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男子校でも結婚・出産・育児・家事に関する教育を

おおたとしまさ育児・教育ジャーナリスト
(写真:アフロ)

女子校の教育にあって男子校の教育にないもの

2017年の初春、東京都練馬区にある名門男子校・武蔵高等学校中学校で、特別授業をさせてもらった。もともとは書籍企画『名門校「武蔵」で教える 東大合格よりも大事なこと』の取材のために学校に通い詰めていたのだが、せっかくならば授業をやってもらえないかという光栄な依頼を受けて実現した。

対象は中学3年生全員。持ち時間は2コマ分。テーマはおまかせ。そこで「ある男子校生のライフプラン」というお題を設定した。「ある男子校生」とは武蔵の生徒たちのことであり、かつての私自身のことでもある。私も男子校育ちなのだ。

女子校においては、自分たちが女性であることを前提に、将来何を想定しておかなければいけないのかを考えさせる教育プログラムを用意している場合が多い。平均的に30歳前後で結婚して出産することを考えると、その前後のキャリアをどう設計するのか、10代のうちから考えておくべきだというのだ。

しかし男子校におけるそのような教育プログラムはあまり聞いたことがない。何歳くらいで育休を取るのかなど考えたこともないまま高校を卒業していく生徒も多いだろう。「おっきな夢をもて」というようなことは言われるかもしれないが、パートナーとともに歩む人生に対する想像力が著しく欠如している。私もかつてそうだった。

共学校ならまだましだ。近くに女子がいて、なんとなくそういう雰囲気を感じることができる。男子校では、同じ年頃の女子たちが、将来に対してどんな希望や不安を抱えているのかを感じる機会がない。そこが武蔵に限らず男子校教育に共通する最大のアキレス腱だと思われる。

日本は男性優位社会なのに男性が不幸なのはなぜか?

まず、日本は世界的に見てもジェンダーギャップの大きい国であることを示すデータを見せた。当然男性が優位な社会であるという意味だ。次に、日本は世界的に見ても女性の幸福度と男性の幸福度の差が大きいことを示すデータも見せた。実は女性の幸福度のほうが高いのだ。「なんでねじれているんだと思う?」。そう問いかけた。

昨今、「女性だけが育児や家事をすべきだ」と考える若者は少ない。しかし「男性は一生働くものだ」という社会的思い込みは強い。仕事を中心とした社会において、男性の論理でさまざまな仕組みが整えられていることは間違いないだろう。一方で、男性はその仕事社会から降りるという選択を認められていない。それが「ねじれ」として表れているんじゃないか。そう訴えた。

よく「女性には生理的な限界があるので、選択を迫られる」と言われる。しかし妊娠・出産・育児というライフイベントでキャリアの中断を迫られるのが女性の側だけというのはおかしい。たしかに妊娠・出産は女性にしかできない。しかし無事に赤ちゃんさえ生まれて、母体が回復すれば、女性が職場に復帰して、男性が育児や家事を主に担う役割を果たしてもいいはずだ。

要するに、21世紀のど真ん中を生きる「未来のおじさん」たちに、「出産・育児は女性がやるものだと決めつけるのはおかしいんじゃないか」「キミたちが育児・家事を担うという選択もある」「キミたちにだって(企業組織に属しては)働かないという選択肢もある」ということを伝えたかった。「男性であること」にとらわれず、あらゆる思い込みを捨てて、あらゆる選択をテーブルの上に並べて自分の人生を決めてほしいと伝えた。

男性の人生は女性よりも不確実性が高い!?

女性の場合、誰と結婚しようと、自分が子供を妊娠・出産できる期間は限られる。しかし男性の場合、相手の女性の年齢によってその時期がずれる。その意味では、ライフプランを考えるうえで、女性よりも不確実性が高いとも言える。だからこそ、自分の人生がいつどんな展開になったとしても悔いのない選択ができるように、今から入念に将来の生き方を想像してほしい。

どんな大学に行くことになるのか、どんな職業に就くことになるのか、それも大事だが、将来のパートナーと、どんなふうに人生を支え合うことができそうか、それをちょっとでいいから今からイメージしてほしいのだ。

