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がんの怪しい治療に有名人がひきつけられる理由は?

大津秀一緩和ケア医師
(写真:ペイレスイメージズ/アフロイメージマート)

有名人とがんを巡る報道

先日も著名な方と怪しい治療の関係が話題になりました。

ことの真偽はわかりません。

ただ私はがんの患者さんやご家族とこれまで多く接してきましたから、その先行きの見えない不安と、そこに善意や悪意を持って近づく人たちの存在をよく知っています。

また実際、有名人の方ががんを患うと大きなニュースになりますし、「このような治療を受けた」という発言も話題になりやすいものです。

中には「この選択で大丈夫なのだろうか」という内容である場合もしばしば存在します。

有名人の場合は、たくさんの人がそれこそ善意ばかりではなく、目的をもって近づいてきます。情報の過多は良いことばかりではなく、冷静とは言い難い状況において真贋を見分けねばならないことを意味します。

「何とかして治りたい」そのような気持ちを利用しようとする存在もいます。その数が有名人の場合は多くなり、また有名人の手によって広められればしめたものなので近づく側も巧妙で、より危険性が高まると言えます。しかし危険なのは有名人ばかりではなく、実際一般の方がこれらの治療もどきに絡め取られてしまっている場合も少なくないのです。

今や日本人の2人に1人ががんになるという時代。

誰もが当事者になる可能性があります。

その際に、あふれる情報を見極め、冷静により生存や根治につながる決断をするためにはどうすれば良いのか。

それを解説し、いざそのような立場に置かれた時にどのようにしたら良いのかについて考えます。

がんで困ることの第1位は「不安」

ある統計では、がん体験者の悩みや負担のうち最も多かった内容は、症状の問題よりも、なんと

「不安などの心の問題」(48.6%)

だったのです。

不安の内訳に関しては、「再発・転移の不安」と「将来に対する漠然とした不安」が多かったとされます。

なお、がん体験者の悩みや負担を調べた上記の調査は、10年後に2回めが行われています。

その結果が、下記の図です。

がんの患者さんの悩みや負担<がんの社会学に関する研究グループ 2013年>より引用
がんの患者さんの悩みや負担<がんの社会学に関する研究グループ 2013年>より引用

水色の部分が「不安」です。

2003年より減ったものの、依然として不安などの心の問題の頻度が高いことがわかります。

がんにかかれば、不安を感じるのは当然のことです。

病気や治療にかかわる不安の多くは、必要な知識の不足からきているともされます<参考;https://jbcs.gr.jp/guidline/p2016/guidline/g8/q53/

● 話を聴いてもらう

● 医療スタッフと良い関係を築く

● 患者会や援助団体を利用する

なども有効です。

自分で出来ることとしては

・思っていることを書いてみる<匿名のブログなど>

・気分転換する

・ストレッチ体操

・筋弛緩法(きんしかんほう)や深呼吸(腹式呼吸)といったリラックス法

などが挙げられます。

それでも不安が長く続いたり、身体的な症状が改善しない場合などは専門家による援助が必要なこともあります。

多くの場合、がん治療病院の医療者は多忙であり、運良く話をよく聴いてくれる医療者に巡り合う場合もありますが、必ずしもそのようなことばかりではありません。

自ら、前述したような、不安の解消に役立つ手段を実践することが大切です。

代替医療のみは危険

度々話題になりますが、標準治療は松竹梅の竹ではなく、松です。

標準という名前から、より上があると思えてしまうのですね。しかし実際には、近年ではその背景となる研究で良好な結果を示したものがそうなりますので、科学的な検証を経た信頼度が一定以上保証された治療と考えられます。

けれども金銭的な余裕があるとより、標準治療は梅や竹で、もっとお金を払うと松の治療があると思ってしまうのかもしれません。

また特に、標準治療を行わずに代替医療のみを行うと危険です。

乳がん、肺がん、大腸がん、前立腺がんでの、「非」転移例の調査で、代替医療のみ群は標準治療群と比較して死亡リスクが2.5倍、乳がんでは5.68倍であったという結果だったのです。

