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「だまし討ちで制服着せられ地獄だった」当事者の告白でPTAが制服変更、起きたことは

大塚玲子ライター
福岡市立警固中学校の元PTA会長、後藤富和さん(写真はご本人提供)

 なんで女子の制服(標準服)はスカートと決まっているのか? 筆者は中学、高校生の頃、そんな疑問や不満を抱いていました。何しろ冬は足が寒いですし、そもそも女子がズボンを履いたって誰も困らないはず。理不尽なルールだな、と思ったのです。

 その頃はまだ、毎日死にたくなる思いでスカートを履いて通学する人たちがいることを知りませんでした。トランスジェンダーの人たちです。自認する性と身体の性が一致しない子どもたちの多くが、男女別の制服に辛い思いをしていることを筆者が知ったのは、すっかり大人になってからでした。

 最近ようやく、制服のスカートやズボンを性別に関係なく選べる学校が増えつつあります。背景には、性別違和がある人たちの存在が知られるようになってきたことがありますが、選べることで恩恵を受けるのは、もちろんそういった子どもたちだけではありません。

 「予想していた以上に、女子でスラックスを履いてくる子は多かったですね。毎日履いてくる子もいれば、日によってスカートと履き分けている子もいます」

 こう話すのは、2019年春から性別にかかわりなく選べる制服を導入した、福岡市立警固中学校の元PTA会長、後藤富和さんです。本業は弁護士。

 後藤さんは2017~2018年度の2年間、警固中のPTA会長を務め、選択できる制服の導入に取り組んだとのこと。なぜ、どんなふうにして、選択式の制服を導入できたのか? 詳しく聞かせてもらいました。

  • 注)タイトルにある「だまし討ちで制服を着せられ」は、警固中で起きたことではなく、後藤さんが話を聞いた当事者の体験談です
警固中の新制服(写真提供:後藤さん)
警固中の新制服(写真提供:後藤さん)

*生身の切実な声に「いまやらなヤバかろうもん」

――制服を選べるようにしたいと思って、PTA会長になったんですか?

 いえ、ある日突然電話がかかってきて、「推薦で会長に選ばれました」という感じです(苦笑)。根回しも全くなく。

 やっぱり突然「PTA会長です」と言われても、仕事のこともありますし、躊躇しますよね。相手はその空気を察して、断られまいと「会長は、ただ座ってればいいんですから」といってくる。負担を感じさせないように言ってくれたんだろうけれど、僕はそれで逆に火がつきました。「座ってるだけじゃない会長になってやろう」と。

――通学カバンや名札を変えたり、PTAの強制をやめたり、いろんなことに取り組まれたそうですね。制服のことは、どんな経緯で取り組んだんですか?

 最初、僕が会長になった年度初めの入学式の挨拶で、「制服に違和感がある子もいるんじゃないか、大人といっしょに考えていこう」って生徒に呼びかけたんです。LGBT支援をしている友人と情報交換をするなかで、制服に悩む子どもたちがいることは知っていたので。でもそのときはまだ、それほど切羽詰まった問題としては捉えていなくて、「いつか変えないかん」くらいに思っていました。

 でもその年の6月に、トランスジェンダーの方から直接お話を聞いたんですね。その方は当時、制服がない高校に通う生徒だったんだけれど、中学のときは自分の認識する性別と違う制服を着せられて「地獄だった」って、泣きながら話をされて。学校に着いたら教師に取り囲まれて、だまし討ちのように制服を着せられたこともあったりして。僕はそれですごいショックを受けて、「いつか」じゃなくて、「今やらなヤバかろうもん」と思った。

――筆者が取材した高校生も、「中学のときは(異性の)制服を着ている自分の姿をどうしても受け入れられなくて、いつも気持ちを押し殺していて辛かった」と話していました。それから、どうしたんですか?

