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「精神疾患」を義務教育に 突然、息子が統合失調症になった母親の決意

大塚玲子ライター
写真はイメージです(写真:アフロ)

 「義務教育で精神疾患を教えて偏見を無くしてほしい」。ある日届いた案内メールで、こんな署名活動が行われていることを知りました。サイトを見にいくと、発起人は筆者と同年代の母親で、息子は17歳のときに統合失調症を発症したとあります。もし自分の子どもだったら、私ならどうするだろう、と考えました。

 筆者は以前「子どものとき統合失調症の母親と2人暮らしだった」という人を取材したのですが、彼女は学校の先生に理解されず、近所の人からも偏見の目があり、辛い経験をしていました。もし小・中学校で精神疾患を教えるようになれば、こういった状況も変わってくるように思います。精神疾患になった本人も、その家族も、ずっと生きやすくなるでしょう。

 どんな思いで署名活動を始めたのか、話を聞かせてもらいました。

*正しく知ることで、人に話せるように

 森野民子さん(活動名)の息子が統合失調症と診断されたのは、いまから約6年前、高校2年のときでした。統合失調症というのは、幻覚や妄想などの症状が特徴的な精神疾患です。およそ100人に1人がかかるもので、そう珍しい病気ではありません。発症のピークは思春期の頃と言われています。

 森野さんは看護師だったこともあり、比較的早く症状に気付き、病院に連れて行くことができました。しかし最初は「自分の育て方のせいだ」と思い、自分を責め続けてしまったそう。いま、冷静に話をする彼女からは想像がつきませんが、「最初の丸2年くらい、泣いて過ごしていた」といいます。

 「職場へ行くまでの車の中で大泣きし、仕事が終わって家へ帰るまでの車の中で大泣きし。一人になるとどうしても、自分のせいでこうなった、と思ってしまって。息子が幸せにならない限りは、自分は絶対幸せになってはいけない、と思っていました。当時は私自身のなかにも、病気への偏見があったんですね」

 そんなにも親は自分を責めてしまうのか――ちょっと衝撃的でした。病気になるのは、誰のせいでもないことなのに。彼女は看護師ですから、理屈では自分のせいではないとわかっていたはずです。それでも当時は、「客観的に状況を見られる自分と、母親として考えてしまう自分」がいて、「母親としての自分は、とにかく自分のせいだとしか思えなかった」のだといいます。

 その後、森野さんは原因を調べ尽くし、「原因は不明」だと理解するようになりました。息子の場合、おそらく学校で「このままだと留年になる」と言われたことが引き金でしたが(前駆症状により認知機能が低下し、成績が下がっていたため)、それは単なる引き金であって、原因ではありません。環境因子はいくつかあるようですが、それも人によって発症したりしなかったりするのではっきりとはせず、要はいくつかの要因が重なって、たまたま発症するものなのだとわかってきたのです。

 「病気について正しい知識を学んだことで、ようやく『うちの子、統合失調症なんだよ』と人に話せるようになりました」と、森野さんは振り返ります。

*孤独・孤立を防ぐために

 病気について学ぶうち、森野さんは、ストレスの影響についても考えるようになりました。「ストレスは万病の元」というように、ストレスから心疾患になる人もいれば、胃潰瘍になる人もいるし、腰痛が悪化する人もいる。誰にでも何かしら、そういった「身体の不具合」は出るものですが、息子の場合はそれがたまたま「脳の不具合」として出たのではないか。森野さんは、そう考えました。

 「でもどういうわけか、こんなふうに脳に不具合があったときだけは、何となく人に言えないじゃないですか。大塚さん、取材以外のお知り合いやお友達で、『統合失調症の家族がいる』という方、いらっしゃいます? 100人に1人はかかるので、お知り合いには何人か、家族にいる方がいると思うんですけれど、聞かないですよね。『叔父が糖尿病で』とか『いとこが、がんなんだ』といった話は聞かれると思うんですけれど、『統合失調症なんだ』という話は、聞かないと思うんです」

