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世界も驚く「主体的で対話的な深い学び」のプログラムを、日本の学校の先生たちが考案

おおたとしまさ育児・教育ジャーナリスト
2021年4月11日に行われたクロージング・セッションの様子

イートン校の学びを日本の子どもたちにも

イギリスのイートン校を知っているひとは多いだろう。創立は1440年。歴代首相をはじめとする、イギリスのエリートを育て続ける超名門校だ。そのイートン校のサマースクールに毎年招待される首都圏で唯一の男子校が巣鴨中学校・高等学校だ。伝統と規律を重んじる男子校という点で両校は似ている。

イートン校のサマースクールは世界で最も有名なサマースクールといっても過言ではない。毎年、世界中から意欲にあふれる子どもたちが集う。巣鴨生であれば40人までサマースクールに参加できるのだが、当然ながら参加希望者が殺到し、多くの生徒に参加をあきらめてもらわなければいけない状況が続いていた。

そこで2017年から実施されたのが「SUGAMO SUMMER SCHOOL(巣鴨サマースクール)」だった。巣鴨が所有する長野県蓼科高原の学習施設に、イートンサマースクールで実際に教える講師を含むエリート講師陣を招き、日本でイートン・サマースクール同様の体験ができるようにした。

さらに多くの意欲あふれる子どもたちに学びの機会を提供しようと、2020年春には、「東京スプリングスクール」の実施が予定されていた。巣鴨のみならず、首都圏の多数の私学にも声をかけ、春休みの6日間に巣鴨の校舎を舞台にして、通いで参加できるプログラムを準備していた。

しかしコロナ禍である。全国の学校が一斉休校になった。東京スプリングスクールも当然中止。そこで参加予定だった各校の教員たちが協力して、オンラインで自宅から参加できる新プログラム「ダブル・ヒーリックス(二重らせん)」を開発した。

イートン・サマースクールの講師をはじめ、一流の海外講師陣の協力が得られた。巣鴨のほか、市川、鷗友、駒場東邦、洗足学園、豊島岡、南山女子、広尾学園から50人の生徒が参加した。

もともとは東京スプリングスクールの代替企画であったが、オンラインでの開催に際して、発想を転換した。短期集中のプログラムではなく、4週間にわたって断続的に取り組むプログラムにしたのだ。これにより、知識の獲得や調べ学習、参加者同士で協力してのプレゼン練習などに十分な時間がとれるようになった。

世界トップクラスの講師陣のもとに8校50人が集まった

2021年3月14日、オープニングセッション。イギリスにいる講師たちと、50人の参加者がオンラインで対面する。5人の講師が自己紹介し、それぞれが担当するコース概要を説明する。

講師は博士号をもつ現役の研究者あるいはイギリスの名門校での指導経験者で、いずれも世界を股にかけて活躍するトップエリートだ。コースのテーマはそれぞれの専門分野を踏まえ、「試練のときに描かれた絵画の分析」「試練の際に使用される言語の分析」「伝染病とワクチン開発の歴史」「伝染病と免疫システム」「パンデミックと世界の医療の現実」。参加者は5つのコースすべてへの参加が求められる。

以降、毎週それぞれの講師から課題が与えられ、学校も住む場所も違う生徒たちがオンラインでペアワークやグループワークをしながらそれに取り組む。専門性の高い文献や動画が与えられるので、普通の英語の授業では学ぶはずもない専門用語も使えるようにならなければいけない。

たとえば「試練のときに描かれた絵画の分析」を担当するアレックス・エストリックさんは、もともとイギリスの名門校ストウ校の美術史の主任で、現在は美術誌の寄稿編集者であり「エストリック現代イタリア美術コレクション」の管財人。

課題はオンラインで与えられるが、質問などは講師が随時設ける「ドロップイン・セッション」で受け付ける。1週目では美術を分析する方法やそのために必要な語彙を獲得する課題が出された。2週目の課題は日本とヨーロッパの美術の比較。3週目にはペアワークでプレゼンを組み立てる。段階的に知識を獲得し、最終的にはそれを自分なりの思考と表現に落とし込む構成だ。

