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川淵前会長を嘆かせ、FIBA最高幹部を「怒り心頭」にさせた日本バスケ推進協議会

大島和人スポーツライター
インゴ・ヴァイス氏(左)と川淵三郎氏(右):筆者撮影

2015年の改革メンバーが都内で会見

「喉元過ぎれば熱さを忘れる」という警句がある。あの頃の「熱さ」を思い出して緊張感を味わった、12月16日の記者会見だった。開催を要望したのは国際バスケットボール連盟(FIBA)で、質疑に応じたのは川淵三郎、インゴ・ヴァイス、スコット・ダーウィンの3氏。いずれも2015年1月に結成された「ジャパン2024タスクフォース」のメンバーだ。

4年前の冬、日本バスケットボール協会(JBA)は国際資格停止処分を受けていた。男女、年代を問わないあらゆる代表チームが国際試合から排除され、オリンピックやワールドカップの予選出場も許されない窮地だった。日本側から川淵現JBAエグゼクティブアドバイザー、FIBA側からエグゼクティブコミッティーのメンバーであるヴァイス氏が「コー・チェアマン(共同議長)」に選出され、日本バスケの抜本的な改革に尽力した。

2015年のチャレンジは成功に終わり、二つに分立していたトップリーグが合流してBリーグが発足した。JBAの改革はBリーグ発足以上の難事だったが、2015年4月29日の臨時評議委員会をもって27名の理事と70名近い評議員が全て辞任。同年5月には川淵氏がJBA会長に就任している。FIBAの意向により理事の数を大幅に削減し、バスケ関係者を一旦完全に排除する形で理事会が再編された。

2016年9月に開幕したBリーグは軌道に乗り、日本代表もW杯予選で6連勝中。NBAデビューを飾った渡邊雄太(メンフィス・グリズリーズ)、八村塁(ゴンザガ大)といった新星も台頭している。

他競技出身者への反発も

ただしバスケ界が無風というわけではない。三屋裕子会長が率いる現体制に対して批判的な評議員がおり、揺さぶりをかけるような発信も行われている。現在はバスケ界の主流から外れている往年の名選手、名指導者を中心とした「日本バスケットボール推進協議会」が2016年に結成された。ここがJBAのガバナンス、強化体制に対する批判の発信源となっている。

彼らはFIBAに対して要望書を送っていた。それに対してFIBAは幹部二人を東京に派遣して、JBAとの合同会見を開いた。

会見の口火を切ったのは川淵EA。彼はまず今年10月に急逝したパトリック・バウマン前FIBA事務総長を悼む言葉を述べ、両組織の共闘関係を強調した。

「今のところ順調に色んなことが推移しておりますけれど、まだ僕自身として不安なところもあります。ヴァイスさん、スコットさんにFIBAという立場で、まだ日本のバスケ界意をモニタリングし続けてもらいたい。しっかりした基礎を、安心して次世代に渡せるようにしたい」

「不安なところ」とは日本バスケットボール推進協議会の存在だ。その存在に対して川淵EAはこう批判した。

「日本のバスケット界に問題があり、不満に思っているので、調査して欲しいという要望書がFIBAに来たと聞いています。現実と乖離した、内容を理解していない批判ばかりでした。そういうことを過去にずっと続けていたからこそ、FIBAのタスクフォースができるような混乱を起こしたわけです。そういう反省をまったくせず、よくそう言えるなと思います。(JBAの)評議員数名も同じようなことを話して、事務局にもそういう人が来ている。業務に支障を起こすようなことをしていると聞いて、本当に情けなくなりました」

川淵EAはサッカー界、三屋現会長はバレーボール界の出身だ。Bリーグクラブの経営者を見ればプロ野球、アメリカンフットボールからバスケ界に飛び込んだ人もいる。逆にJリーグはラグビーの元日本代表選手である大東和美氏がチェアマンを務めていた。ムラ社会の論理として「他競技の出身者に支配される」ことへの感情的な反発も分からなくはない。しかし川淵EAは競技、業界を超えた人材登用の重要性を力説する。

「僕はずっと言っているんですけれど、競技の枠を超えて、ガバナンスをちゃんとできる有力な人が組織の長になるべきです。そうならないから、日本のスポーツ界は発展しない。バスケットの人がそういう職にもう一度就きたいというならば、その能力を示せばいい」

「推進協議会」に異例の激しい批判

川淵EAは歯に衣着せぬ発言がお馴染みで、幾度となくスポーツ紙の一面にパンチの効いたコメントを提供してきた人物だ。

一方のヴァイス氏はドイツ協会の会長を務め、財政の専門家でもある弁護士。親日家としても知られている。彼は体格に似合わず柔和で、過去の会見で誰かを批判していた記憶はない。しかし今回の記者会見では、強烈な言葉を発し続けた。

ヴァイス氏はまずデータを挙げてJBA改革の成功を強調する。

「タスクフォースのモニタリングということで報告を受けました。FIBAの意向に即している内容だったとお伝えできます。数字で言いますと、コーチのライセンス保有者が2015年時点で合計3万1千人。今年は4万9千人となっています。ほぼ2万人の増加で、短い期間にこれだけ伸びたのは世界でも類を見ない現象です。審判は2016年から18年で、1万人以上増加しました。これはFIBAに加盟する協会でも、類を見ない成果です。JBA、Bリーグがこれまで行ってきた改革は、グッドガバナンスの一言に尽きます」

