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男性不妊治療の現実。妊活で勃起不全になる夫も……

おおたとしまさ育児・教育ジャーナリスト
(写真:アフロ)

射精ができるだけでは「わからない」

若いころはみんな、妊娠をしないようにと考える。しかしある日突然発想が逆転し,子作りが始まる。避妊をしなければ「できる」ものだと思っている人が多いが,しばらくして「できない」と焦らねばならなくなることも少なくない。

以前は日本では自然に性交渉をもって2年間妊娠の兆しがない場合に「不妊」とされていたが,現在では欧米と同様にWHOの示す「1年間」という定義になっている。WHOによれば、1年以上妊娠できず、医療的なサポートが必要なカップルはおよそ15%、医療的なサポートを受けても妊娠できないカップルが5%いる。

射精ができれば「自分には問題ない」と考える男性は多い。これは生理がある間は妊娠できると思っている女性と同様に大きな間違いである。妊娠できるかは精液の中にどれだけ健康で活発な精子が含まれているかにかかっている。不妊の原因は、男性にも女性にも同じ割合で存在するといわれている。

「男性の不妊検査は女性に比べれば負担が少ないですから、将来的に子供がほしいと思っているのなら、若いうちに一度精液検査を受けておくといいでしょう。仮に無精子症と診断されても、お子さんを授かるチャンスはあります。精巣の中に1個でも健康な精子が見つかれば、顕微授精という選択肢も開けるのですから」

そう言うのは、男性専門の不妊治療を行う恵比寿つじクリニックの辻祐治院長。

「最近はスマホを使って自宅でできる精液検査キットもあります。でも,あくまでも簡易検査ですから,それらを利用してみて少しでも悪い結果が出たら,専門施設でちゃんとした精液検査を受ける必要があります。若いうちに治療できれば、それだけ状況を改善できる可能性が高い」

つじクリニックのホームページでは、正常な精子と何らかの問題がある精子の違いを動画で見ることができる。

http://e-dansei.com/inspection-meaning/semen-analysis.html

男性の不妊検査では、精液検査のほか、触診、超音波による陰嚢内の検査、血液中のホルモン値の測定が行われるが,無精子症や精子の数が極端に少ない場合には染色体検査,遺伝子検査が必要なこともある。ホルモン検査の結果をみて投薬による治療が選択されることもあるが、男性不妊症で最も治療効果が高いとされているのが、精索静脈瘤手術だ。精索静脈瘤とは、精巣(睾丸)の静脈に、腹部からの血液が逆流してこぶ状にふくれたもの。正常男性の15%、男性不妊症の患者の40%にみられる。これが見つかった場合、外科的に手術を行うことで、精液所見が改善し,妊娠率が向上することが期待できる。

妊活で勃起不全に陥る夫も……

精子に問題がなかったとしても、妊活をはじめてから夫婦関係がぎくしゃくしてしまうことも多い。

「生物学的に考えて、男性には年に何度でも親になるチャンスがありますが、女性には年12回しかチャンスがありません。その違いゆえ、女性が味わう失望感を、男性はどうやっても理解できないのではないでしょうか。それで、月に1回のそのチャンスにセックスができないと、妊活中の妻は猛烈に夫を責めてしまう。でもそんなことが続くと、夫はほぼ100%ED(勃起不全)になります」

妊活中は夫婦のすれ違いも起こりやすい。いわば「妊活クライシス」だ。それが原因でセックスレスに陥ることもある。それでは妊娠どころではない。

夫婦とはいえお互いに立場は違う。100%理解し合うのはそもそも難しい。だからといって相手を思いやれないわけでもない。

「たとえば精液検査でいい結果が出ると、妻が余計に自分の責任を感じてしまうことがあります。それを思いやって、良い結果をあえて妻に報告しない夫もいます」

一方で、自分に原因があるという事実を突きつけられる可能性を考えると、検査に二の足を踏んでしまう男性が多いことは想像するに難しくはない。それで何カ月も何年も妻だけが不妊治療した挙げ句、ようやく夫が病院に行ってみたら、夫のほうに問題があったというケースもある。

「子づくりも子育ても夫婦が共同でするもの。仮にどちらかの体に問題があったとしても、それを2人で乗り越えて行くのが夫婦です。夫婦の一方にだけ問題がある場合、離婚して別のパートナーとの子供を授かるという方法もあるでしょうし、実際にそういう選択をされるご夫妻もいます。しかしふたりの子供がほしいと思っているのなら、最終的に授かれないこともあるということを受け入れたうえで、お互いを思いやりながら、お互いにベストを尽くして、ふたりが納得できる妊活をしてほしいと思います」

