学べば学ぶほど知らないことが増えていくのが探究

2020年度の中学2年生は、英語の授業のうち週1時間を使って、SDGs(国連が提唱する持続可能な開発目標)について学んできた。SDGsでは17の大きな目標(Goal)と169のターゲット(具体的な課題)が設定されており、原文は英語だが、それにオリジナルの日本語キャッチコピーをつけようというプロジェクトだ。その最終発表の授業を見学した。

生徒たちは英語科以外の教員たちにも招待状を渡しており、ネイティブ教員はもちろんのこと、数学や理科や社会の教員たちもプレゼンテーションを聞きに来ている。2クラス同時開催で、各クラスに4つのプレゼンテーションコーナーが設けられている。生徒たちは好きに行き来して、聞きたいプレゼンテーションを聞くことができる。1グループ2-3人で、発表時間は5分間。iPadにスライドを用意して、それを見せながらの発表だ。

たとえば、SDGsのゴール6は「安全な水とトイレを世界中に」。そのなかでもターゲット6.2は、「2030年までに、女性や少女、状況の変化の影響を受けやすい人々のニーズに特に注意を向けながら、すべての人々が適切・公平に下水施設・衛生施設を利用できるようにし、屋外での排泄をなくす」である。それに対してあるグループは「日本のお手洗いを世界中に羽ばたかせよう!」というキャッチコピーをつけた。

たとえばゴール12は「持続可能な消費・生産形態を確実にする」だ。なかでも課題12.3は「2030年までに、小売・消費者レベルにおける世界全体の一人あたり食品廃棄を半分にし、収穫後の損失を含めて生産・サプライチェーンにおける食品ロスを減らす」である。それに対して生徒たちがつけたキャッチコピーは「食品ロスを減らした量だけ食べるものがない人の命を救う」だった。

プレゼンテーションは英語で行われる。中学2年生にしては、端的だが論理的なわかりやすい英語だ。"The goal of No.( ) is ( ). It sloves ( ), ( ), ( ) and ( ). The target of No.( ) is for ( ). The goal is ( ). I thought ( ). I can ( ). My copy is ( )."というパターンを踏襲している。

まずは目標と課題の趣旨を説明し、それに対して自分にできることを考え、それを自分の言葉でキャッチコピーにするという思考回路そのものをシンプルな構文の英語にして発表しているのだ。プレゼンテーションに使う英語表現としては誰が聞いてもわかりやすく、過不足がない。

環境問題や人権問題に関するちょっと難しい単語が出てくることはあるが、みんなが同じ構文で自分のプレゼンテーション原稿を用意しているので、友達のプレゼンテーションを聞いても、何をどういう順番で話しているのかは最低限理解できる。発表が終わると質疑応答。そこは日本語でやりとりしてよいことにした。

一通りのプレゼンテーションが終わった授業の最後、担当の大井藤花教諭が生徒たちの健闘を称える。

大井さん みなさん、本当によく頑張りました。どうだった?

生徒A 楽しかった!

大井さん 先生たちにいろんなこと聞かれちゃった?

生徒B 怖かったです(笑)

生徒一同 ハハハ!

大井さん 答えられないことあった? 17個あるゴールをみんなで1つ1つ調べましたが、それぞれ知らなければいけないことが100あるとしたら、いまみんなが知っていることはきっとまだ10くらいなんです。みなさんはその10のなかでいっぱい調べて準備してプレゼンテーションを仕上げました。でも先生たちが聞いてくることって、残りの90のほうだったりするでしょ(笑)。たくさん準備してきても、答えられたところと答えられなかったところの両方があると思いますが、まず第一歩として、自分たちで調べて、考えて、発表するということがとてもすばらしかったと思います。しかも英語で発表したでしょ。日本語だと日本のひとにしか伝わりませんよね。でも英語で発表できれば、たとえば外国のお友達がいれば、そのひとにも伝えてあげられます。そういう意味をみんなが感じてくれればうれしいなと思います。来年からはこういう調べ学習がたくさん始まります。今年この英語の授業でずっとやってきたこのことが、来年の学習への第一歩になればいいなと思っています。よく頑張りました!