「どんな仕事に就くの?」「何歳くらいで結婚するの?」「いつまで働くの?」「妻の職業は?」「何歳くらいで子供がほしい?」「育休は取るの?」「子育てはどれくらいする?」「家事はどれくらいやるつもり?」「子供は何人くらいほしい?」「そもそも働くの?」などの問いを続けざまに投げかけた。

要するに「キミはどうやって生きていきたいんだ?」「キミにとって本当に大事なものは何なんだ?」という問いである。

「キミたちのほとんどは、大学に行き、仕事に就くでしょう。でも男性にだって働かないという選択はある。妻が外で働いて、夫が家のことをするというライフスタイルだってあり。『男なんだからオレが稼がなきゃ』という義務感で仕事をしていたら、仕事がうまくいかなくなったときにきっときつくなるよ。いろんな選択肢がある中で、好き好んで自分はいまこれを選んでいるんだと言えるように、自分の選択に責任をもつことが大事。自調自考を学んだキミたちならそれができるはず」。偉そうに、そんな話をした。

たとえば同じ仕事でも、自分で選んだ仕事はいくらやっても苦しくないが、人からやらされた仕事をイヤイヤ続けているとつらくなることがある。人生の選択も同じだ。自分で選んだ人生だと思えば、少々の困難は乗り越えられる。しかし困難を誰かのせいにしたときに、「自由」はその手からこぼれ落ちる。

「自由」とは「無限の問いの集合体」である。そこで考えることをやめたら「自由」ではいられなくなる。

中学3年生にはかなり難しいテーマだったと思う。しかしさすがは武蔵生。授業後のアンケートを見せてもらうと、「答え」は当然ないものの、「問い」は彼らの胸に届いていることが感じられた。

男子校では「頼れる男子」を演じる必要がない

特に男子校においてはそういう問いかけが今後ますます重要になるだろう。そうでないとこれからの時代を生きていくのはますますつらくなる。いやむしろ、男子校だからそういう問いかけをしやすい面もある。女子から見た「かっこいい男子」「いけてる男子」「頼れる男子」を演じる必要がないからだ。「男性であること」にとらわれず、あらゆる選択をテーブルの上に並べて率直な議論ができる。

男子校には、男子校だからこそできる教育がある。海外の研究では、男女別学校では学力が伸びやすく、また、「男だから」「女だから」というジェンダーバイアスの影響を受けにくいという調査結果が複数ある。男子校や女子校の中には、性差が存在しないから、異性から見た自分を演じる必要がない。徹底的にありのままの自分でいられる。男子校ではいわゆるオタクだって堂々としていて、むしろ一目置かれたりする。

しかし現在、男子校はどんどん減っている。全国の高校の中で男子校の割合はすでに2.5%以下になっている。一人の「男」としてたくましく育てるだけでなく、パートナーとともにお互いを尊重しながら人生を歩むための素地も育む。そんな教育を実践することが、これからの男女共同参画社会において男子校が生き残る必要条件ではないかと思う。

現実社会において、男女の性的役割に関する偏りはまだまだ大きい。子育てと仕事を両立しなければいけない世代は、リアルタイムに偏りの是正に取り組まなければならないが、社会は急には変わらない。焦ればむしろ混乱が生じる。ましてや頑なに「男は仕事、女は家庭」を変えようとしない人たちにいくら正論をぶつけて働きかけてもおそらくムダだ。

そのエネルギーを新しい世代に向けたほうがいい。新しい世代に、今から考えるきっかけを与えておいて、世代交代を待つ。そうすれば、彼らがつくる社会は確実に変わるはずだ。自分たちの世代の反省を、次世代に活かしてもらう。そんな取り組みを今から始めておいたほうがいいだろう。

育児・教育ジャーナリスト

1973年東京生まれ。麻布中学・高校卒業。東京外国語大学英米語学科中退。上智大学英語学科卒業。リクルートから独立後、数々の育児・教育誌のデスクや監修を歴任。男性の育児、夫婦関係、学校や塾の現状などに関し、各種メディアへの寄稿、コメント掲載、出演多数。中高教員免許をもつほか、小学校での教員経験、心理カウンセラーとしての活動経験あり。著書は『ルポ名門校』『ルポ塾歴社会』『ルポ教育虐待』『受験と進学の新常識』『中学受験「必笑法」』『なぜ中学受験するのか?』『ルポ父親たちの葛藤』『<喧嘩とセックス>夫婦のお作法』など70冊以上。

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