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日本国籍を取得したBリーグ最強選手 ファジーカスとは何者なのか?

大島和人スポーツライター
27日の京都戦でシュートを放つファジーカス 写真=B.LEAGUE

昨季のBリーグMVPが日本国籍を取得

日本のバスケファンにとって、今年最高のサプライズかもしれない。ニック・ファジーカスは2016-17シーズンの得点王、MVPも獲得しているBリーグ最強選手。その彼が日本国籍を取得したというニュースが、4月26日に飛び込んできた。

ファジーカスは1985年6月17日生まれで、出身はアメリカだ。ネバダ大を卒業後にNBAのダラス・マーベリックス、ロサンゼルス・クリッパーズでプレーしたキャリアも持っている。NBAでは成功しなかったがヨーロッパ、東南アジアでプレーをした後、2012年に来日。東芝(現川崎)ブレイブサンダースに加入すると前年のJBL8位(最下位)からチームを準優勝に引き上げる活躍を見せた。彼個人も来日直後の2012-13シーズンから、3季連続でトップリーグの得点王に輝いた。

多彩で正確なシュートが生む得点力

ファジーカスは210センチ・111キロのビッグマンだが、同等の体格を持つ外国籍選手はB1ならどのクラブにもいる。また彼はNBA時代に足首を負傷した影響で一見すると動きが重く、跳躍力も決して恵まれていない。しかしファジーカスはそれを技術と判断力で十二分にカバーできていて、「点を取る」部分はとにかく傑出している。

バスケ選手にはシュートを放つ角度、距離に「得意」と「苦手」がある。しかしファジーカスは左右両手が自在で、苦手な角度もない。ゴールから少し離れた位置でも、相手が上を封じていても、打開の術を持っている。片手でふわっと放つフローター、ゴールから遠ざかるように飛びながら沈めるフェイドアウェイと、フィニッシュのバリエーションがとにかく豊富で、しかも正確だ。3ポイントシュートの成功率も昨季、今季といずれもB1最高を記録中。相手のマークが厳しい中でも安定して数字を残している彼は、「止めようとしても止められない」選手だ。

今季は得点こそダバンテ・ガードナー(新潟アルビレックスBB)に後れを取っているが、それでも1試合平均25.2得点はB1の2位。もう一つの重要なスタッツであるリバウンドは1試合平均11.0個でB1最高を記録している。(※記録は4月27日時点)

代表、Bリーグでは「帰化選手」の扱いに

しかし現行のルールでは、日本国籍を取得してもファジーカスが「日本生まれの日本人」と完全に同じ扱いを受けることはできない。

国際バスケットボール連盟(FIBA)は満16歳以降に国籍を替えた選手(いわゆる帰化選手)の代表チームへの登録を1名以内と定めている。Bリーグでも外国籍選手、日本人選手のいずれとも違う扱いを受ける。ただ4クォーターでのべ6名以内の外国出身選手のオン・ザ・コート(同時起用)数が、帰化選手が加わるとのべ8名になる。これは所属チームにとって決して小さくないメリットだ。

川崎を例に説明すると、今まではファジーカス、ジョシュ・デービス、ルー・アマンドソンの3名を1試合で合計60分間までしか起用できなかった。これがファジーカスの国籍取得により「80分」まで伸びる。

帰化選手への登録変更が間に合わなかったため、ファジーカスは4月27日の京都ハンナリーズ戦を外国籍選手として戦った。彼は26得点、13リバウンドといずれもチーム最高の数字を残し、85-80の勝利に貢献した。

川崎の北卓也ヘッドコーチはエースの国籍取得について「もちろん戦力はアップすると思います」と述べる一方で「チームはゲームをやってよくなる部分がある。機能するかどうかはまだやっていないので分からない」と慎重だった。ただすぐ結果につながるかどうかは別にして、指揮官の選択肢が増えたことは間違いない。登録変更は長時間を要するものでなく、川崎が既に出場を決めている2017-18シーズンのチャンピオンシップをファジーカスは「日本人」として戦うことになる。

