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ハンドボール「次世代型プロリーグ」の参入審査はどう進んでいるのか? 米田委員長に聞くリアルなプロセス

大島和人スポーツライター
記者会見に臨む米田惠美・審査委員長 (C)JHL

“18分の8”が条件付き内定

2024年9月の開幕に向けて準備が進むハンドボールの“次世代型プロリーグ”は、10月21日に男女の参入チームに関する審査結果の発表を行った。応募していた18チームのうち参入内定は10チーム、「条件付き」の参入内定が8チームとなっている。既に審査を辞退していた1チームを除くと、落選したチームはなかった。

部外者にとって分かりにくいのが、条件付き内定の多さだ。参入の締め切りから2カ月足らずの短期間で行われた審査で、開幕は再来年。となれば明確な答えを出しにくい事情は理解できる。とはいえその多さは想定外で、筆者も戸惑った。

今回の記事では新リーグ参入審査委員会の委員長を務め、JHLの理事でもある米田惠美氏のインタビューを踏まえて、審査の狙いや開幕に向けた経過をお伝えする。米田委員長はスポーツ界のガバナンスや、社会課題の解決といったテーマに取り組んでいる公認会計士。2018年から20年までJリーグの常勤理事も務めていた。

ハンドボールの審査プロセスをサッカーやバスケットボール、ラグビーに比べると“相似と相違”の両面がある。オフピッチ、オフコートが重要なポイントになるのは相似点だ。一方でハンドボールは「1部か、それ以外か」の審査になる。ラグビーのリーグワンなら24チーム、Bリーグなら47チームを初シーズンの開幕前に1部から3部へ審査で振り分けた。そこは相違点だろう。

「前向きな取り組み」を尊重

米田委員長は10月21日の会見で「チームをリスペクトした上で、審査基準の意図が伝わるようなフォローアップを行った」と強調していた。甘いという批判はあるかもしれないが、振り落とすのでなく引き上げる意図は、彼女の説明からも伝わってきた。

そして筆者のインタビューでもこのように述べていた。

「参入審査基準はリーグとしてどういう背景で作られたかを理解していただいた上で、しっかりコミュニケーションを取るところを大事にしました。チームからは『審査基準が高過ぎる』『なぜこの基準があるのか分からない』といった声もあり、リーグからの説明やサポートが、もしかしたら不足しているのではないかと思われる点について、チームへの再説明やサポートをするようリーグに依頼しました」

条件付きの内定が多くなった理由はこう説明する。

「約2年後に年会費が払えるか?を現時点で判断するのは大変難しいところです。しかし今、全額確保できていなくても2年後には払える可能性はどのチームにもある。せっかく動き出して前向きに取り組んでいるのに、この時点で我々が『財務基準の達成が確実と言えない』といって振り落とすのは違うのではないかという議論になりました。基準を甘くするということではなく、もう少し様子を見る期間を設ける意図で、(理事会に)条件付き内定でもよろしいのではないか?と提案しました。より多くのチームに入ってもらい、新リーグに盛り上がってほしいという気持ちは、個人的に持っています。しかし審査は別物。無理やり引き上げることは後々、他のチームに迷惑をかける可能性があるのですべきでないと考えています。審査会としてはあくまでも達成できているか、未達かと判断する部分において、判断し切れなかったところを条件付きと提案したのが経緯です」

クラブチームの“財務”が焦点に

審査項目は8つあった。このうち「理念の賛同」「チーム名に地域名を入れる」「育成年代のチームを設置する」といった項目で条件の付いているチームは無い。継続審査となった理由は、財務要件が8チームともっとも多い。

★条件付き内定の8チーム

■男子

アースフレンズBM(東京都)

富山ドリームス(富山県)

TeToTeおおさか堺(大阪府)

琉球コラソン(沖縄県)

■女子

飛騨高山ブラックブルズ岐阜(岐阜県)

HC名古屋(愛知県)

三重バイオレットアイリス(三重県)

大阪ラヴィッツ(大阪府)

JHLに参加するチームは形態が多種多様だ。審査を受けた18チームのうち、10チームは実業団で、現時点で北陸電力(※新リーグには福井永平寺ブルーサンダーとして参入予定)以外は独立法人化をしていない。残る8チームはクラブで、法人化はしているものの株式会社、NPO(特定非営利法人)、一般社団法人と形態が分かれる。

