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難関化する公立中高一貫校とその対策の実態 学習塾enaはなぜ躍進できたのか?

おおたとしまさ育児・教育ジャーナリスト
enaのチラシ(著者撮影)

西東京ではenaの合格者数が定員の6割を超える

 東京都に最初の公立中高一貫校ができたのは2005年。大学進学実績が出てからは難関化が進んでいる。2017年の四谷大塚合格率80%偏差値を見ると、小石川で男女ともに64。これは同日に入試を行う、慶應義塾中等部(男子)、神奈川御三家の浅野、人気女子校の鴎友などに匹敵する難易度だ。同様に武蔵で男子61/女子64、両国で男子60/女子62。私立中高一貫校受験でも難関校の部類に入る偏差値帯だ。

  いち早く公立中高一貫校の適性検査に特化したコースを設置し、多くの合格者を出すことに成功したのが西東京を中心に教室を展開する学習塾enaである。2017年度の東京都下の公立中高一貫校11 校への合格者総数は738名。総募集定員に対するenaの合格者占有率は約5割で、西東京多摩地区の4校に限った占有率はなんと6割を超える。東京都の公立中高一貫校対策塾として、圧倒的な強さを誇っているのだ。

 全国的に見ても、公立中高一貫校対策でこれだけの実績をあげている塾は珍しい。

経営危機にあったからこそ新市場に打って出た

 1972年に国立市に創立された小さな塾「国立学院」がenaの祖。創立者は現在の学究社(enaの母体)の取締役会長兼代表執行役社長・河端真一氏である。学生起業だった。1970年代といえば、経済成長に合わせて高校進学率が上昇し、塾が乱立した時期である。

 河端氏は、塾長として勉強を教えることだけでなく、経営者としての手腕にも長けていた。1976年に「学究社」として法人化すると、1985年には塾業界初となる株式上場を果たした。当時最年少の上場社長となった。

 1991年、大学・高校・中学受験の最難関をターゲットにした専門塾ブランド「ENA」を立ち上げる。同じころ、日能研が八王子に進出した。時代的にはちょうどサピックスがTAPから分裂した直後にあたる。塾同士による講師の引き抜き合戦も盛んだった。まさに中学受験塾の戦国時代である。

 1996年には塾ブランドを「ena」に統一するも、その後、経営的には非常に厳しい局面を迎える。2000年代に入ってからは大手塾の勢いに押され、地元塾との競争にも疲弊し、活路を見出せずにいた。

 都立中高一貫校の構想が発表されたのはちょうどそのころだった。立川国際、三鷹、武蔵と、国立の近くにもできる。これに機を見た河端氏の判断は速かった。都立中高一貫校対策に舵を切ると決める。都立中高一貫校の開校予定に合わせて、その通学圏に当たる沿線に、小規模の教室を一気に展開した。

 経営的に追いつめられていたからこそ、誰よりも早く「新市場」に打って出る決断をしたのだ。もし当時、enaの経営が順調だったなら、いまごろ都立中高一貫校対策塾にはなっていなかったかもしれない。

私立・桐朋の入試対策ノウハウを転用

 しかし公立中高一貫校対策のノウハウなんて誰も知らない。

「最初に白鴎のサンプル問題を入手したときには『なんじゃこりゃ?』でしたよ」

 そう言って笑うのは、学究社専務の池田清一さん。池田さん自身、創立直後の国立学院で学んだ、河端社長の直接の教え子である。

「何をしたらいいのか、当時は見当もつきませんでしたが、とりあえず作文だけは徹底的に書ける子を育てようというところから始まりました。そこで、うちの塾が長年私立桐朋中学校・高等学校への対策を行っていたことが役立ちました。桐朋中学の国語の問題はもともと記述式です。桐朋対策として、記述を指導するノウハウは十分に蓄積していたのです」

 enaの公立中高一貫校対策も、もとを正せば私立中学受験ノウハウの転用だったということだ。

「『柔軟に考えないと解けません』などと言いながら、実際は45分間の中でかなりのスピードで解かないと合格できないので、熟考している時間なんてありません。問題を見てパッと解法が浮かぶように鍛えておく必要があります」

 そこに塾としてのチャンスがあった。第2章で見た通りの、問題を見て瞬時に難易度と解法を見極め、パターンに準じたそつのない答案をつくりあげるための指導を確立した。私立中学受験指導の癖がついていない若い講師たちが、新しい指導法に素直に取り組んでくれた。

