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記述式問題導入も延期の見通しで大学入試改革はこれからどうなるか?

おおたとしまさ育児・教育ジャーナリスト
イメージ(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

教育再生実行会議の第四次提言はほとんど実現していない

2020年度大学入試改革の目玉の1つであった、大学入学共通テストへの記述式問題導入が見送られる見通しであることを複数のメディアが伝えている。「文科省は導入を見送る方向で調整を進めていて、萩生田文科相が最終的に判断したうえで、来週にも表明する見通し」(日テレNEWS24)とのこと。

自己採点の難しさなどが指摘されていた国語だけでなく数学の記述式問題もなくなる。国語の記述式問題はテスト全体の満点とは別にプラスαとして評価が付くしくみだったが、数学の記述式問題は100点満点のなかに組み込まれることになっていた。2回目の試行テストでは100点満点中15点が記述式問題に割り当てられていた。今後配点や問題数の調整も行わなければいけない。

共通テストの数学では従来のセンター試験から出題傾向が変わることになっているが、記述式問題を含まない形での試行テストはこれまで行われていない。試行テストをしないまま新出題傾向での配点や問題数や難易度の調整が可能なのだろうか。場合によっては出題傾向もセンター試験の形式に先祖返りさせる可能性も現時点では消し去れない。

11月1日には英語民間試験の導入延期も発表されており、これで2020年度の大学入試改革の二本柱の両方がなくなる。実質的に「センター試験」の名称を「大学入学共通テスト」に変更するだけ。もちろん配点や出題傾向の変化はあるが、それだけならばセンター試験の名称のままその枠組みの中で変更すればよい。大学入試改革は今後どうなるのか。

今回の大学入試改革の「青写真」は、教育再生実行会議が2013年10月31日にまとめた「高等学校教育と大学教育との接続・大学入学者選抜の在り方について(第四次提言)」である。以下がその概要とそれに対する現在の状況。

<センター試験について>

・センター試験を廃し、代わりに「達成度テスト(基礎レベル)(仮称)」と「達成度テスト(発展レベル)(仮称)」の2段階のテストを実施する

→「達成度テスト(発展レベル)(仮称)」は「大学入学共通テスト」の名称で実施予定。「達成度テスト(基礎レベル)(仮称)」は「高校生のための学びの基礎診断」として試行実施中、2024年度から本格実施予定。

・これらは年間複数回実施する

→「大学入学共通テスト」の年間複数回実施は高校での授業進度との兼ね合いから当面見送られることが決定済。「高校生のための学びの基礎診断」は民間業者に委託することで年間複数回実施される見込み。

・これらは1点刻みではなく段階別の結果を出すようにする

→「大学入学共通テスト」の国語の記述式問題で段階別評価をする予定だったが、記述式問題自体がなくなった。英語民間試験の結果もCEFRに対応した段階別評価をする予定だったが、それもなくなった。

・外部検定試験の活用も検討する

→「大学入学共通テスト」への英語民間試験導入は見送られた。「高校生のための学びの基礎診断」は民間業者への丸投げの形で実施される見込み。

・コンピュータを使用した試験実施も視野に入れる

→英語民間試験では一部でコンピュータが活用される予定だったが、英語民間試験の活用自体が延期された。「高校生のための学びの基礎診断」では一部でコンピュータを活用する予定。

<個別の大学入学者選抜について>

面接、論文、高等学校の推薦書、生徒が能動的・主体的に取り組んだ多様な活動、大学入学後の学修計画案を評価するなど、多様な方法による入学者選抜を実施し、これらの丁寧な選抜による入学者割合の大幅な増加を図る。推薦・AO入試に関しては「達成度テスト(基礎レベル)(仮称)」の利用を示唆。

→「生徒が能動的・主体的に取り組んだ多様な活動」に関しては「eポートフォリオ」というシステムを構築済。しかし入試の合否に使用する大学はいまのところほとんどない。推薦・AO入試に活用される「達成度テスト(基礎レベル)(仮称)」は「高校生のための学びの基礎診断」の名称で2024年度から本格運用の予定。

