養育費支払率なぜ、たった2割? 面会交流と養育費の義務化が必要な理由

(ペイレスイメージズ/アフロ)

先日このサイト(Yahoo!ニュース個人)で、武蔵大学・千田有紀教授が、離婚後の親子関係に関する記事を3本公開されました。

賛同する箇所もたくさんあったのですが、違和感があった箇所も多く、考え込んでしまいました。それを今回は、書かせていただきます。

先にわたしの背景を少し書いておくと、まず子どもが0歳のときに離婚した同居親(子どもを引き取った側の親)です。自分の離婚を機に、子連れ離婚の実用書を企画し、その後この本の執筆をお願いした著者が主宰するNPOで、養育費や面会交流に関する書籍数冊の編集・執筆等にかかわりました。

このとき、離婚・再婚家庭の子ども、同居親、別居親、支援者など、さまざまな立場の人のお話をうかがいました。

自分の子どもの養育費・面会交流についても、すったもんだしながら継続してきました。子どもは現在中学生で、年に2、3回、祖母の仲介により父親と会っています。養育費は途中数年止まりましたが、現在は復活しています。

昨年からは、あるNPOで、面会交流支援を1件担当しています。

*DV事例をデフォルトに据える?

千田教授の書かれた記事について、親子断絶防止法は慎重に考えるべきとする点については、わたしもそう思いました。

「離婚後に両親と交流がないと子どもが健全に育たないかのような記述」はいただけませんし(義務化したとしても、事情によりどうしても両親に会えない子どもはたくさん出てきます)、養育費への言及がない点もダメです。

ただ、記事を拝読していて、ひっかかった点もありました。それは、DVの事例を標準設定として、連れ去り禁止に反対されている点です。

もちろんDVがあるケースにまで連れ去りを禁じたらおそろしいのですが、このような事例は除外すると言っているのですから、それはそれでいいのではないでしょうか(詳細を詰めることは必須と思いますが)。

離婚全体のうち、原因にDVがある割合ははっきりとわかりませんが、司法統計(調停・和解・判決離婚等)で25%程度であることを考えると、離婚全体(大半が協議離婚)では、もっと少ない割合だと思います。(※1・2)

それを、DVがあることをすべての離婚の前提として、連れ去りを禁止すべきでない、というのは、ちょっと違うのではないかと思いました。(※3)

ただし、「単なる別居」まで「連れ去り」として禁止されてしまう可能性がある点については、わたしもやや不安に感じます。

親権をとるのを有利にするためというより、単に「離婚成立までの間、別居をしたい」というケースはとても多いと思うのですが、その場合に子どもが小さければ、ふだん主に面倒をみている親が連れて家を出るケースは少なくないでしょう。

もしそういったケースまで「連れ去り」として禁じられてしまったら、どうでしょうか。「離婚が成立するまでは一緒に暮らす」というのは、関係が破綻したふうふにとって、かなり辛いルールです。

もし離婚後に子どもを引き取らないほうの親が単独で家を出る形での別居が可能なら、それがベストでしょうが、それはそれで、どっちが残るか・出るかで揉めて、なかなか別居できなくなりそうです。

そういったことを考えると、連れ去りを禁止するよりも、「連れ去った(というか単に子どもを連れて家を出た)側が親権獲得において有利になる現状を改める」というほうが、より有効ではないかと思うのですが、どうでしょうか。

筆者の友人も離婚する際、親権獲得を有利にするため、母親と父親が順番に子どもたちを連れ戻しあいましたが、子どもにとっては面倒な話でしょう。

離婚までの別居中、子どもがどちらの親のもとにいるかとは無関係に、親権が決められる、ということにしたほうがよくはないでしょうか。

ですから、連れ去りの一律禁止は危険という点には同意するのですが、その理由がちょっと違います。

*「会いたくない子」がいるから面会義務化は不要?