都立高校の合格実績が伸びた意外なわけ

 ただし、東京都の公立中高一貫校の倍率は5〜8倍である。いくらenaで対策したとしても、大量の受検生が不合格になっている事実は疑いようがない。

 そこでenaは、都立中高一貫校を不合格になり普通の公立中学校に進学することになった生徒たちに対し、1年間無料で平常授業を提供すると決めた。

「経営的にはマイナスですが、責任としてそうすべきだろうと判断しました。そうしたらたくさん来てくれて。その子たちがのちに高校受験で思った以上に高い実績を出してくれたのはうれしかったですね。都立高校の合格実績が跳ね上がった。それで都立中高専門塾enaができあがったんです」

 2017年度の合格実績は、立川高校92名、国立高校77 名、八王子東高校59名。

「enaが都心部にも教室を増やしたのは最近ですから、3年のタイムラグを考えると、来年再来年あたりには都心部でも似たような状況になるのではないかと予想しています。『なんでenaって新宿高校にこんなに合格者を出しているんだ?』みたいに(笑)」

ゆるい中学受験のすすめ

 実際のところ、受験勉強は構造的に過酷になりやすい。資格検定試験と違って、一定基準を満たせば全員合格ということにはならない。自分が100頑張っても、ライバルが101頑張れば、自分は落ちてしまう。だから自分は102頑張る。それをくり返していくと過当競争が生じる。

 難関私立中高一貫校受験においては、すでに競争が過度になっているきらいがたしかにある。受験テクニックが確立し、みんなが同じ勉強をしているので、より多くの量をこなした者が戦いを制する構図になっているのだ。そうなると、無理をしてでも量をこなそうとする者たちが出てくる。中にはつぶされてしまう子供もいる。

 私は拙著『公立中高一貫校に合格させる塾は何を教えているのか』(青春新書インテリジェンス)執筆のためにenaの授業を見学した。enaの授業にはいい意味での“ゆるさ”があった。

 12 歳が自分の未来を切り拓くために行う努力として、これくらいがちょうどいいのではないかと感じた。私立中学受験にも、これくらいの“ゆるさ”があっていいのではないかとつい思ってしまう。筋のいい子供なら、それで実際にenaの授業だけでも偏差値60くらいの私立中高一貫校にも合格できてしまうというのだから。

 過当競争が生じてしまうのは、進むレールが単線で、価値評価基準が1つである場合だ。公立中高一貫校ができ、私立中高一貫校にも適性検査型入試が導入され、多様な進路、偏差値では表しきれない学力観が広まれば、幾分かは競争も緩和するかもしれない。

入試改革が静かに同時多発的に始まっている

 2020年度以降予定されている大学入試改革には、大学入試を変えることで、その下の教育をドミノ倒し的に変えていこうという思惑があった。しかしいまのところわかっている情報によれば、当初の理想とはだいぶ違う落としどころに収まりそうな雲行きだ。結局何も変わらないのだろうか……。

 公立中高一貫校という新しい形態の学校が出現し、学力試験を行ってはいけないという縛りの中で適性検査という新しい形態の入試が登場し、それに対応する塾が躍進し、いままでになかった授業が生まれた。この一連の流れが、自然発生的に生じたことに、私は小さな希望を感じている。

 私はいま、この国の教育は、意外と下から変わっていくのではないかと、うすうす感じている。そしてその動きは、同時多発的に、おそらくすでに始まっている。

育児・教育ジャーナリスト

1973年東京生まれ。麻布中学・高校卒業。東京外国語大学英米語学科中退。上智大学英語学科卒業。リクルートから独立後、数々の育児・教育誌のデスクや監修を歴任。男性の育児、夫婦関係、学校や塾の現状などに関し、各種メディアへの寄稿、コメント掲載、出演多数。中高教員免許をもつほか、小学校での教員経験、心理カウンセラーとしての活動経験あり。著書は『ルポ名門校』『ルポ塾歴社会』『ルポ教育虐待』『受験と進学の新常識』『中学受験「必笑法」』『なぜ中学受験するのか?』『ルポ父親たちの葛藤』『<喧嘩とセックス>夫婦のお作法』など70冊以上。

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