辻さんは日本の生殖医療の問題点も指摘する。

「日本は世界一の体外受精大国です。実数でいえばアメリカの2倍、人口比で考えればアメリカの5倍の体外受精が行われています。しかし精子の質が悪い状態で体外受精をしても成功率は低いまま。精子の質を改善することで、女性の負担を減らすことができることをもっと啓発していく必要があると思います」

精液の中にまともな精子がほとんどなかった……

千葉商科大学専任講師の常見陽平さんは、約5年前から妊活をしていたことを告白する。

「私が38歳で妻が37歳のとき、そろそろ子供をということになりました。排卵日だと言われて、作業のように行為にいたるのには、強い抵抗を感じました」

しかし1年経ってもできない。そこで医療のサポートを受けることにした。

「夫婦で行こうと誘われましたが、仕事が忙しいことを理由にして、私は病院には行きませんでした。正直、そこまでしなければいけないのかという疑問や抵抗感がありました。すごい事実を聞かされるんじゃないかという恐怖もありました。もっと早く行っていればと、今になっては思います」

人工授精まで試みたがうまくいかない。常見さん自身、「子供まだ?」と聞かれることがつらかった。フェイスブックや年賀状の家族写真もつらかった。社会をあげて「少子化対策」と叫ばれても、正直乗れない……。

「妻はもっとつらかっただろうと思います」

朝、書斎で原稿を書いていると、妻が「(生理が)来ちゃった……」と言って落ち込んでいることが何度もあった。友達に子供ができたことを聞いて、しょんぼりしてしまったこともあった。「どうやってなぐさめよう……」。常見さんは持ち前のユーモアで、妻をなごませた。

一時はあきらめかけた。「2人で愛し合っていればいい」「ペットでも飼おうか」という会話もした。なんとなく、1年ほど妊活を中断した。養子縁組も考えた。

しかし妻からの提案で、もう一度だけ挑戦してみようということになった。ようやく常見さんも覚悟を決めた。自分も病院に行き、精子を調べてもらった。結果に衝撃を受けた。精液の中に、ほとんどまともな精子が含まれていなかった。残された選択肢は顕微授精しかないことがわかった。

「あのとき病院に行っていれば、何度も妻を落胆させなくてすんだのに……」

何年もつらい不妊治療をしてきた妻に申し訳なかった。「目の前の人を幸せにして上げられない……」。男としての無力感も痛かった。

しかし妻は常見さんを責めなかった。それまで常見さんが自分を最大限にいたわってくれていたことがわかっているからだ。

身近にもいるかもしれない、不妊の当事者

常見さんは、妊活中あるいは不妊治療中の当事者への配慮も訴える。

「ごく親しい人たちとの間でぽろっとカミングアウトすると、意外とまわりにもいるんです。妊活中だという人たちが……。でもこれはなかなか他人には言えない悩みです」

常見さん自身、クリニックに行くたびにへこんだ。個室で精子を採取しなければならない。そうやって朝、「サンプル」を提出し、そこから仕事に向かうことも。その日1日、ずっと心境は複雑だった。もしかしたら、そんな人が、自分のほかにも自分の近くにいるのかもしれない。はじめてそんなことを考えた。

顕微授精となると、1回当たりの費用は30〜50万円かかるといわれている。不妊治療には費用も時間も膨大にかかることがわかった。

自分は問題意識をもつことをさぼっていたのだと、痛感した。

「今の世の中、娯楽としての性の情報は溢れていますが、私自身、子供を授かることに対する知識がほとんどなかったことを猛反省しています。自分の精子について何も知らなかった。若い人には伝えたい。『自分の精子のことを知っておけ』。健康診断に精子検査を入れたほうがいいのではないか」と常見さんは提案する。

後日、43歳の誕生日、常見さんはブログで妻の妊娠を報告した。

育児・教育ジャーナリスト

1973年東京生まれ。麻布中学・高校卒業。東京外国語大学英米語学科中退。上智大学英語学科卒業。リクルートから独立後、数々の育児・教育誌のデスクや監修を歴任。男性の育児、夫婦関係、学校や塾の現状などに関し、各種メディアへの寄稿、コメント掲載、出演多数。中高教員免許をもつほか、小学校での教員経験、心理カウンセラーとしての活動経験あり。著書は『ルポ名門校』『ルポ塾歴社会』『ルポ教育虐待』『受験と進学の新常識』『中学受験「必笑法」』『なぜ中学受験するのか?』『ルポ父親たちの葛藤』『<喧嘩とセックス>夫婦のお作法』など70冊以上。

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