学べば学ぶほど、10の部分が増えるだけでなく、90の部分も増えていくのが探究活動の宿命である。それが教科書に書かれていることを100%覚えれば満点がとれる学習とは根本的に違う。

2021年度から新学習指導要領に沿った新カリキュラムがスタートし、探究的学習の機会が増える。女子聖学院では、2021年度に中1から中3まで1人に1台ずつiPadをもたせることも決まっており、若手教員で構成された探究・ICT委員会が現在この準備に当たっている。

委員のひとりの川村明子教諭は「英語のSDGsがまさにそうですが、これまでも各教科の中で探究型学習は行われていました。その点と点を、建学の精神に照らし合わせながら結びつけ、学校全体として体系化していくのが私たちの役割です」と言う。女子聖学院の建学の精神は「神を仰ぎ人に仕う」である。

社会科も国語科もプロのコピーライターも巻き込んだ

約8カ月間におよぶプロジェクトだった。1学期にはまず、英語の教科書に小笠原諸島の自然について書かれているのをきっかけにして、小笠原諸島の自然環境について調べ、新聞形式でまとめる課題から始めた。同時に大井さんは、社会科の授業の中でもSDGsについて教えてもらうように、社会科の教員に働きかけた。社会科の教員も快くそれを引き受け、英語科と社会科のコラボが実現した。さらに社会科の教員の働きかけで、各クラスのロングホームルームでゴミ問題に関する動画を視聴する機会も設けられた。

一方で大井さんは、最終的にiPadを使ってのプレゼンテーションを最初から想定していたため、ちょうどコロナによる休校期間中に、iPadの操作に慣れさせる課題も用意した。教科書に出てくる英語劇のスキットを利用して、人形やイラストを使用した動画づくりをさせたのだ。

次に『もし世界が100人の村だったら』を英語で読み聞かせた。「いわばショック療法的に、世界の問題に目を向けてもらおうと考えました」(大井さん、以下同)。物語をもとに、たとえば富裕層と貧困層の所得の差を、ペットボトルの水の量として視覚化して比較したりもした。「情報としてだけではなくて、正直なところどう感じたかという思いを育ててほしいという狙いがありました」。

その後、ちょうど朝日新聞社が「SDGs 169 TARGETS アイコン日本語版製作プロジェクト」を企画しているのを知り、これに乗っかることにした。そこでも大井さんはもちまえの「巻き込む力」を発揮する。広告会社でコピーライターをしている親戚に頼み、英語の授業の中で、伝わるコピーの書き方を講義してもらったのだ。

特別講義では、みんなに向けて考えると誰にも伝わらないから、1年前のSDGsを知らなかった自分に向けてキャッチコピーを考えてみようとのアドバイスをもらった。プロのアドバイスをもとにして、国語科の教員が伝わるキャッチコピーをつくるためのワークシートをつくってくれた。

(A)誰のためなのか、(B)Aがどうなることを目指しているのか、(C)そのために取り組むことは何かの3つの要素を整理してつなげると「(  )番は、(A)を対象とした目標です。その(A)が(B)となることを目指します。そのために(C)に取り組む、というものです」という文章ができあがる。その文章をパンチ力のある短い言葉に言い換えることができれば、キャッチコピーができあがる。編集者が記事のタイトルを考えるのと同じ思考回路である。

それを英語に置き換えるためのシステマチックなワークシートも4段階用意した。「自分たちが勉強した構文が、実際にこういう形で使えるんだということを感じてほしいなと思ったので、いままでに習った文法事項だけでつくれる構文を用意して、そこに単語を当てはめるようにしました。経済や政治に関する用語でも、単語だけなら調べることができるので」。その一部が冒頭に紹介したプレゼンテーションのパターンである。

自分が感じたこと考えたことを表現する部分の英語はパターン化が難しい。そこで大井さんは、生徒一人一人の日本語の文章を、彼らが知っている英語構文に直訳しやすい日本語に書き直してあげた。そこから先は生徒自身で英語に直すことができるし、授業で習ったあの構文はこういうときに使うのかということが実体験として理解できる。英語の知識は十分にあるのに、会話となると咄嗟に言葉が出てこなくなってしまうひとは、実はこの工程が苦手なことが多いのだ。

英語の授業としては珍しいアプローチだが、ユニークで面白いと思う。これに時間を取られる分、教科書的な勉強にあてられる時間が少なくなるのではないかとも思うが、その点について大井さんには信念がある。