 その数日後に、ちょっとドキドキしながら校長に話をしたんです。この前、当事者の話を聞いて、「死ぬほどきつかった」と言われたと。制服、どうにかせないかんっちゃない?って。そうしたら校長があっさり、「じゃ、変えればいいんじゃない」って(笑)。渡り廊下を歩きながら。予期せぬ返事だったけど、そこから二人三脚が始まりました。

 PTAで具体的に制服変更の取り組みを始めたのは、その年の秋くらいからですね。勉強会をやったり、制服メーカーの展示会に足を運んで話を聞いたりして。九州は詰襟・セーラー服の文化がとても根強いんですけれど、制服メーカーのほうはずっと意識が進んでいて、びっくりしました。

 そんなふうにして、PTAのほうはだいぶ知識をつけていったんですけれど、校長のほうは市の校長会や学校の職員会議で何度も何度も提案し、粘り強く説得したようです。彼女は本当にすごい校長で、僕もホント尊敬しているんですけれど、知恵を絞って、最終的には制服を見直す方向に進めてくれました。

――当初、先生たちが取り組みに消極的だったのはなぜでしょう?

 信念や偏見があって取り組みに消極的になっていたというわけではなく、現場の先生たちは日々の業務や部活動に忙しくて、何かを変える、新しいことに取り組むという余裕がないように感じました。

 でも先生から、いいアドバイスももらいました。校長がつくった「標準服検討委員会」には、教員3人・保護者3人・生徒5人・管理職が2人が入っていたんだけれど、ひとりの先生が校内適応指導教室の担当でした。その先生が、特性のある子どもには、袖にボタンがあるとカチャカチャ鳴って気になるとか、ボタンのかけはずしがあると厳しいとか、そういうすごく具体的な、いいアドバイスをしてくれました。

*変えるには言い出しっぺが必要

――制服を見直すことが決まってからは、どうでしたか?

 制服を決める、選定する過程はスムーズでしたね。ちょっと驚いたのは、イチから決めていいはずなのに、生徒たちがどこか従来の制服に捉われてしまっていたこと。詰襟の高さを何センチ低くするとか、そういう小さな話になってしまうんです。詰襟・セーラー服から、離れられない。

 だから僕からは敢えて、「ガウチョパンツとか流行っとうやん、ああいうのも良いっちゃない」とか提案したの。そうしたら「えっ、そんなの、学校でいいの?」みたいな顔になって。そうしたら、次から次に意見が出るようになった。面白かったですね。

――楽しそうですね。あとは特に、問題なく?

 警固というのは、校舎が城址にある古い地域なんです。70年以上続いた詰襟、セーラー服に強い思い入れを持っている方も多いんですね。今なぜ制服変更が必要なのか、時間をかけて丁寧に説明をして、地域の方にもご理解いただきました。

 よく「警固だからできたんでしょう」と言われるけれど、都会だから実現できたということではありません。どの地域であっても、性別に違和感を覚える人や、宗教や文化の点で制服に辛い思いをする人たちはいます。それに気づくかどうかであって、地域性というよりも想像力の問題だと思います。

――ちなみに、これを他のPTAが真似することって、可能だと思いますか?

 僕が感じるのは、これは本当に、偶然なんですよね。僕は立候補したわけでもなく、よくわからない電話一本で会長に決まって、たまたまそのときの校長が似たような考えの人だったから、ここまでやれた。でも、こんな偶然に期待するようなシステムじゃ、本当はダメですよね。PTAのシステム自体にほころびがあるというか、前例踏襲をうまく進めるための組織にしかなっていないことも多いように感じます。

――他の自治体では、トランスジェンダーの子をもつ親の会が署名活動をして実現したケースや、本人が署名活動を始めたケース、新設校で教育委員会が主導したケースなど、いろいろあるようです。

 僕はよくいろんな自治体から講師に呼ばれて、こういった話をするんですけれど、おそらく僕を呼ぶ職員は「変えたい」と思っているんですよね。思っているけれど、PTAも保護者も動かない、学校も動かない。それで何とかしたいと思って僕を呼ぶんだと思う。だから、意外と教育委員会のなかで考えている人はいるんだな、と思いますね。

――きっかけになる、言い出しっぺみたいな人が必要で、警固中ではその役をPTAや後藤さんが担ったわけですね。福岡市では警固中の動きがきっかけとなって、この2020年度から、全中学校で新標準服に移行したそうですね?