当初の思惑がすでにほとんど跡形もなくなっているのがわかる。ちなみに「新テスト」への記述式問題導入を検討する旨が記されたのは、2014年12月22日に中央教育審議会が発表した答申でのことだった。この答申ではまた、教科の枠組みを超えた「合教科・科目型」「総合型」のテストも2020年度から実施することを検討するとされていたが、これについてはすでに立ち消えになっている。

高校以下の教育が大学入試に縛られないようにすることこそが本当に必要な改革であるはずだし、大学入試は各大学がそこで学ぶにふさわしい学生を見出すために行うことなのに、高校以下の教育を有無をいわさず変えるためのツールとして大学入試を都合よく利用しようとしたことが大いなる本末転倒だったのだと思う。しかも民間試験の活用や記述式導入など、手段であったものが途中から目的化してしまった。この時点で本質的な改革は期待できず、いずれ大混乱が起こることは予見できた。

良かれと思って実行した施策がまったく思わぬ形でネガティブな効果をもたらすことはいつの時代にもある。誰も悪くしようなどとは思っていない。

記憶に新しいところではいわゆる「ゆとり教育」にともなう混乱であり、1979年の「共通一次試験」開始による大学の序列化であり、東京都においては1967年の「学校群制度」によって都立高校離れが生じたという事例もある。1961年には、現在の「全国学習到達度調査(通称:学テ)」に相当する「全国中学校一斉学力調査」が実施されたが、結局地域間競争の道具とされてしまい、1966年には中止が決定された。1927年と1939年には旧制中学の入試で学科試験が禁止されたが、むしろ入試のブラックボックス化が進み、結局元に戻った。

未確定な情報の断片からも一筋の道理を見出し先を読む力がこれからはますます求められる。今回の混乱でそれが実際に試されたことは皮肉である。

今後は「学びの基礎診断」と「eポートフォリオ」に注目

忘れてはならないのは、2020年度は大学入試改革の初年度にすぎないということだ。2024年度には「第2次大学入試改革」とも呼ぶべき改革が実施される予定である。英語民間試験や記述式問題の導入をとりあえず2024年度まで延期するとしたのは当然、第2次大学入試改革のタイミングを意識してのことだ。

拙著『大学入試改革後の中学受験』を執筆した2019年10月の時点では、2024年度の大学入試改革では以下のことが実施されることが決まっていた。

(1)「大学入学共通テスト」の英語をなくし、英語民間試験に完全移行する

(2)「大学入学共通テスト」の国語の記述式問題の解答の文字数を増やす

(3)「大学入学共通テスト」の地理歴史・公民分野や理科分野等に記述式問題を導入

(4)「大学入学共通テスト」の複数回実施

(5)「高校生のための学びの基礎診断」の本格実施

これらが今後どうなるか、これまでの経緯を踏まえて予測する。

(1)について、2024年度の英語民間試験への完全移行は不可能だろう。今回あれだけの問題が浮き彫りになり、共通テストへの英語民間試験導入自体難しくなった。50万人規模のテストにおける記述式問題の導入自体が無理筋であることが今回わかったため、(2)(3)についてももはや非現実的だ。(4)は可能性としてなくはない。ただしその場合、学習指導要領との兼ね合いが大きな問題になる。学習指導要領の意味合いを変えてまで複数回実施を優先するかといえば、その可能性は低い。

2020年度の大学入試改革でこれだけの混乱が生じてしまったため、2024年度の第2次大学入試改革も大幅な路線変更を余儀なくされることは間違いない。

気になるのは(5)の「高校生のための学びの基礎診断」である。これが「大学入学共通テスト」と対を成すセンター試験の後釜のテストであることは前述の通り。高校在籍中に複数回受験し、高校生としての学びが定着しているかを定期的に測定し、高校教育のカリキュラム・マネジメントに活用すると同時に、推薦入試やAO入試の学力判定にも使用する前提だ。