実業団は全10チームが「条件なし」ですんなり審査を通過した。一方でクラブはすべて財務に関する条件が付いた。企業チームは支出、財務の計画を役員会などの機関が承認していれば、目先の財務的な懸念は無いと見なせる。一方で“親の財布”に頼れないクラブチームは財務的な裏づけ、安定性を確認しづらい。

仮にチームが財政的に行き詰まって活動を想定外のタイミングで止めれば、試合の消化にも影響が出て、他チームやリーグに少なからぬ不利益が出る。

米田委員長はこう説明する。

「過去からある、いわゆるクラブチームに関しては、運営の実態がある程度は過去の財務諸表から見えます。そこを確認しつつ、新リーグに入ると少し規模が大きくなるのが普通なので、収入を確保する見込みがあるのか、確認しています」

(C)JHL
(C)JHL

重い入会金、会費の負担と資金繰り

新リーグの入会金は1500万円で、年会費は3000万円。各チームは入会金を23年1月、会費を24年の開幕前に支払う必要がある。審査委員会側は条件付きの目安として、2023年3月までに「入会金1500万円と、年会費3000万円の半額(1500万円)の合計」である3000万円を確保する基準を提示していた。

新リーグはチームが経済的に自立して、経営環境の変化に左右されず存続する状態になることを一つの目的にしている。「開幕から3シーズン後に1チーム当たり1.5億円の売上を達成する」「諸経費を差し引いた額をチームに配分する」という方向性も既に提示されている。つまり「チームがリーグに払う金額<リーグがチームに払う金額」という構造になるはずだ。

ただし1.5億円に近い額が分配されたとしても、支払いはリーグの決算が固まった段階だ。1年間の予算規模がせいぜい1億、2億のチームにとって、当座の資金繰りは高いハードルとなる。公的融資、助成金や補助金などの制度を調べて活用する必要性も出てくるだろう。

米田委員長は言う。

「24年9月に始まる新リーグの1年目は分配金が多く見込めない状態で進むと言われているので、少なくとも1年分の年会費と入会金の大半は持ち出しになります。まずその算段が付くことは前提です」

既に相当額の口座残高を確保しているにもかかわらず、審査結果に条件が付いたことに対する不満を発信したチームもある。これに対して彼女は「個別の事情は審査会として表に出せない」と前置きした上でこう説明する。

「現預金が自己資金なのか借り入れなのか資本なのか、何なのかを我々は拝見をします。それが新リーグに参入するまでの間にどう増減するのかも意識、判断しています。新チームの場合は活動実績が少ないので、コスト面も慎重な判断が必要です。個別に事情は説明をして、一定のご納得はいただいたかなと思っています」

クラブチームの動きには「幅」も

また、どんなに資金繰りが潤沢で、経営計画が精緻でも、それを実行するのは人間。財務諸表やその他書面“だけ”では見えない部分もある。米田委員長はこう答える。

「営業資料とアタックリストがあって、そこに向かって動いているかどうかは重要です。そのような資料を提出できるのであれば(現時点で)『動いている』という判断にはなります。次が『目標を実行できる』か。資料は作ったけれど(スポンサーを)1件も取れないなら、最終的に年会費をご準備いただくのが難しいという判断になろうかと思います」

経営規模の拡大が前提となるため、特にクラブチームは新しい出資者やスポンサーを獲得し、財務的な足場を強化する必要がある。条件付き内定の8チームがリミットの23年3月までにすべて審査を通過するのは理想だが、それは甘い想定だろう。

「(スポンサーや出資者と見込まれる企業から)ほぼ合意をもらえていて、あとは書面をかわすのみというチームもあれば、どこに営業するか決まっているけれど動けていないチーム、まだそこまでも至ってない(=営業対象を絞れていない)チームと、かなり幅があるのが現実です。財政力のあるオーナーを見つける必要があるのではと思うチームもあります」(米田委員長)

今回の新リーグにはジークスター東京、湧永製薬、大崎電気といった男子の有力チームが応募していない。日本ハンドボール協会の動きも慎重で、湧永寛仁会長からは改革の進め方に対して批判的とも受け取れる発信があった。しかし今回の審査に関するリーグ、チームの動きからは、「2024年9月の開幕」を前提に現実が動き始めている強い流れも見て取れる。参入チームが確定すればホームタウン、チーム名、そしてリーグ名と様々な発表が機を見て行われるのだろう。