その構造こそが、プログラムの名称「ダブル・ヒーリックス(二重らせん)」の意味するところでもある。巣鴨の一連の国際教育プログラムの仕掛け人である岡田英雅さん自身が3月25日に行った希望者参加型の補足授業「リフレクション・セッション」には、その意図がダイレクトに表現されていた。授業を実況中継する。

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「エストリック先生が提供してくれた資料を見る前に、みなさんが知っていたこともあったと思います。まずそれを書き出して発表してください」(岡田さん、以下同)

生徒たちは、授業内容に関連してもともと自分が知っていた知識をそれぞれに発表する。「ゴッホが浮世絵の影響を受けていたことは知っていました」「絵を見るときに遠近法などの技法を気にするということも聞いたことがありました」「ジャポニズムという単語は知っていました」などの意見が出された。

そこで岡田さんは、お互いが発表した知識のなかで、言われてみれば自分が知っていた知識がないかを確認する。自分がもともともっている知識を、ひとと対話することで思い出せる場合があることに気づいてもらう。

「いまみなさんが発表してくれたのは、既存知識(existing knowledge)といいます。次に、既存知識のうえに、講義内容をつなげて(connect)ください。どういうつなげ方でも構いません」

生徒からは「絵を見るときには遠近法などの技法や色や形に注目するということは知っていました。今回、北斎の神奈川沖浪裏の絵を見て、形に注目するなら波の形が面白くて、色は全体的に青が多いということを教えてもらいました。見るポイントは知っていてもそこまでは考えていなかったことに気づきました」「ゴッホが浮世絵の影響を受けていたことは知識としては知っていましたが、実際に何枚も絵を見比べて、初めてそれを実感しました」などの発言があった。

ことばをもつことで世の中を見る解像度が上がる

岡田さんはさらに、それぞれの参加者の意見に対して、それぞれの参加者が意見をかぶせていくように促す。岡田さん自身も、参加者の発言をきっかけに思い出したことや連想したことを発言する。他人の意見を踏まえて、自分の意見を言うことで、連鎖的に化学反応が起こる。オンラインでのやりとりであってもそれが可能であることがわかる。

「僕は、エストリック先生の授業を聞いて、絵を分析するときに使う専門用語をたくさん知ることができました。そのことによって、ある絵を見て自分が素晴らしいと思ったときに、なぜ自分が素晴らしいと感じたのかを言語化できるようになったと思います。言語を得たことによってより正確に自分の感動を、認識したり、ひとに伝えたりできるようになりますよね」

そこで岡田さんは、ジョージ・オーウェルの小説『1984』を引く。権力が民衆を完全にコントロールする社会において、権力が次々と言葉を破壊し民衆から奪っていくことによって、コントロールをさらに盤石にするという話である。獲得したことばの豊かさや繊細さが人間の思考の深さにいかにかかわっているのかに気づいてもらう意図がある。

「いま僕が話したのは、僕の既存知識をもとにしています。僕はみなさんよりも長く生きているし、僕が読んだ本だとか、会ったひとだとかは僕だけのものだから、当然、僕の既存知識はみなさんとは違います。そこにエストリック先生から新しい知識が与えられて合体して、いまみたいな話に結実しているんですね」

参加者それぞれの中にも、既存知識とエストリック先生の授業内容が合体してできた新しい発想や概念が生まれているはずである。それをどうやったら現実社会の中で活かせるかをその場で考えるように、岡田さんは指示を出す。

参加者の一人が答える。「同じ対象を描いていても、絵の構図によって見たひとの印象が変わるという話が印象的でした。これは絵に限った話ではないと僕は思いました。僕自身は絵を描く機会はあまりないのですが、たとえば文章を書くときにも、文章の構造を変えることで、読むひとの印象を変えることができるんじゃないかと思いました」。学んだことを抽象的に構造化し、ほかのものに応用してみる。高度な思考である。

