ番組の出演料、著書の印税、講演料など約4億円もの収入があるにもかかわらず3年間まったく確定申告を行わないでいた結果、ペナルティを含めて1億数千万円もの税金を支払うはめになったというものです。

 2008年までの3年間、茂木氏には会社勤めによる年間約1千万円の給与のほかに前記の収入があったため、本来は確定申告が必要でした。茂木氏自身も確定申告が必要なことは知っていたものの、忙しかったのでほったらかしにしていたというのが、無申告の理由だそうです。

 この茂木氏のケースにおいても、隠し立てをしたわけではなく、単なる申告遅れということで、重加算税は取られず無申告加算税で済んだようです。

申告漏れ・所得隠し・脱税の境目は?

 マスコミ報道でよく見られる、混同しがちな「申告漏れ」「所得隠し」「脱税」という用語。実は専門用語ではありません。

 必ずしも明確な定義があるわけではありませんが、「申告漏れ」と言った場合には単純ミスを指すのに対して、「所得隠し」と言った場合には、書類の改ざんや売上の隠ぺいなど意図的な税金逃れを指すのが一般的です。

「脱税」には2種類あります。1つは一般的な意味での脱税、もう1つは法律上の脱税です。

 一般的な意味での脱税とは、意図的な税金逃れ全般を指します。金額は関係ありません。たとえば、商店の店主が売上代金を数万円ちょろまかして申告しなかった、事業主がスーパーで買った家族の食事の材料代を経費に計上した、テイクアウトを前提に軽減税率が適用されている食品をイートインコーナーで食べたなども、一般的な意味では脱税に当たるでしょう。

 これに対して、法律上の脱税とは、刑事事件として起訴されたものを言います。マスコミ報道で「脱税」という用語を用いる場合はこちらを指します。意図的な税金逃れのうち、悪質、かつ、多額なものについては、起訴が行われて刑事事件となります。起訴される金額の目安として、かつては脱税額1億円以上と言われていました。最近では、脱税額が数千万円であっても悪質なものは起訴される傾向にあります。

なぜ売れっ子芸能人は会社を作りたがるのか?

 売れっ子芸能人の多くは、いわゆる個人事務所と言われる会社(以下、「個人事務所」といいます)を持っています。個人事務所設立の最大の理由は単純明快、節税のためです。

 わが国の税制では、個人に対する所得税は超過累進課税制度を採用しており、儲かれば儲かるほど、段階的に高い税率が課せられるようになっています。

 例えば、所得(収入から経費等を差し引いたもの)が1千8百万円を超える辺りでは、税金・社会保険料合計で40%強(所得比)を負担しなければなりません。さらに所得が増えるにつれて、税金・社会保険料の負担割合は実に50%超に上るまで増え続けるという仕組みになっています。

 一方、法人であれば税金の負担割合(実効税率)は、最大でも約34%にとどまります。所得が増えれば増えるほど、個人と法人では桁違いに支払う税金の額が違ってくるのです。

 さらに、個人事業主は経費として認められる基準が厳しいのに対して、法人の場合には個人に比べて経費が認められやすい傾向にもあるようです。

 このような個人と法人の税制上の取扱いの違いもあってか、ギャラ収入が2千万円を超えるようになると個人事務所を設立する人が増え始めると、お笑い業界では言われているそうです。

 徳井氏も2006年のM-1グランプリの優勝をきっかけに収入が急増したため、先輩芸人の勧めも有って、2009年に会社(個人事務所)を設立したとのことです。ただし今となっては、当時周りに法人設立に関して親身にアドヴァイスをしてくれる人はいなかったのでは、そして本人も軽いノリで個人事務所を設立したに過ぎなかったのでは、と推察されます。

 さて、個人事業の法人化については、金銭的なメリットばかりが強調されますが、実は大切なメリットがもう1つあります。

 それは個人的な支出と法人の支出を明確に切り分けることで公私混同が避けられ、ひいては正しい納税に結びつくというものです。もっとも今回のケースでは、そのメリットはあまり生かされていなかったようですが…。

ファンのために正しい納税を

 冒頭でも紹介した記者会見の場において、徳井氏はファンからは「本当にショックだ」という言葉をもらったと言及していました。今回の件で、徳井氏のギャグを見られなくなることを残念に思っている人は、大勢いると思います。

 何を隠そう、私自身も「しゃべくり007」(日本テレビ)などで見る、徳井氏の軽妙でキレのある個性的なギャグに魅せられてきたひとりです。

 ファンのためにも、正しい納税をぜひ心がけて欲しかったと思います。

公認会計士・税理士

法人・個人の税金をはじめ、相続、会計、法律、経営などジャンルを問わず相談できるオールラウンドプレイヤー会計士を自負。「人の役に立つ仕事がしたい」「毎日ドキドキワクワクしたい」という思いで、日々仕事にまい進中。「なぜ犬神家の相続税は2割増しなのか」「ひとめでわかる株・FX・不動産の税金」(いずれも東洋経済新報社刊)など著書多数。1990年東京大学経済学部卒業。1997年に7年間勤めた監査法人を辞めて独立開業、現在は銀座で小澤公認会計士事務所を開設している。国土交通省「合理的なCRE(企業不動産)戦略の推進に関する研究会」ガイドライン作成ワーキング・グループ委員を歴任。

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