そもそも一連の大学入試改革の目的は、センター試験を変えることではなく、個別の大学入試において推薦入試やAO入試のような形態の入試の割合を増やし、「脱ペーパーテスト」を実現することだった。そこが本丸だ。

その意図に呼応するように、東大と京大でいわゆる「推薦入試」を2016年度から開始した。国立大学協会は2021年度までに入学定員の30%を推薦入試、AO入試、国際バカロレア入試(国際基準の大学入学資格を利用する方法)などにあてることを宣言していた。

そこで「高校生のための学びの基礎診断」と「eポートフォリオ」が大きな役割を担うことになるというのが大学入試改革当初の思惑だ。

しかし、「高校生のための学びの基礎診断」の実態が、民間の検定や学力テストへの丸投げであることはほとんど報道されていないし、現在文部科学省が作成する「高校生のための学びの基礎診断」に関するパンフレットでは、大学入試改革との関連は一切触れられていない。

文部科学省はすでに民間の検定試験や学力テストに「高校生のための学びの基礎診断」としての認定を与えている。「英検」「数検」「文章検」などの検定試験や、学研系の「基礎力測定診断」、ベネッセ系の「ベネッセ総合学力テスト」、リクルート系の「スタディサプリ学びの活用力診断」などが認定を受けている。

英語民間試験導入のために英検やGTECに認定を与えたのと同じスキームだ。これが突如、2024年度以降の大学入試に大きな影響を与えるものとして急にクローズアップされるようなことがあるならば、今回の大混乱の二の舞になりかねない。

また、「eポートフォリオ」については、すでにベースとなるシステムは構築されており、ベネッセとソフトバンクが共同開発した「classi(クラッシー)」などの個別システムが各高校に導入されている。それが実際どのように活用されるのかは現段階では不明だが、高校からしてみれば大学入試改革に対応するための先行投資である。

ただし、いくら高校3年間の活動をオンライン媒体に逐次記録していったとしても、それを一気に大量に審査する機能が現在の大学側にほとんどない。これを大学入試の合否に広く活用するのはどう考えても不可能だ。高校の現場でも懐疑的な意見が多いが、導入しなかったがために万が一生徒に不利益があってはならないという判断から、導入に踏み切らざるを得ないのが現状だ。

英語民間試験導入をめぐっては、議論の過程がブラックボックス化されていたという指摘がある。「高校生のための学びの基礎診断」と「eポートフォリオ」についての議論はぜひオープンに進めてもらいたい。

一時は「明治以来の大改革」とまでうたわれた大学入試改革がこのありさま。かといって、英語の4技能は磨かなければいけないし、自分の考えを論理的な文章で書く技術も身につけておかなければいけない。それらは大学入試のために必要なのではなく、世の中で生きていくために必要だからだ。

この大混乱からも受験生は学ぶべきことがある。「大学入試はしょせん大学入試でしかない。大学入試制度ごときに振り回されるのがいちばん愚かだ」ということだ。仮にこのまま大学入試改革がこけおどしで終わったとしても、しっかり英語力や記述力や思考力を身につけ、「大学入試制度で脅されなくても、はじめからそんなことわかっとるわい!」と、大人たちを見返してほしい。

育児・教育ジャーナリスト

1973年東京生まれ。麻布中学・高校卒業。東京外国語大学英米語学科中退。上智大学英語学科卒業。リクルートから独立後、数々の育児・教育誌のデスクや監修を歴任。男性の育児、夫婦関係、学校や塾の現状などに関し、各種メディアへの寄稿、コメント掲載、出演多数。中高教員免許をもつほか、小学校での教員経験、心理カウンセラーとしての活動経験あり。著書は『ルポ名門校』『ルポ塾歴社会』『ルポ教育虐待』『受験と進学の新常識』『中学受験「必笑法」』『なぜ中学受験するのか?』『ルポ父親たちの葛藤』『<喧嘩とセックス>夫婦のお作法』など70冊以上。

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