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精子・卵子提供の不妊治療で生まれ「出自を知る権利」の不在に悩む人々

大塚玲子ライター
(写真:アフロ)

 16日、第三者の精子・卵子提供によって生まれた子どもの親子関係を明確化する民法の特例法案が参議院に提出されました。日本ではこれまで、第三者がかかわる不妊治療について何も法整備がないまま技術だけが広がり続けてきたため、「ようやく」という面もありますが、心配な点もあります。

 特に懸念されているのは、「子どもの出自を知る権利」が横に置かれている点です。こういった不妊治療では「子どもがほしい」という親の気持ちが優先され、「生まれてくる子どもがどう感じるか」という点が置き去りにされがちでした。しかしそのために、子ども側が傷ついたり苦しんだりすることが既にわかっています。

 筆者はこれまで、AID(第三者提供の精子を用いた人工授精)で生まれた立場の人や、特別養子縁組の子どもの立場の人、親が再婚していた人、産院で取り違えられた人など、「一方、または両方の親と血縁関係がなかったことを、大人になってから知った人」を複数取材してきましたが、どの人も、ただならぬ衝撃を受けたことを語っていました。

 親や病院側はしばしば「子どもには隠しておけばよい」と思っているのですが、この時代、子どもが一生そういった事実を知らずに生きていくとは限りません。大人になってから、なんらかのきっかけで事実を知ったとき、人生を揺るがされたという人は珍しくなく、長く苦しむ人もいます。

 特に精子提供で生まれた人の場合、親が「事実を世間に隠したい(恥ずかしい)」という思いを抱いていることがあり、すると子どもの側は、自分の存在そのものを肯定できなくなり、辛い思いをすることになりがちです。

 筆者がこれまで取材した人たちは皆、「事実を知ることができてよかった」と話していましたが、もちろん感じ方は人それぞれです。稀に「知りたくなかった」という人もいると聞きますが、「だから、子どもには隠しておいてよいのだ」とは言えないでしょう。現実に、隠されたことで傷つき、苦しむ人たちがいるのです。

 少なくとも親との間に血縁が無いことや、その理由は子どもにきちんと伝え(真実告知をする)、血縁の親についてどこまでを知りたいか(知りたくないか)は本人が決められるようにし、知る権利を守れるようにしておく必要があるはずです。

 ときどき「子どもの出自を知る権利を優先すると、精子提供者がより見つかりづらくなる」といった、不妊治療をする親や病院側の懸念が報道されますが、生まれてくる子どもを二の次に考えるのなら、精子・卵子提供はやめるか、または禁止するほうがよいかと思います。

 筆者は過去、ここヤフーニュース個人という媒体で、卵子提供を受けて子どもをもった親の話を2度紹介しましたが、それはどちらの親たちも、子どもの権利を一番に考えた上で、その選択をしていたからです。

 今回の法案では、出自を知る権利については今後2年をめどに検討とされているものの、これまでも課題とされつつ放置されてきたことを考えると、あまり安心できません。

 出自を知る権利が守られなければ、生まれてくる子ども(人)は、遺伝的な体質や病歴など、人生に確実に影響を及ぼすような情報すら得ることができません。

 2年と言わず、もっと早く検討を進める必要があるのではないでしょうか。

  • 参考/『AIDで生まれるということ 精子提供で生まれた子どもたちの声』(非配偶者間人工授精で生まれた人の自助グループ、長沖暁子編著 萬書房)
ライター

主なテーマは「保護者と学校の関係(PTA等)」と「いろんな形の家族」。著書は『さよなら、理不尽PTA!』『ルポ 定形外家族』『PTAをけっこうラクにたのしくする本』『オトナ婚です、わたしたち』ほか。共著は『子どもの人権をまもるために』など。ひとり親。定形外かぞく(家族のダイバーシティ)代表。ohj@ニフティドットコム

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