進捗があったアリーナ事情

新リーグはファンを意識した運営を行うものになる。例えばアリーナ要件としては「ホームゲームの8割を開催できる」「1500人以上を収容する」「冷暖房が完備している」「飲食、飲酒が可能」「土足で入れる」といった条件が設定されている。プロスポーツにとっては“当たり前”の環境だが、今までのJHLは土足禁止(=上履き持参)の会場がスタンダードで、さらに渡り鳥状態だった。

条件が良いアリーナの確保は、分かりやすく結果が出始めているポイントだ。

「飲酒飲食が不可のところ、土足禁止のところも多くありました。参入審査要綱が出たときには『要件をクリアするのが難しい』という声も出ていました。ですがアリーナや自治体と交渉いただいて、ほとんどクリアできました。平日開催も含めるところもありますけれど、8割(の日程)を確保できたのは本当に素晴らしかったと思います」

そもそもハンドボールにおけるリーグの地域密着、エンターテイメント化にどのような意味があるのか?米田委員長は説く。

「スポーツクラブやスポーツチームは地域の人にとっては夢、ある種の非日常を見せてくれるものです。ただし地域から愛される存在となるにも、興行をしっかりやらなければいけません。お金を稼げるようになれば、その余力が地域に還元されることもあろうかと思います。逆に先に地域へ貢献して、より多くのファンを集めることもできるかもしれません。そういう循環、関係性を作っていくことが大切で、ハンドボール界にもポテンシャルはあると思います。子どもたちが目指せる夢の舞台、家族で余暇を楽しめる環境があれば、それは地域にとってとても幸せなことではないかなと考えています」

高まる当事者意識

新リーグは“次世代型プロリーグ”を標榜している。チームの法人化を条件にしていないため、企業の“部活”も参入できる。シングルエンティティの仕組みを導入しているため、営業、物販、チケット販売はリーグに丸投げできる。一定数のプロ契約を義務付けつつプロ選手にも兼業も認めている。そう考えるとプロとしては中途半端だ。

しかし改革プロセスの中で、チーム側が「プロ」を本気で目指す意思・意欲を持ち始めているという。

「賛成が多数ならばシングルエンティティで行きましょうという議論でしたが、今になるとチームも様々な意見を持ち始めています。『自分たちでやりたい』という声が出るくらい真剣にチームのことを考えて『リーグにお任せでなく自分たちでやれる』『リーグが派遣する人より自分たちのほうが良い人雇える』みたいな声も上げてきています。法人化について言及されるチームも、この審査の中でも複数ありました。それはある種の当事者になってきているプロセスだと思っています」

シングルエンティティはチーム側の自主的な集客、営業活動を阻害するものではない。リーグが権益を取りまとめるという大前提はある。ただチーム側にビジネスに取り組む意思と能力があり、お互いの「取り分」について合意できるならば、業務委託などの形で実質的な自力経営もできる。

単に「全国リーグへ参加するアマチュアチームを運営する」だけなら、数千万円レベルの年間予算でも活動できる。しかし選手だけでなくスタッフを5人10人と雇用し、プロとして恥ずかしくない活動をするなら話は違う。人件費だけで億単位のコストがかかり、スポンサー料やチケット、物販でそれ以上を稼ぐ必要が出る。サッカーやバスケは既にそのようなビジネスユニットが全国に50以上ある。ハンドボール界からも、そこを目指そうというチームが出始めている。

筆者が今回の改革を見て懸念していたポイントは、ハンドボール界の人々が改革を「上から与えられたもの」と受け止めているように見えることだった。受け身で条件をクリアするのでなく、「自分たちはこれをしたい」「他より良くしたい」という“前のめり”の姿勢を持つチームが増えているならば、それは明るい兆候だ。

米田委員長や葦原一正代表理事のような外部人材がいつかこの競技から離れても、「当事者意識」「熱」がハンドボール界に残れば、それはより良い未来へつながるに違いない。

スポーツライター

Kazuto Oshima 1976年11月生まれ。出身地は神奈川、三重、和歌山、埼玉と諸説あり。大学在学中はテレビ局のリサーチャーとして世界中のスポーツを観察。早稲田大学を卒業後は外資系損保、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を始めた。サッカー、バスケット、野球、ラグビーなどの現場にも半ば中毒的に足を運んでいる。未知の選手との遭遇、新たな才能の発見を無上の喜びとし、育成年代の試合は大好物。日本をアメリカ、スペイン、ブラジルのような“球技大国”にすることを一生の夢にしている。21年1月14日には『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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