「生徒たちの様子を見ながら、教科書の中のことだけじゃなくて、世の中のいろんなことの中からいま何を盛り込んだら子どもたちが楽しむかを考えています。結局学ぶことは同じなのですが、どれだけ身につくかは、時間数とかじゃなくて内容次第だと思うんですよね。英語の得意な子は教科書の枠にとらわれずにどんどん進めばいいですし、逆に苦手な子に関しては最低限これだけできていれば大丈夫という部分を示してあげて、それだけでも使えるようになってもらえればいいと思っています。苦手な子は、教科書の内容をあれもこれも詰め込まれるとますます嫌になってしまいますから。今回のSDGsの授業では、英語が苦手な子でも『あ、ほんとだ、使えた!』というシーンがいっぱいありました」

英語科の教員以外も多数見学に来た(筆者撮影)
英語科の教員以外も多数見学に来た(筆者撮影)

失敗すらさらけ出し軌道修正するしたたかさ

すでに朝日新聞へのキャッチコピーの応募はすんでおり、この日無事プレゼンテーション大会も終わったわけであるが、すべてが計算通りだったわけではない。2カ月くらい前、大井さんはいっしょに学年を担当する2人の英語教員に平謝りしたという。

プロジェクトの計画を生徒たち自身に立てさせて自律的に進めてもらおうと思っていたが、実際にはうまく進められなかった。ギリギリまで口を出すまいと思って、黙っていたが、待ちすぎた。生徒たちは自分たちの力ではどうしていいのかわからなくなって、このプロジェクト自体を重荷に感じるようになってしまったのだ。そこで大井さんは2人の同僚に頭を下げて、緊急の介入を行うことを宣言した。生徒たちにも率直に自分の指導のミスを認め、「ごめんね。無理を押しつけたから、嫌になっちゃたよね」と謝罪して、仕切り直しを行った。

少々待ちすぎたとはいえ、大井さんは自分の意図や予定したやり方に子どもをあてはめようとはしなかった。「あれ? おかしいぞ」と感じたとき、初心に返り、子どもたちをよく見て、彼らが学びの意欲を感じられる状態をつくることを第一に考えた。それが功を奏してこの日無事プレゼンテーション大会を迎えることができたわけだ。続けて大井さんは切実な表情で訴える。

「来年から本格的に始まる探究型の授業も、ここが本当に鍵だなと思います。教員間でものすごく密に連絡を取り合うのは大前提で、そのうえで生徒たちをよく見て柔軟に対応し、タイミングを間違えずに適切な言葉がけや介入をしなければうまくいかないと思います」

逆に、「新学習指導要領が始まるから」「世の中のニーズだから」「職場の命令だから」という受け身の姿勢で導入される探究活動が生徒の主体性など引き出すわけがない。その構造自体がすでに矛盾しているからだ。また、「このような教え方をすれば子どもたちにはこんな学力が身につくはずだ」などというのが机上の空論であるということは、教育現場に関わる者なら誰でも知っている。

何よりこのSDGsプロジェクトは大井さんの切実な思いからスタートし、大井さん自身がいちばん試行錯誤して、探究している。それが探究学習のあるべき姿だと私は思う。教員がこのように真摯でかつ自由でいてくれたら、勉強好きな子どもが増えるに違いない。卓越した教育者に出会ったときに感じる興奮を、私は大井さんとの会話中に感じていた。

……探究学習に関する記事としては、ここで筆を擱いてもいいのだが、最後にもう一つだけ、どうしても付け加えておきたいことがある。

今回大井さんは、自分の失敗までを私に話してくれた。実は生徒たちへのインタビューでも、彼女たちはときに自分のネガティブな経験や思いまでを含めて、本当の自分を惜しみなくさらけ出してくれたのである。つまり、だめな部分も含めて自分を認める本物の自己肯定感が、教員にも生徒にも共通していたのだ。ままならない状況の中からも何かを得ようとするしたたかさまで共通だった。

これは態度であってスキルではないので、簡単に言葉で教えられるものではない。おそらく116年におよぶ女子聖学院の歴史のなかで醸成されてきた空気が、彼女たちに作用しているのだ。それが女子聖学院という学校の最大の魅力であるように私には感じられた。

プロテスタントの伝統校(筆者撮影)
プロテスタントの伝統校(筆者撮影)

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