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課題は選手でなくチームのプロ化 ラグビー界がサバイバルするための道

大島和人スポーツライター
(写真:つのだよしお/アフロ)

現場のプロ化はクリア

日本には3つの競技に「プロスポーツの全国リーグ」がある。発足した順番に並べると野球、サッカー、バスケットボールだ。

ジャパンラグビートップリーグは「プロとアマチュアの境界線上」にあるセミプロリーグだ。南アフリカ、ニュージーランドの現役代表が当たり前のようにプレーしていて、日本代表の有力選手には年俸1億円近辺の高給取りがいる。社員選手でも特別ボーナスが支給される例があるとも聞く。ワールドカップのベスト8という実績を見ても、選手とスタッフの待遇、レベルは「プロフェッショナル」と言い得る水準にある。

目下の情勢として日本ラグビーフットボール協会は「プロリーグ化」の方針を撤回。2021年秋からチーム数を減らしたプロアマ混合リーグとして、トップリーグを刷新しようとしている。

プロ化には段階がある。どの競技もまず監督やコーチ、トレーナーなどの専門職にまず外部人材が登用される。それに並行して選手もプロ化する。プロ契約には有期雇用の社員も含んで考えていいだろう。また社員契約の選手が混ざっていたとしても、出向といった形を使いフルタイムで競技に関われるのなら身分は問題にならない。

(1)監督、スタッフのプロ化

(2)選手のプロ化

ラグビーは大よそこの段階をクリアしている。問題はこの先だ。それは「(3)チームの法人化」だ。

プロリーグの前提はチームの法人化

チームが企業の「一部門」として運営されていると、どれだけ人気があっても収益化ができない。意思決定も受け身になり、親会社の一存で休廃部に追い込まれるリスクも高まる。

トップリーグの親会社は大手企業、特に製造業が多い。「新事業へ進出」するためには定款の書き換えが必要で、そのために株主総会の特別議決が必要になる。

それは非現実的で、現状は収入が発生した場合に経理上の面倒が生ずる。したがって各社はラグビーで稼ごうというモチベーションが生じない。加えてチームのトップ(実業団の場合は部長)に決済権が無いため、リーグの代表者会議(運営会議)が機能しなくなる。それはバスケの「プロアマ混合リーグ」時代に起こった現象だ。

現実的には各チームの独立、法人化を必須条件としない限り「完全プロリーグ立ち上げ」の道はない。そこがトップリーグの改革における大きなボトルネックだ。

大切なのは「試合を自前でやる」こと

(4)興行の自前化

これと並行した大問題が試合運営だ。野球、サッカー、バスケのプロリーグはホームチームが試合を主催する。つまり興行権をチーム(クラブ)が持っている。会場を確保し、チケットを売り、演出や進行、安全管理に責任を持つ仕組みだ。

ラグビーは日本協会、リーグ機構が興行主体を担っている。運営の実務にチーム側が関わっている例はあるはずだし、クラブが集客の努力をしている例もある。しかしチケットを売って稼ぐ権利がなく、ビジネス的には無償の努力となっている。

秩父宮、花園以外も「ホーム」に

(5)ホームスタジアム確保

ラグビーは東京の秩父宮、大阪の花園とラグビー専用の素晴らしいハコがある。(熊谷ラグビー場も素晴らしい施設だが、アクセスに難がある)

秩父宮、花園はラグビー界全体のホームスタジアムだ。「週末に秩父宮/花園へ行けば何かやっている」「二千円でも十分に良席で、1日2試合見られる」のはファンにとっては美味しい状況だ。

一方でプロとしてやる以上はチケットの単価を上げねばならず、「1日1試合開催」が前提となる。また「地元」「ファンの近く」で試合をしなければいけない。

プロ野球は福岡ソフトバンクホークス、阪神タイガース、横浜DeNAベイスターズ、埼玉西武ライオンズのように球場を自己所有しているケースもある。自己所有までいかなくても、各球団がスケジュール調整をほぼ思い通りにできる経営環境だ。

サッカー、バスケの各クラブが苦しんでいるのは会場確保だ。公共施設で興行を行っている例が大半で、自治体との関係が良好だったとしてもアマチュアの大会、イベントとの調整が必要になる。プロスポーツの足元にはそういう手間が伴い、クラブはそれを引き受けっている。

協会、リーグの自立も重要

プロ化には段階があり、一つ一つクリアしていかなければいけない。協会やリーグサイドがスポーツビジネスの専門家を集め「稼げる組織」に変わることは相対的に容易だ。放映権の販売や試合のプロモーション、スポンサー営業などで収入の拡大も進めていけるだろう。