一番ひっかかったのは、面会交流についてのお話でした。

千田教授は、面会交流の際、別居親の身勝手な対応で傷つけられる子どもが少なくないことや、本当に別居親に会いたいと思っていない子どももいること等から、義務化はしないほうがいいと書かれていました。

たしかに、面会交流における別居親の身勝手な対応で傷つけられる子どもが多いことは事実で、それはできるだけ避けたいことですから、面会におけるルールづくりなどの防止策は必須だと思います。

でも、だから義務化しないほうがいい、というのも、わたしは違うと思います。

これは本当は、子どもの立場の人が言うべきことですが、どんな親であっても、子どもは自分の目で見て、判断したいと思っているようです。

同居親が「えっ、あんな人会わないほうがいでしょ」と思う別居親でも、子ども本人に聞いてみると、「それでも、まあ、会ってよかった」と言ったりします。

「会わないほうがよかった」という人も、なかにはいるにしても、多くはないと思います。

それから「別居親に会いたいと思っていない子どももいる」という点について。それはたしかに、最優先すべきは子どもの気持ちですから、もし義務化する場合、こういったケースはしっかりと適用除外する必要があると思います。

ただ、これもまた少し複雑なところがあります。別居親に会いたがらない子どもというのは、わたしが知る限りほぼすべて、別居親が子どもに会いたがっていないケースだからです(これがまた、日本ではとても多いのですが)。

「別居親に会いたがられていない」と感じる子どもの思いは複雑です。この場合、別居親に会ってみたい気持ちは、奥底にあったとしても、表には出てきません。

なお、そんなケースであっても、実際に別居親に会ってみると「でもまあ、会ってよかった……」と子どもは言ったりします。千田教授が引用されている本の著者も、そうでした(わたしが編集した本でした)。

もちろん、だからといって子どもの考えを無視したらいけませんが、そう単純に「親が嫌いで会いたくないんだね」という話ではないことも、添えておきたいと思いました。

(そしてまた、子どもに会いたがらない親も、単純に「子どもを愛してないんだね」という人ばかりではないことも添えておきます)

*親の気持ちよりも、優先すべきもの

わたしは、面会交流は養育費と共に、何かしらの形で義務化する必要があると思っています。もちろん、適用除外はしっかり考える必要がありますが、除外すべきケースがあるから義務化が不要、とは思いません。

養育費も面会交流も、子どもの権利であり、子どもにとっての財産、資産だと思うからです(負の資産である可能性も含めて)。

義務化するのは養育費だけでいいのでは、と思われるかもしれませんが、おそらく別居親にとって、ふだん顔を見ていない子どものために毎月お金を払い続けるというのは、大変なことだと思います。ですから親としての自覚をもち、養育費を継続してもらうためにも、面会交流の継続は必要だと思います。

また、同居親から見てどんなに残念な別居親であっても、子どもにとっては親であり、ひとつの人的リソースです。たとえば同居親が入院や死亡をしてしまったとき、代わりに子どもを見られる可能性がある大人は多ければ多いほど、子どもにとっては有利です。

みんな、すったもんだして別れた離婚夫婦です。放っておけば、同居親は子どもに別居親を会わせたくない、別居親は養育費を払いたくないと言い出す、そんなものでしょう。

でもそれは、親の「気持ち」を優先していいことではないはずです。別居親と会うのは、養育費を受け取るのは、子どもの権利だからです。

それをはっきりさせるため、子どもの資産を守るためには、養育費・面会交流の義務化が必要だと思うのです。

日本では現状、養育費を払わない親にも、面会交流をさせない親にも、たいした罰則がありません。それでもって「あとは離婚したふたりで相談して、養育費と面会と、うまいこと話つけといてね!」というのですから、それはまあ無茶だよねと思います。

それを義務化せずに放置しているから、いまだに養育費の支払い率が2割未満という情けない状況が続いているのではないでしょうか。(*4)

結果、迷惑を被っているのは、子どもたちです。

なお、千田教授が結論として書かれていた点には賛成で、国がもっと面会交流サポートを充実させて、誰もが利用しやすくすることは、本当に大切だと思います(ほかにも賛同した箇所は多くあります)。

子ども自身にとっての面会交流のメリットはいろいろあるのですが、今回はあえてふれず、親にとっての必要性を中心に書かせてもらいました。

子どもにとっての面会交流の意義については、また別の機会に、子どもの立場の人の声とともに紹介できたらと思います。

(*1)平成21年度「離婚に関する統計」によると、日本の離婚のうち協議離婚は約88%、裁判離婚(調停・和解・判決離婚等)は、12%程度です。

(*2)平成27年度「男女共同参画白書」によると、家裁への妻からの申立て動機のうち「暴力を振るう」は24.7%(選択肢のうち3つまで選ぶ形)でした。(平成25年度司法統計年報「婚姻関係事件における申立ての動機別割合」より)

(*3)千田教授がご指摘の通り、なかにはでっちあげDVもあれば、逆に加害者本人にまったく自覚がないDVケースもあるので、判断には非常に注意が必要と思います。

(*4)平成23年度「全国母子世帯等調査」によると、「現在も養育費を受けている」人は、19.7%です。