「頼まれたわけでなく、自分から帰化しようと思った」

試合後にはファジーカス自身も記者団の取材に応じている。まず国籍取得のいきさつについて、彼はこう説明している。

「官報に自分の名前が出ていると昨日マネージャーから連絡があった。(手続きの開始は)昨シーズンが終わった直後です。手続きに時間がかかったし、努力もしたので、官報に載っていたとき、達成感を感じました。誰かから頼まれたわけでなく、自分から帰化しようと思った。クラブや家族と相談して決めた。来日した直後から日本を気に入っている。すごく住みやすくて、自分の第二の故郷という感じです。(一昨年に結婚した)妻も日本を気に入ってくれた」

代表入りについてはこう語っていた。

「まだ協会、日本代表から連絡はないが、代表でプレーすることは光栄なこと。日本代表で頑張りたいと思っている。呼ばれたらいつでもプレーできるように準備したい」

名前については「日本の名前を使うことも一つのオプションだったが、そうはしない。これからもニック・ファジーカスと呼んで欲しい」と述べている。なお3月12日に誕生したばかりの長男は既に「カイト」という日本風のミドルネームがついている。

来日から6年目を迎える彼は、簡単な会話なら問題なく日本語で済ませられるレベルだが、質疑応答には英語の通訳が入る。ただし今後の日本語習得についてファジーカスは「本当は日本語で答えたいんですけれど、勉強して徐々に上手くなるように頑張りたい。いつかインタビューを日本語でやれるようになりたい」と意欲を示す。

帰化選手の先輩である桜木ジェイアール(シーホース三河)は41歳の今もB1でプレーしているが、ファジーカスも「できるだけ長く、40歳くらいまでプレーしたい」とこの先のキャリアに向けた抱負を口にしていた。

代表チームの貴重な選択肢に

日本国籍の取得、帰化はかなり難易度の高い手続きで、1年足らずの手続き終了は異例と言っていいスピードだ。クラブのオーナーである東芝グループが、国籍変更のノウハウを持っていたのだろう。競技は違うが2015年のラグビーワールドカップでキャプテンを務めたリーチ・マイケル(東芝ブレイブルーパス)も、2013年に日本国籍を取得している。

コート外について触れると、ファジーカスはメディアやファンに対してフレンドリーに接するナイスガイだ。クラブのスタッフから彼がスポンサーとの懇親会、街頭のビラ配りといったイベントも積極的に参加するという話を聞いたこともある。

川崎はもちろん、代表にとってもファジーカスの日本国籍取得は大きい。男子の日本代表チームは現在ワールドカップアジア1次予選を戦っているが、ここまで0勝4敗。1次予選で「16分の12」に入り、2次予選に進む可能性はまだ残っているが、率直に言って厳しい状況にある。東京五輪を考えてもバスケは「開催国枠」の保証がないため、FIBAに対して実力を証明する必要がある。つまり男子代表のテコ入れは急務だった。

現在はアイラ・ブラウン(琉球ゴールデンキングス)が代表の帰化選手として大きな貢献を見せている。だから6月29日のオーストラリア戦、7月2日のチャイニーズタイペイ戦ですぐに入れ替えがあるかどうかは分からない。ただ、そうはいってもファジーカスは今後に向けて間違いなく貴重な選択肢となる。彼は何よりBリーグのベストプレイヤーで、しかも「インサイドの高さ」「得点」「リバウンド」という日本代表が欠く要素を持った存在だからだ。

スポーツライター

Kazuto Oshima 1976年11月生まれ。出身地は神奈川、三重、和歌山、埼玉と諸説あり。大学在学中はテレビ局のリサーチャーとして世界中のスポーツを観察。早稲田大学を卒業後は外資系損保、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を始めた。サッカー、バスケット、野球、ラグビーなどの現場にも半ば中毒的に足を運んでいる。未知の選手との遭遇、新たな才能の発見を無上の喜びとし、育成年代の試合は大好物。日本をアメリカ、スペイン、ブラジルのような“球技大国”にすることを一生の夢にしている。21年1月14日には『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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