リーグと別に協会の問題もある。トップリーグに参加する企業が支援して協会の財政を成り立たせている現状では、他競技のようなトップダウンのガバナンスが機能しない。協会の自立もまた未来に向けた大きな課題だ。

空中戦と地上戦のアンバランス

最大の問題はクラブの「中の人」だ。ラグビー人気は急上昇し、選手の認知度も上がっている。リーチマイケルや稲垣啓太は今やプロ野球、Jリーグの有名選手を凌ぐ人気者だ。ワールドカップ中継、紅白歌合戦の出演などはプロモーションとして考えるといわゆる空中戦で、日本社会全体にそれは届いている。

ただしプロスポーツはチケットを1枚単位で売る、地に足をつけて進めるべきローカルビジネスだ。ラグビー、ジャパン、選手といった大きな対象への愛着を持っている人は増えたが、大学を除くと「チームを応援する」ファンがまだ多くない。

チケットも今季は自腹で買って見に来る人が増えたはずだが、昨季までは企業がまとめ買いして配るケースが多かったと聞く。プロリーグとなる以上はクラブが自立し、ファンがそれを支えるカルチャーを作らなければいけない。チームを成り立たせるためには地上戦が必要だ。

スポーツビジネスの根本は「コミュニティ作り」で、チームを媒介して色んな人と繋がり、巻き込む作業が大切だ。人間関係ができれば、ファンは簡単に離れず、新たな人を呼び込む無償のセールスマンにもなる。自治体の担当者、スポンサー、ファンとそれぞれに向き合い、地元に密着する取り組みを欠いたら、せっかくの認知度も「カネ」に変えられない。

今の仕組みに永続性はない

プロ化は目的でなく手段だ。ラグビーを支える人を増やし、よりよい状態で次世代に引き継ぐ方法が他にあるなら、何だろうが構わない。しかし協会やリーグ、チームが自立せず、限られた企業に依存し続ける体質には永続性がない。

もっともプロリーグの設立は率直に言って難易度が高い。この競技は15人のプレイヤーが必要で、リーグ戦は1年に多くて20試合見当。簡単にいうとバスケットボールの3倍選手が必要で、試合数は3分の1となる。

だから「今のままでいい」という発想は分かる。選手の待遇はそれなりに恵まれていて、無期雇用(いわゆる正社員)の選手はセカンドキャリアの不安が小さい。試合の運営や営業に人を割かなくていいため、会社からの支援を現場に丸ごと回せる。

「ファンファースト」の体質に

しかし2019年の熱が冷めたとき、今のように大企業が足並みをそろえて年間10億、15億レベルの支援を続けてくれるのだろうか? チームが事業体として独立する、プロリーグを立ち上げることはリスクだが、「中途半端な改革でお茶を濁す」こともリスクだ。縮小を受け入れて耐える方法もあるが、成長を前提としない体制は人間心理として求心力を持てない。

完全プロ化は無理でも、試合と事業の運営、ホームエリア設定、スタジアムといったテーマには早期に答えを出すべきだ。また法人化したチームを一つでも増やすことで、リーグ内の主導権をプロクラブが持てる状態にできる。そうやってトップリーグが一歩でも前に進むことを願いたい。

監督や選手だけがプロでもプロリーグは栄えない。リーグ本体だけが頑張ってもトップリーグは成り立たない。試合運営、事業とチームを下支えする人も含めて考えないと、しっかりした体制は構築できない。

現状のトップリーグはいわば「プレイヤーズファースト」の環境だ。しかし未来のプレイヤーをいい環境でプレーさせるためにも、親会社以外にも広がりを持つ「ファンファースト」のカルチャーに切り替えねばならない。

男子バスケもbjリーグの分立、プロ化構想の相次ぐ頓挫と試練を乗り越えてBリーグ発足にこぎつけた。仮にラグビーでプロリーグが発足したとしても様々な困難、課題は必ずある。ラグビー文化を未来につなぐため、改革者は何度タックルされても、そのたびに起き上がるしかない。

スポーツライター

Kazuto Oshima 1976年11月生まれ。出身地は神奈川、三重、和歌山、埼玉と諸説あり。大学在学中はテレビ局のリサーチャーとして世界中のスポーツを観察。早稲田大学を卒業後は外資系損保、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を始めた。サッカー、バスケット、野球、ラグビーなどの現場にも半ば中毒的に足を運んでいる。未知の選手との遭遇、新たな才能の発見を無上の喜びとし、育成年代の試合は大好物。日本をアメリカ、スペイン、ブラジルのような“球技大国”にすることを一生の夢にしている。21年1月14日には『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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