 そうなんです。制服を変えることが決まったあと、教育長が「警固中の取り組みを参考にしたいから、いろいろ教えてもらいたい」と僕のところに来て、その何か月か後に、市長が「福岡市全体の制服を変えたい」という会見をしました。この春からは、市内の全公立中学が新しい制服です。

 これは大きいな、と思うんですよね。警固中って言い方はあれですけれど、「ザ・福岡市」みたいな学校なので、警固中が変わったことで福岡市全体が変わるという流れをつくることができた。九州の中心地なので、福岡市が変わったとなると、ほかもパタパタと変わっていくと思うんです。

――もう、何か動きが出てきていますか?

 出てきています。福岡市が変わって、北九州市も変わった。県の人口からすると、これでもう半分なので、すると第三の都市である久留米市は何しているんだ、という話に必ずなる。だから県内は、もう早いと思います。さらに、福岡市と同じ政令指定都市である熊本はどうなんだ、隣の佐賀はどうだ、という話にもなる。九州は、そういうふうなので。

――それを考えると、警固中が最初の一点を突破できたのって、ものすごいことですね。

 本当に偶然でしたけれど、大きいと思いますね。

*本当に選べるようにするには、運用面の課題が大きい

――警固中では2019年春から制服が変わって、実際にどれくらいの子が、性別に関係なく制服を選んでいますか?

 女子でスラックスを履いてくる子は、思っていた以上に多いですね。日によっても変わるし、実数はわからないんですが。毎日スラックスをはいてくる子もいれば、気分や気温によってスカートとスラックスを履き分けている子もいます。

 スラックスで特別な目で見られる、という雰囲気もまったくないです。いま女性の会社員がパンツスーツだったり、スカートだったりするけれど、あんな感じ。僕、子ども同士の間で何か起きたりしないか、最初は心配してたんですけれど、全くないですね。

――それはよかったです。よくPTAで、加入届を配って任意加入の体裁を整えても「必ず入ってください」と口頭で言われるから、実質的には強制加入、なんてことがありますが、そういうふうじゃないんですね。スラックスを選んでも本当に問題ない、と生徒にちゃんと伝わっている。

 そこは気を付けました。学校って、必要ないのに男女を分ける文化がありますよね。整列とか、名簿とか、髪型とか、なんでも。でもそうやって男女別だと、たとえば入学式の入場のとき、性別にかかわりなく制服を選んだ子が目立っちゃう。だから名簿も整列も混合にしよう、と決めたんです。

 ただ、校長とPTA会長が変わり、一部男女別の整列に戻るなど当初の理念から外れた運用が見られ、課題が残っています

 新しい制服が決まってから最初にやった入学説明会でも、こんなことがありました。校長は6年生の子たちに、「あなたたちが活動しやすいと思う服を、あなたたちの気持ちで選んでください」って呼びかけて、僕はこれすばらしいなと思って感動したんです。男子はこう、女子はこうとか言わずに、子どもが自分で決めていい、という呼びかけをした。

 でもその後の学校説明のとき、ある先生が、「男子は選べんからな!」って叫びまわったんです。これが残念で。確かに男子は選びにくいかもしれないけれど、それでも「選べる」ということが、子どもにとっては救いになるということを、僕たちはずっと話してきていたので。

 出席者のなかには、トランスジェンダーで、「他の学校は行きたくない、でも警固中なら選べることになっている。この学校なら、行けるかもしれん」という子がいたかもしれない。その子からしたら、「男子は選べんからな!」って言葉は絶望でしかないわけですよ。非常に残念でした。