「いい話」を終えると、ヴァイス氏は椅子から立ち上がった。そして質問書とそれを発信した組織に対するメッセージを語り始める。少し長くなるが、彼のコメントをそのまま引用する。

「日本バスケットボール推進協議会から頂いたレターの中身に、私は愕然としています。彼らに対してこの場をお借りして、公式にお願いしたい。真摯な会話をするために、テーブルに戻って頂きたい。それはJBA、Bリーグとの対話です。そのようにテーブルにつく気がないのであれば、明日でなく今日中に日本のバスケ界から引退して頂きたい。率直に『黙っておれ』と、一言でお伝えしたい。

頂いたレターは傍若無人、慇懃無礼としか言いようのない内容です。一つの例としてJBAの運営は貧弱であるとここに書いてあります。現実はどうかと言いますと正反対で、JBAは日本バスケの発展に尽力しています。

レターを頂く前に、日本で少し問題が起こっていると聞いて、私とスコット(ダーウィン)は本日、彼らを招待していました。しかし残念ながら今回は出席できない、スケジュールが合わないので欠席するという返事をもらいました。私は彼らと話し合いを持つために、スケジュールを変更してまで来日している。彼らがテーブルにつかなかったことを残念に思っています。

その後レターを頂いたけれど、内容に対して私は怒り心頭です。その内容を確認した後に川淵さんと連絡を取り、この件に対しては記者会見を行うことにした。ポジティブな発展を遂げている協会に対する、このような誹謗中傷はあり得ないと皆さんへ公にお伝えしたかった。

私個人から見まして、日本バスケットボール推進協議会の谷口(正朋)会長は、バスケ界を発展させるために尽力しているのでなく、日本バスケの墓掘り役であると受け止めています。FIBAの立場として彼らと関わりを持つつもりは毛頭ございません。BリーグとJBAは発展し、川淵前会長と三屋現会長の下でいい方向に進んでいる。FIBAはJBAを今後も素晴らしいパートナーとして見ている。このレターを送った皆様には中身を見直して、自分たちの立ち位置がどこにあるかを振り返って欲しいと言いたい」

まず地位ありきで提案なし

FIBAの最高幹部が発する言葉としては異例の激しい内容だった。ヴァイス氏は推進協議会のメンバーと過去に対話を持っていた経緯を、今回の会見で初めて明かした。

「2014年12月に、彼らとはグランドハイアットホテルで会っています。私とパトリック・バウマンが、彼らと議論して改革を行うための提案、アイディアはないかと提出をお願いしました。しかし残念ながら何も来ませんでした。

そのときには新しいJBAで、自分が何かしら役職に就きたいという声しか上がって来ませんでした。我々は今の段階で役職の話をするなんて時期尚早だと愕然としました。改革を進めること、2リーグの問題を解決することが先決で、役職を割り振る以前の段階でした。その話をした後、彼らはすっかり『だんまり』になってしまいました」

推進協議会のメンバーは多くが競技者、指導者として実績を持つ“レジェンド級”の大立者で、その功績に対してはフェアに敬意を持つべきだろう。また川淵EAが80歳間近で日本バスケの改革を成し遂げた経緯から分かるように、「老害」のレッテルで有為な人材を排除するべきではない。

ただ、ヴァイス氏はこう述べていた。

「川淵さんは12月3日に82歳になりました。高齢ですけれど、最初から40代の発想でお話をしてくれました。川淵さんの凄いところは時代の流れを読めて、他の国ではどういう動きがあるかをご自分で勉強していた点です。しかし2014年12月に我々と面談した方々は、残念ながら120歳くらいの頭の中身です。彼らの考えはモントリオールや東京のオリンピックで止まっていました」

川淵EAも彼らの猟官運動をこう振り返る。

「僕がタスクフォースのチェアマンになったとき『会長にしたい』と推薦があったのと、今の技術委員会がダメだから技術委員長になりたいと元日本代表の監督が3人来ました。どう改革しようでなく、地位が欲しいという感じでした。会長にしてくれだの、技術委員長にしてくれだの、70歳80歳の人たちがよく言うなという印象でした」

参考記事:「Bリーグを創った男たち 今だから明かせる「改革」のポイント」

東野智弥・技術委員長は2016年に45歳で現在の地位に就いた。JBAの事務総長だった大河正明・現Bリーグチェアマンが若さや国際性、行動力を評価して行った抜擢人事だが、彼に対する反発は就任から熾烈を極めたと聞いている。

もちろん都道府県協会の多くは現体制に協力的だし、年配の関係者が全て今の改革に対して批判的ということではない。しかし今回の会見を通して、川淵EAが「不安なところ」と口にするようなトラブルの芽を、バスケ界が今なお抱えている現実も見て取れた。

批判がない組織はむしろ不健全で、地に足の着いた認識や正確なデータに基づいた異論は組織をいい方向に進める糧ともなる。バスケ界にそうした建設的議論を行うカルチャーが根付くことを願いたい。

スポーツライター

Kazuto Oshima 1976年11月生まれ。出身地は神奈川、三重、和歌山、埼玉と諸説あり。大学在学中はテレビ局のリサーチャーとして世界中のスポーツを観察。早稲田大学を卒業後は外資系損保、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を始めた。サッカー、バスケット、野球、ラグビーなどの現場にも半ば中毒的に足を運んでいる。未知の選手との遭遇、新たな才能の発見を無上の喜びとし、育成年代の試合は大好物。日本をアメリカ、スペイン、ブラジルのような“球技大国”にすることを一生の夢にしている。21年1月14日には『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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