もちろん標準治療を行った上で、他の治療を試みるということも可能です。

ただしいくつかの難点があります

・高価なものがある

・良くなった際に、標準治療が主たる原因なのにもかかわらず、別の治療の恩恵だと思い込む

・わらをも掴む心境の患者さんやご家族を狙う悪意に捕まる可能性がある

などです。

容易ではない病気は、しばしば冷静な判断を迷わせるものです。そのような時、人はしばしば脆弱になります。

それが詐欺的な商売に絡め取られる危険性を増すのです。

先月報じられた下記のような事件は氷山の一角です。

「がん細胞自滅」うたい健康食品販売の疑い 社長ら逮捕

「がん細胞が自滅する」という健康食品を販売して4人が逮捕された事件です。

健康食品「全分子フコイダンエキス2000」を「がん細胞の自滅作用がある」等とうたって、3箱(計約15万7千円)をがん患者らに販売したそうです。

ではどうしたら、このような悪意から逃れながら、信頼できる人に相談して、不安を軽減することが出来るのでしょうか?

がん相談支援センターや緩和ケアなどを活用する

がんに伴う不安を、担当医等に相談することは大切ですが、それだけではカバーされない部分をどのように補ったら良いのでしょうか。

下のグラフが実際にどこに相談しているかという調査の結果です。

「がん対策に関する世論調査 平成28年」から引用
「がん対策に関する世論調査 平成28年」から引用

病院や診療所の医師から情報収集をすることは基本ですが、ネットや家族からも多いです。

その次に位置する「がん相談支援センター」を皆さんはご存知でしょうか?

「がん相談支援センター」は、全国のがん拠点病院などに設置されている相談窓口です。その病院に通院していなくても利用できます

他にも、病院等にはがんを患い不安や疑問がある方を支える仕組みが整備されてきています。

・がん相談支援センター

・がんサロン

・緩和ケアチーム(入院時の関わりが中心)

・緩和ケア外来(最近は他の病院にかかっている患者さんも診てくれるケースも)

などの仕組みが存在します。ただそれがあまり知られていないことも問題です。

市中に目を向ければ、

・患者会

・がんの患者さんの相談に乗る民間サービス

なども存在します。

戸惑っている時は、気持ちも惑いやすく、中には悪意を持って怪しい治療に誘おうとする人たちも近寄ってくる場合があります。

安心なのは、やはり「ここまではわかっていて、ここからはわからない」ということを根拠に基づいて相談してくれる医療者です。

急いで標準治療以外に手を出すよりも、まずはよくがんを知るところから始めるのが、一定期間が必要となるがん療養をうまくこなしてゆくことにつながるでしょう。

「がんが治る」という響きは実に甘美ですが、それを口にする人には本当に様々な人がいますので、どうかお気をつけください。

そして相談して安心な部署である、がん相談支援センターやしっかりとした患者会、緩和ケア外来などを使う手段があることを覚えておくといざという時に役立つでしょう。

緩和ケア医師

岐阜大学医学部卒業。緩和医療専門医。日本初の早期緩和ケア外来専業クリニック院長。早期からの緩和ケア全国相談『どこでも緩和』運営。2003年緩和ケアを開始し、2005年日本最年少の緩和ケア医となる。緩和ケアの普及を目指し2006年から執筆活動開始、著書累計65万部(『死ぬときに後悔すること25』他)。同年笹川医学医療研究財団ホスピス緩和ケアドクター養成コース修了。ホスピス医、在宅医を経て2010年から東邦大学大森病院緩和ケアセンターに所属し緩和ケアセンター長を務め、2018年より現職。内科専門医、老年病専門医、消化器病専門医。YouTubeでも情報発信を行い、正しい医療情報の普及に努めている。

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