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秋田がB1王者を撃破! 立役者の「昇り龍」保岡龍斗を覚醒させたもの

大島和人スポーツライター
保岡龍斗選手(左) 写真=B.LEAGUE

絶不調だった保岡

スポーツメディアはいつも「ドラマ」を探している。チームや選手が激しく変化するその瞬間を見つけて、伝えようとする。もちろんそんな劇的な転換が、頻繁に起こるわけではない。しかし12月9日に秋田ノーザンハピネッツの保岡龍斗選手が見せた「覚醒」は、特別なものだった。

保岡は現在25歳で188センチ・87キロのウイングプレイヤー(SG/SF)だ。江戸川大3年次の2017年3月にBリーグデビューを果たすと、2018-19シーズンはルーキーながら60試合中57試合に出場。1試合平均18.0分の出場を得て、平均5.9得点を記録した。19-20シーズンには出場時間、平均得点を伸ばしている。

ただ今季は開幕から持ち味の3ポイントシュートが決まらず、9日のアルバルク東京戦を前にして18試合の成功率が18.3%まで落ちていた。ブースターがイップスを疑うほどの不調だった。

前半だけで19得点

A東京は17-18シーズン、18-19シーズンのB1王者で、コロナ禍で中断した昨季も東地区の勝率1位を記録しているチーム。秋田はそんな強敵に中山拓哉、アレックス・デイビスの主力ふたりを欠いて対峙していた。

しかし秋田が想定を大幅に上回る内容を見せる。第1クォーターの早々(残り9分35秒)に保岡龍斗がアウトサイドからのミドルで初得点を決めると、保岡はその30秒後にも3ポイントシュートを成功。彼は第1クォーターだけで3ポイントシュート3本を含む11得点を挙げる。チームもスタートの10分で30-14と大きくリードを奪った。

保岡の勢いは第2クォーターも止まらず、8得点を追加して前半だけで19得点を記録。チームも52-26と大差をつけてハーフタイムを迎えていた。

この試合の秋田はスクリーンをかけるインサイドと、シューターの動きがよく呼応。特にカディーム・コールビー選手のハンドオフ(手渡しパス)が有効で、保岡以外も3ポイントシュートがよく決まっていた。

秋田が強敵A東京を撃破

後半はA東京も少し立て直したが、前半の26点リードは大きかった。保岡も最終的に26分48秒の出場時間で、チーム最多の24得点を記録。特に3ポイントシュートは「9分の6」と驚異的なスタッツを残している。今季の不調が嘘のような大活躍だった。チームも89-70で勝利している。

前田顕蔵ヘッドコーチ(HC)は試合後にこう述べていた。

「中山選手、アレックス・デイビス選手を欠いた中で、みんながよくステップアップして、ゲームプランを遂行してくれた。主力ふたりがいない中で東京さんに勝てたのは非常に大きい。保岡選手は最近ずっと調子が良くなかったけれど、今日は吹っ切れて、スタートダッシュを決めてゲームを大きく動かした。すごく保岡選手らしかったですし、非常に嬉しかった」

不調の彼の先発起用について、指揮官はこう説明していた。

「バスケット云々でなくそもそも彼らしくないプレー、姿勢がずっと続いていた。ここで思い切ってやってほしいという気持ちがあり、自分らしくプレーすることの大事さを話して理解してくれているのではないかな……という理由で使いました」

キーワードは「自分らしさ」

保岡は言う。

「ちょっと考えすぎていると言うか、自分らしさを出し切れていなかった。シュートが入らない中で、抱え込んでしまったことが不調の原因なのかなと思います。自分はクールにやるより空けば打つ、距離に関係なくディフェンスがついていないのであれば打つというプレースタイル。それが今まで何十試合、全くできていない状況だった」

確かにこの試合の保岡は3ポイントラインから少し離れた位置からでも躊躇せずショットを放ち、決めていた。

周囲も苦境の彼を助けた。保岡は大先輩、指揮官、仲間の励ましをこう振り返る。

「中村和雄さんから前回の試合後に『輝きがない』と言われました。そのあと前田顕蔵HCにも『今のバスケで楽しい?』と聞かれて、率直に『楽しくないです』と自分は答えました。『じゃあ楽しくやりなよ。自分らしさを出していきなよ』と言われたんです。その言葉も、ものすごく助かりました。何よりチームメイトがこんなにシュートが入らない自分を鼓舞してくれました」

80歳の中村氏は秋田の元HCで、6日の広島ドラゴンフライズ戦をコートサイドで観戦していた。バスケットLIVEの見逃し配信でもそのシーンは確認できるが、試合後のインタビューセッションで前田HCからマイクを譲られ、保岡の奮起を促す一言を飛ばしていた。まさに異例の“ゲキ”だった。

守備でも「エース封じ」に成功

このA東京戦で、保岡の活躍はオフェンスにとどまらなかった。彼が頻繁にマッチアップした相手は、同じ背番号24の田中大貴。日本代表で、なおかつ昨季のMVPというスター選手だ。

秋田の「エースキラー」はこの試合に欠場していた中山拓哉で、通常なら中山が田中のマークについていたはずだ。中山が欠場していたため、保岡が守備でも重責を担うことになった。結果的に田中は3得点1アシストでこの試合を終えている。

保岡はこう胸を張る。

「(田中)大貴さんが大学生で自分が高校生のときから憧れの選手でした。今まで自分がつくケースはあまりなかったんですけど、中山選手がいなかった。自分が大貴さんを守れなければ、アルバルクのリズムになってしまう。ファウルしてもいいから、アグレッシブに全力でいこうと試合に入りました。それがいい感じで、出来ていたんじゃないかと思っています」

楽しくプレーし、「らしさ」を出して

もちろん保岡が活躍すれば相手の警戒は強まるし、これから常に9日のような活躍ができるはずもない。ただ彼にとっては、A東京戦は間違いなく大きな転機となった。

もちろん彼が長く積み上げてきた努力や、能力はある。とはいえ間違いなく周囲の励ましと、それに伴う精神的な切り替えが彼を急浮上させた。楽しくプレーする、「らしさ」を出してプレーするというシンプルな方向づけが保岡を力づけた。

保岡はこの試合の収穫をこう述べる。

「自分らしさが何なのか、自分の持ち味が何なのかを改めて知りました。今後はチームメイトが自分のように気持ちが落ちてしまったとき、自分は経験しているので、それを元に助けてあげたい。そして今まで不甲斐ないプレーを続けていたので、これからは取り返すつもりでどんどん攻めていきたいと思っています」

強敵に勝利し、不調に陥っていた選手が大活躍を見せる。「クレイジーピンク」の愛称で知られる秋田ブースターにとっても、至福の試合だったに違いない。

スポーツライター

Kazuto Oshima 1976年11月生まれ。出身地は神奈川、三重、和歌山、埼玉と諸説あり。大学在学中はテレビ局のリサーチャーとして世界中のスポーツを観察。早稲田大学を卒業後は外資系損保、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を始めた。サッカー、バスケット、野球、ラグビーなどの現場にも半ば中毒的に足を運んでいる。未知の選手との遭遇、新たな才能の発見を無上の喜びとし、育成年代の試合は大好物。日本をアメリカ、スペイン、ブラジルのような“球技大国”にすることを一生の夢にしている。21年1月14日には『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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