 確かに、そうです。発症率を考えれば、筆者の身近にも絶対いるはずなのに、聞こえてこない。それはつまり、みんな人に言わない、言えないでいる、ということでしょう。

 「どうして人に言えないんだろう、と思うと、それは『育て方が悪かったんじゃないか』とか『本人の心が弱かったからじゃないか』と、周りも間違った思い込みがあるし、その人自身もそう思ってしまっているから。では、どうしたらそれをみんながオープンに言えるようになるかと考えると、偏見のない社会が必要だと思うんです。

 もし、みんながもっとオープンに統合失調症のことを話せるようになれば、いいことがたくさんあると思います。いまは周囲の人に知られたくないからといって、発症後に引っ越しや転校をしてしまう人もいますが、もし一つの場所に根付いて、近所の人や友達と『最近どう?』って話せる関係を保てたら、どれだけいいことか。統合失調症に限らず、精神疾患には孤独・孤立が一番よくないのですが、それを避けることができます」

 では、偏見のない社会にするにはどうしたらいいのか? それにはやはり、まだ何も余計な情報をインプットされていない、まっさらな状態の子どもたちに、正しい知識を教えるのがベストだ。森野さんはそう考えました。

 「私ぐらいの年代の人はもう偏見があるし、高齢の方はもっと根強い。それを考えると、まだ何も知らない子どもたちに正しい知識をもってもらうのが、一番いいと思いました。

 『精神疾患は誰でもなるものだし、心配いらないよ』『心が弱いせいでなるわけではないし、早めに病院に行って良い治療を受ければ、ちゃんとよくなっていくからね』と教えていれば、将来その子がもし発症したとき、本人も周囲も、不安の感じ方は全然違いますよね」

 そう、いまは早めに治療を受ければ、寛解してよくなる人がとても多いのです。以前筆者が取材を機に知り合った友人も、実は統合失調症で薬を飲んでいるということでしたが、聞くまで全くわからないほど(聞いても信じがたいほど)元気そうでした(本人は「疲れやすい」と言っていましたが)。

 森野さんはいま数名の仲間とともに、署名活動に取り組んでいます。LINEの家族会を通して知り合った人たちで、森野さんのように親の立場の人もいれば、統合失調症の当事者の人や、支援者もいるそう。

 署名数は現在のところ、約4万筆。国に働きかけるための要望書作成など、地道に準備を進めているということです。

 なお、高校では2022年度から、保健体育の授業で精神疾患が取り扱われることが決まっています。働きかけを続けてきた団体のひとつ、「みんなねっと(全国精神保健福祉会連合会)」によると、教科書に精神疾患の記述が載るのは約40年ぶりだとのこと。全国の多くの関係団体が「義務教育の段階で精神疾患を教えてほしい」と長年要望をあげ続け、ようやくひとまず、高校の学習指導要領に載ることが決まったということです。

 みんなねっと事務局長・小幡恭弘さんは、こう話します。

 「統合失調症の発症の第1ピークは中2くらい。正しい知識がないと、思春期の問題と混同されて発見が遅れてしまうこともあるので、やはりぜひ義務教育のなかでの教育が必要です。将来的には、小学校から何度か繰り返し、積み重ねて定着させるような教育をカリキュラム化してもらいたいです」

 署名は、こちらから行うことができます。

「義務教育で精神疾患を教えて偏見を無くしてほしい」(change.org)

  • オーストラリアやイギリス、カナダ、アメリカなどでは、全国規模で学校精神保健プログラムを実施しています(参考/『月刊みんなねっと』2015年10月号 ほか)
ライター

主なテーマは「保護者と学校の関係(PTA等)」と「いろんな形の家族」。著書は『さよなら、理不尽PTA!』『ルポ 定形外家族』『PTAをけっこうラクにたのしくする本』『オトナ婚です、わたしたち』ほか。共著は『子どもの人権をまもるために』など。ひとり親。定形外かぞく(家族のダイバーシティ)代表。ohj@ニフティドットコム

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