―― 一般的に、女性はスカートでもスラックスでもいいとされるのに、男性の服装については厳しくて、スカートは許されない風潮がありますね。でもやっぱりMtF(身体は男性、性的自認は女性)の人から「本当はセーラー服が着たかった」と聞くことは多いので、実際には詰襟を着たとしても、「セーラー服も着ていい」という前提があることは、すごくだいじだと思います。なのに、それは残念な発言です。

 こういうのが、現場ではけっこう起きているんです。福岡市は今年度から全校の制服が変わっていますけれど、ある学校では、特別な事情がなければ選べないと保護者が誤解しているケースもあります。女子がスラックスを選ぶときは理由を聞くとか、そういう運用がなされないとも限りません。

 だから僕がいま痛感しているのは、新制服を導入した理念、つまり子どもの権利の観点からどのように運用すべきなのかを、学校の先生たちに学んでもらう必要がある、ということです。

*本当は私服でもいい、でも今悩んでいる子どもがいる

――そもそも、制服じゃなくて、私服でいいだろうという考え方もありますが。

 そこは取り組みを始めた初期の段階で、校長とだいぶ議論しました。僕自身、制服という考え方がおかしいと思っているので。福岡市議会でも「制服といっても本当は“標準服”で、あれ以外の服を着てきてもいい」と答弁されている。だったら一足飛びに私服でもいいという形にすべきじゃないのか、と議論をして。

 でもやっぱり意識したのは、もしそれ(私服)を実現するとしたら、5年後、10年後になるかもしれない。そうなったとき、いま制服で悩んでいる子には何もできないわけです。だから、この選択式標準服は僕のなかではじつは不本意なんですが、でもやむを得ず導入しました。

――私も高校生の頃、校則を変えて私服OKにしようとしましたが、壁が厚くてあきらめたので、わかります。いま困っている子どものことを考えれば、ベストな選択だったのでは。

 警固の新しい制服は、スラックスとスカートだけでなく、リボンかネクタイかも選べるし、シャツの色も選べるし、冬服だと理論上は三十数パターンの組み合わせがあるんです。だから、校門で挨拶しながら見ていると、じつにバラバラなんですね。このバラバラが違和感なく受け入れられる空気が根付けば、「そもそも統一した服は要らないんじゃないか」という次の議論が上がってくることを期待しているんですけれど。

――いつかそうなる可能性はありますね。それにしても、おしゃれな制服ですね。学校選択制の地域だったら、生徒が増えそうな。

 この辺りは住む場所で学校が指定されるんですが、じつはそれでも、制服を変えた1年目は1クラス増えたんです。

――1クラス増! でも、学校選択ができないのに、どうやって? 警固中に入るため、みんな引っ越してきたんでしょうか?

 一人ひとりに聞くわけにいかないから、そこはわからないんですけれど。この辺はもともと私立に行く子が多いんですが、そういう子が来たのかもしれないですね。「この制服だったら私立じゃなくて、こっちに残ろう」ということで。

 ちなみに今年度は、僕はPTAでは会長でもなんでもないんだけれど、校則を変えようと思っています。来年度の入学生からは、不必要な男女分けをするような校則なし、というビジョンを描いている。そのために、いま弁護士会も巻き込んで、校則プロジェクトチームというのをつくってやっています。

――校則のほうも、うまくいって広がるよう祈っています。参考になるお話、どうもありがとうございました。

ライター

主なテーマは「保護者と学校の関係(PTA等)」と「いろんな形の家族」。著書は『さよなら、理不尽PTA!』『ルポ 定形外家族』『PTAをけっこうラクにたのしくする本』『オトナ婚です、わたしたち』ほか。共著は『子どもの人権をまもるために』など。ひとり親。定形外かぞく(家族のダイバーシティ)代表。ohj@ニフティドットコム

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