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親の介護で大失敗!「キーパーソン」ってナニ?「長男だろ」と言われ、気付けばキャパオーバーに

太田差惠子介護・暮らしジャーナリスト
親が要介護になったら?(写真:Paylessimages/イメージマート)

 親に介護が必要になると、サービスを利用するにしても、家族の誰かが「責任者」のような責務を担うことになります。自分で手を挙げるというより、なし崩し的に担っているケースの方が多いように思います。キャパオーバーにならないようにご注意を。

介護の責任者とは?

 介護の現場では家族側の責任者のことを、「主たる介護者」とか、「キーパーソン」といった呼び方をします。その内容は厳格に決まっているわけではありませんが、だいたい下記の意味合いで使われています。

●主たる介護者とは

 要介護者の傍で、身体的・精神的なケアを行う人。

●キーパーソンとは

 本人や家族間の意見調整をし、医療や介護の専門職との窓口になる。本人の判断力が低下した場合は、代わって決断する人。

 平たく言えば、主たる介護者は「中心になって介護する人」、キーパーソンは「大事なことを決める人」という感じです。

 夫婦のうちのどちらかに介護が必要になった場合、その配偶者が元気であれば、この両方を引き受けることが一般的です。

 配偶者も心身の状態が低下していると、そのお鉢は子どもに回ってきます。子どもが複数いる場合は、役割分担するといいのですが……。もちろん、「主たる介護者」と「キーパーソン」は別でも構わないのです。

 けれども、生まれて初めて「介護」という場面に遭遇して、普通、そこに「責任者」が存在することなんて知りません。しかも「主たる介護者」と「キーパーソン」の2種類があるなんて知らなくて当然です。

キーパーソンは僕?

 知らないが故に、引き受けて、嵐の海に放り込まれたような状態になるケースがあります。

 シンイチさん(48歳)もその1人です。バツイチのシングルで、年子の妹との2人きょうだいです。

 父親(79歳)が腰の病気で入院しました。母親(73歳)と2人暮らしでしたが、母親は病弱です。「だいじょうぶ、あなたたちに迷惑はかけないから」と言いますが、歩行が不自由になった夫の介護を行うには負担が大き過ぎることはシンイチさんの目から見ても明らかでした。

「アニキはシングルで身軽じゃん。実家に戻って、おかあさんのことをサポートしてあげれば?」と妹。

 母親は「そんなわけにはいかない」と言いましたが、「そうしてくれたら助かる」と父親。父親の兄にあたる伯父は「シンイチは長男なんだから」と言い、肉厚な手でシンイチさんの肩をドンと叩いたそうです。

「僕はIT関連の仕事をしていて、リモートでもできなくはありません。離婚してしまい、両親に孫を会わせられなくなった負い目もあり、実家に戻ることにしたのです」とシンイチさん。

 父親は介護保険の居宅サービスを利用することになりました。ケアマネジャーからは、早速「キーパーソンはどなたになりますか」と問われました。

僕かもしれません」とシンイチさん。

 父親は、週に2回、デイサービスに通うことになりました。いろいろ決まって、母親は疲れが出たのか床に臥せることが増えました。

 シンイチさんは家事や、父親の介護も担うことになりました。

 父親は何とか1人でトイレに行けますが、便座に座ると、自力で立てなくなることが多く、仕事をしていても「シンイチ~、助けてくれ」と大声で呼ばれます。

キーパーソンでも「決定権」はない

 最初の1か月ほど、父親はデイサービスに通いましたが、「あそこは、僕の行くところじゃない」と意味不明なことを言い出し、それ以来、迎えが来ても、ガンとして出かけなくなりました。「ケアプランで決めてもらったんだから、行かなきゃだめだ」とシンイチさんが言っても、口をへの字にして首を横に振るのでした。

「行くのが嫌なら、せめてヘルパーに来てもらおう」と進言しても、父親は「その必要はない」と却下します。

「キーパーソンとか言われても、結局僕には何も決められません。仕事をしていても、父親はおかまいなしに僕を呼びつける。仕事になりません。どうして、こんなことになってしまったんだろう」とシンイチさんは頭を抱えるのでした。

 確かに、キーパーソンは「大事なことを決める人」といっても、あくまで「代わりに決める人」。本人が嫌だと言えば、実行は困難を極めることに……。

まとめ

 読者の皆さんは、親の介護が始まったら、そこには2種類の責任者が必要になることを知っておきましょう。そして、安請け合いはしない。きょうだいがいる人は、しっかり話し合って役割を分担しましょう。

 それに、介護しなければという理由で実家に戻ることはお勧めできません。同居すると、24時間体制の介護が始まります。一緒に暮らせば甘えが生じることもあります。もし、シンイチさんが同居していなければ、父親は渋々ながらもデイサービスに通い、ホームヘルパーも受け入れたかもしれません。

 それでも受け入れないなら、「お袋が倒れるから、サービスを利用しなければダメだ」と強く言えたでしょう。

 核家族が一般的になっている現在、「主たる介護者」は不在というケースも珍しくありません。遠方に暮らす子が「キーパーソン」の部分のみ担います。「遠距離介護」では、多いパターンです。

 ケアマネジャーには、「主たる介護者はいません」と言えば、不在を前提に介護体制を整えてくれます。大切な親が倒れると、何とかしてあげたいという気持ちが芽生えます。けれども、優しすぎるとキャパオーバーになります。「仕事がある」「同居はできない」という現状を医療や介護の専門職にははっきりと伝えてください。世の中には、子どものいない高齢者も大勢います。それでも何とかなっているのですから、「やり過ぎない」ことも大切です。

介護・暮らしジャーナリスト

京都市生まれ。1993年頃より老親介護の現場を取材。「遠距離介護」「高齢者住宅」「仕事と介護の両立」などの情報を発信。AFP(日本FP協会)の資格も持ち「介護とお金」にも詳しい。一方、1996年遠距離介護の情報交換場、NPO法人パオッコを立ち上げて子世代支援(~2023)。著書に『親が倒れた!親の入院・介護ですぐやること・考えること・お金のこと 第3版』『高齢者施設 お金・選び方・入居の流れがわかる本 第2版』(以上翔泳社)『遠距離介護で自滅しない選択』(日本経済新聞出版)『知っトク介護 弱った親と自分を守る お金とおトクなサービス超入門』(共著,KADOKAWA)など。

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