「絵を文章に置き換えるって面白いですね。僕はジェイムズ・トーマス先生の医療チームの話とも結びつけて考えることができるなと思いました。医療チームってすごく複雑な構造じゃないですか。その医療チームが美しいかどうかという観点で見るときに構図の概念を用いてみると面白いんじゃないかと思います。ひとの配置はどうなっているか、動きやすい環境になっているだろうか。『フォーマット(絵の構成)』は何だろう、『サポート(画材)』は何だろうなどという観点が自分の中にできました。もしかしたら、友人関係にも応用できるかもしれないですよね。なぜ人間関係がギスギスしてしまうのか。もしかしたら『ビジュアル・オキシジョン(目休め)』的な要素が足りてないからではないかとかね。つまり、論理的に説明しきれないものに関して、アートの視点からものごとを分析できる可能性を僕は感じました」

受験勉強だけではどんなに頑張っても人工知能に負けてしまう!?

そこで岡田さんはカントを引く。カントは「美しいものには普遍的な妥当性がある」という主旨を述べていたことを岡田さんは知っていた。今回、絵画の見方に関する知識が加わったことで、美しさに迫る視点が得られた。それを敷衍すれば、正しさに迫る視点も得られるのではないかと思えてきてわくわくしたと説明する。

「いま世界のエリートが、美術系の学びに力を入れていることが話題になっています。なぜだと思います?」

参加者の一人が答える。「計算や論理ならコンピューターでもできるけど、美しさを理解できるのは人間だけだからだと思います」。

「うわー、かっこいいなあ。僕がみなさんの年齢のときにはこんなこと言えなかったよな。仰るとおり、計算や論理を突き詰めていったら、みんな同じになっちゃわない? 最終的に同じになっちゃったら、戦う要素は時間とコストだけになるよね。差別化できなくなっちゃう。差別化できないとものは売れないでしょ。でも美意識という観点を加えると、新しい価値が生まれるわけだよね」

リフレクション・セッションを行う岡田英雅さん
リフレクション・セッションを行う岡田英雅さん

岡田さんはハサミを例にとる。機能性だけを追求したら使いやすい形は1つに収斂されていくはずだが、人間がものをもちたいと思ったときに求めているのは果たして機能性だけか。美しさという観点を加えると、ひとそれぞれの美意識に応じたハサミがつくれるのではないかと問いかける。

「実は君たちの受験勉強も似ています。正解を求めるだけの勉強は、ドリルをくり返して、『速く正確に』のレースになってしまう。問題を処理する能力は高まるかもしれないけど、それに過剰適応すると、個別のユニークさが漂白されてしまう可能性がある。いま君たちがここで取り組んでいるのは、君たちが世界に一人しかいない自分に近づいていくための学びです。学ぶというのは、それまで自分が獲得した知識とスキルを使って、新しい理解を組み立てていくことです。それによって、自分が世界を見る目も変わります。それを突き詰めていくと、君たちはどんどんユニークな存在になれます。ユニークになったときに、自分にしかできない世界への貢献の仕方があるんじゃないかと思えるようになってきます」

ここまでくれば、他人と自分を比較することなど意味がないことだとわかる。一方で、ユニークになればなるほど、自分が見えていない世界の大きさにも自覚的になれる。だからユニークなひと同士で語り合い、お互いの見えている世界を共有したくなる。学び合いによって、お互いの見えている世界を広げることができる。そのこと自体が楽しく思えてくる。これぞ主体的で対話的な深い学びである。

「今回のダブル・ヒーリックスでも、無理して課題をぜんぶやらなくてもいいです。課題をこなすことを目的とするよりも、できるところまでやって、そのなかから自分なりの学びを得ることのほうがずっと重要です。ダブル・ヒーリックスを通して、『あっ、いま自分なりの学びを得ることができたな』と君たちが思ってくれたら、それが僕にとってはいちばんうれしいです」

以上を踏まえて岡田さんがまとめる。

「つまり、知識のないところで高次元の思考なんてあり得ないから。知識がないのにいきなり生徒たちに議論させるような授業では、分析もいい加減だし、議論も深まりません。僕はそれがすごく残念で、このプログラムを考えました。この1カ月間でみなさんが学んだことをもとにして、最後にみなさんがどんな議論をするのか、どんなプレゼンに落とし込んでくれるのかが、いまから楽しみです。もっといえば、君たち自身に、この1カ月間で自分がどうかわるのかを楽しみにする視点をもってしてほしいと思います」

