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アメリカのオピオイド乱用問題で日本のがん患者が医療用麻薬の使用に怯える必要はない

大津秀一緩和ケア医師
(写真:アフロ)

オキシコドンを知っていますか?

オキシコドン。

がんの痛みを患った方やそのご家族にとっては、比較的知られた名前だと思います。

痛み止めに用いられる医療用麻薬であり、オピオイドという薬です。医療用麻薬は多くが、身体の中のオピオイド受容体という部位に作用して効果を発揮します。そのため日本では、一部の薬を除き、医療用麻薬とオピオイドは重なります。

オキシコドンは2015年に、トヨタの元役員が国際宅配便の小包に同薬剤を入れて輸入した疑いで逮捕された事件もあって、その際も話題になったので、それで知っている方もいるかもしれません。

このオキシコドンを開発したアメリカのメーカーであるパーデュー・ファーマが破産申請したと数日前に報じられました。

米パーデューが破産申請、オピオイド問題で多数の訴訟に直面

上の記事タイトルにあるように、“オピオイド問題”での訴訟でパーデュー・ファーマは破産申請に至ったのです。

いったい何が問題になっているのでしょうか?

アメリカの深刻なオピオイドの乱用

結論から言えば、パーデュー・ファーマはあの手この手で、オキシコドンを売ろうとしたのです。

オキシコドンを常習性が低く安全な鎮痛剤として積極的に広報・販売したのでした。

大学や病院と緊密な関係を形成し医師や医学生に良い点を強調し、依存性などの都合が悪い報告は退けました

しかもワシントン・ポスト紙等が詳細に報じているように、政治家を動かして、DEA(アメリカ麻薬取締局)の同薬等の乱用取り締まりの力を弱めました。特に2016年成立の法案がDEAの同問題への対処能力を弱体化したと指摘されています。

製薬会社の様々な施策と、それに影響された医師や政治家ばかりではなく、アメリカの医療制度の特徴、制度、文化、社会経済的傾向がすべて医療用麻薬の乱用に貢献してしまったという見解もあります。

そしてこの状況は日本とは正反対と言えるものです。それなので日本には当てはまらない事象ですが、アメリカではそれが起こってしまったのでした。

結果、どうなったか。

オキシコドン等の処方された医療用麻薬を求めていた人たちは、次にヘロインに、その次に現在はフェンタニルに流れ、2017年にはオピオイドの過剰摂取で4万7千人以上が亡くなっているというのです。

ヘロインもフェンタニルも同じオピオイドですが、フェンタニルは量あたりの効果が強いので、危険性が高いです(注;日本で処方薬を指示された用量を守って使用するのと違い、乱用した場合の話です)。

しかも興味深いのは、このフェンタニルがどこから来ているのか、という点です。

メキシコを経由していますが、アメリカに流れてくるフェンタニルのほとんどは中国で生産されていると米国当局者は指摘しています。

昨今、米中の貿易摩擦が報じられていますが、フェンタニルについてもトランプ大統領と習主席の会議で話し合われ、中国側は規制を約束するも、実際は実施していないとのこと。大国同士の関係は一筋縄ではいきません。

日本のがん患者には当てはまらない

先述したように、日本とアメリカはかなり状況が異なります。

元々日本は医療用麻薬の適正使用量と比べると、実消費量が少ないことが知られています。

世界の中でも、我慢する傾向が強いのです。

がんの患者さんは幸いにして、指示された一般的な使用法を遵守する限り、「やめられない止まらない」状態になるリスクは非常に低いです。私も2000人以上に医療用麻薬を処方してきましたが、がんの痛みがある患者さんの場合はいないに等しいです。

そのメカニズムは、動物実験では確かめられており、「炎症のある痛み」の場合は依存が形成されにくいことがわかっています。がんの痛みはしばしば、炎症によっての痛みであるため依存は形成されにくいです。

けれども痛みは炎症から来るとは限りません。

特にがんではない原因からの慢性痛の場合はしばしば、炎症などが原因ではなく、脳の変化が関連しているとされています。

このような場合は、医療用麻薬の使用が適正ではないケースも多くあります。

アメリカではそのような痛みにまでオピオイドを使用し、様々な社会的な状況も後押しして、今に至るわけです。

日本では、がんでもがんでなくても、押しなべて医療用麻薬の使用に慎重姿勢でしたので、現在オピオイド薬のまん延は起きていません。

がんの痛みがある患者さんはもっと安心して医療用麻薬を用いて良いと考えます。

一方で、がんではない痛みには従前通り慎重に判断し、薬だけではなく理学療法や心理学的アプローチなどを組み合わせてゆくことが大切でしょう。

薬のみならず様々な方法を行ってゆくことが重要だとされているためです。

まとめ【がんの痛みの医療用麻薬治療は安心して受けて頂くのが良いでしょう】

しばしば諸報道で流れる、アメリカのオピオイド事情、すなわち「依存者や死亡者が増え社会問題化している、それなのでオピオイドはとても危険!」という話は、日本では現状当てはまっていません。

北米などの海外の情報をもって、日本のがんの痛み治療で使用されるオピオイドまで同じに考えないことが重要です。

安心して治療に臨み、痛みはくれぐれも過少申告しないでしっかり緩和されるようにしてください。

また今の所は、日本で医療用麻薬が広範な痛みに関して見境なく使われるようになることは考えにくいです。

けれども、医療用麻薬指定ではないオピオイドのトラマドールやブプレノルフィン、また医療用麻薬やオピオイドではなくても神経痛の治療薬のプレガバリンなどは、整形外科等の広い診療科で処方されています。

痛みは複雑で、特に慢性の痛みは痛み止めだけですっきりいかない場合もありますし、長期使用の弊害が上回ってしまうこともあります。

一方で、積極的に医療用麻薬を使用してもメリットが上回るがんの痛みなど、様々な病態がありますので、ぜひ専門家(がんの痛みならば緩和ケア医、がんではない慢性の痛みならばペインクリニック医や痛み外来の医師など)によく相談し、適切な治療を受けるようにすると良いでしょう。

薬は使い方が肝心で、悪い条件が揃うと依存が社会問題化する―その怖さを改めて教えてくれるのが北米のオピオイド危機です。

一方で日本は世界の中でもその対極の位置にあり、北米の状況をもって医療用麻薬は怖いと判断するのではなく、がんの痛みに正しく使用する限りにおいては怖くない、我慢を止め痛みから解放されることがより良い生活の質につながる、という事実がより知られると良いと考えます。

緩和ケア医師

岐阜大学医学部卒業。緩和医療専門医。日本初の早期緩和ケア外来専業クリニック院長。早期からの緩和ケア全国相談『どこでも緩和』運営。2003年緩和ケアを開始し、2005年日本最年少の緩和ケア医となる。緩和ケアの普及を目指し2006年から執筆活動開始、著書累計65万部(『死ぬときに後悔すること25』他)。同年笹川医学医療研究財団ホスピス緩和ケアドクター養成コース修了。ホスピス医、在宅医を経て2010年から東邦大学大森病院緩和ケアセンターに所属し緩和ケアセンター長を務め、2018年より現職。内科専門医、老年病専門医、消化器病専門医。YouTubeでも情報発信を行い、正しい医療情報の普及に努めている。

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