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ダブル・ヒーリックスの二重らせんとは、知識と高次の思考が絡み合って進化していく様子である。知識の土台の上に高次の思考がただ乗っかるような上下関係ではない。既存の知識をもとにして高次な思考が生まれ、高次な思考の上に新しい知識やスキルが得られる。そのくり返しが学びであるということだ。

本当に子どものことを思っている先生たちがたくさんいる

イートン校やオックスフォード大学を卒業し、グローバルに活躍する超一流のエリートから直接学ぶことができる。それがダブル・ヒーリックスのわかりやすい魅力ではある。そこだけを見ると、恵まれた学校に通う恵まれた子どもたちが受ける贅沢な教育のように見えてしまう。しかし、岡田さんがこの機会を通じて参加者に伝えたい本質は、学びのダイナミズムである。

グローバルレベルでのトップエリートに学ぶというと、いかにもグローバル経済の中での“勝ち組”を養成するプログラムだと思われてしまうかもしれないが、岡田さんの意図はまったくそこにはない。「競争して、苦しくなるような教育はやめよう。子どもたちが幸せになるための教育をしたい」。その想いが岡田さんを突き動かしている。

ダブル・ヒーリックスと本質的に同じことは、国内の研究者に協力してもらうことでもできるだろうし、さまざまな専門職域のひとたちに集まってもらうことでも実現可能だし、それこそ町内会のさまざまな立場のひとたちに協力してもらってもいい。地域、年齢層、学力層にかかわらず、どんな学校でもできるはず。ちなみにダブル・ヒーリックスの参加費は約1カ月間で2万円である。

実は岡田さん自身、引率で参加したイートン校のサマースクールが人生の転機だった。そこでイギリスのエリートたちと語り合い、衝突もした。自分ももっと学び、より良き教師になるために、イギリスの名門大学への留学を決意した。学校もそれを認めてくれた。巣鴨に復帰後は、その学びを生徒たちに還元した。そしてダブル・ヒーリックスも、そのときにできた人脈を駆使して実施されている。

生徒たちに、「挑戦しろ」「自分の可能性に蓋をするな」と言うのなら、まずは自分がその姿勢を示さなければいけない。そう思って、自ら世界的な教育機関にかけあって、プログラム開発のアドバイスをもらったり、優秀な講師を紹介してもらったりしている。

それに共感する他校の教員たちも、学校の枠組みを超えて集まった。それがダブル・ヒーリックスなのである。岡田さんたちはいまさらに、新しいダブル・ヒーリックスのプログラム開発に着手している。今回のダブル・ヒーリックスの成功を受け、プログラム開発への助言をしてくれていた国際的な学校ネットワーク機関WLSA(World Leading Schools Association)も今後の展開に注目しているという。ちなみに巣鴨は日本で唯一のWLSA加盟校である。

「本当に子どものことを思っている先生たちが、世の中にはたくさんいて、いつも仲間を探しています。おおたさんにお願いがあります。今回記事を書いていただくに当たって、『巣鴨』を主語にしないでください。『日本の学校の先生たち』を主語にしてください。日本の学校の先生たちが、ダブル・ヒーリックスを考案し、それを世界のダブル・ヒーリックスにしようと本気で思っているんです」(岡田さん)

私に言わせれば、彼らの存在こそ、子どもたちにとって最高の教材である。

育児・教育ジャーナリスト

1973年東京生まれ。麻布中学・高校卒業。東京外国語大学英米語学科中退。上智大学英語学科卒業。リクルートから独立後、数々の育児・教育誌のデスクや監修を歴任。男性の育児、夫婦関係、学校や塾の現状などに関し、各種メディアへの寄稿、コメント掲載、出演多数。中高教員免許をもつほか、小学校での教員経験、心理カウンセラーとしての活動経験あり。著書は『ルポ名門校』『ルポ塾歴社会』『ルポ教育虐待』『受験と進学の新常識』『中学受験「必笑法」』『なぜ中学受験するのか?』『ルポ父親たちの葛藤』『<喧嘩とセックス>夫婦のお作法』など70冊以上。

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